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Song.68 ステージ袖

「父さんと母さん、見に来てるよ」

「なっ……!?」


 今まで全ての言葉を無視し続けた悠真だったが、両親が地雷だったようだ。動きが止まり、ぎょっとした顔をしている。


「ふっふん! この素晴らしいお兄ちゃんが呼んじゃった。自慢の息子たちの活躍を見てもらおうかなーって。あれ? もしかして母さんから連絡来てない?」

「来て、ない……」


 ベースをケースから取り出しながら横目で悠真を見ていた。だんだん声が小さくなっていく悠真の弱弱しい様子を見るのは、女子から逃げてきたとき以来か。みるみるうちに顔も青ざめていくし、このままじゃ絶対によくない。この後の演奏に響く。そう確信した。


「おい、悠真。真面目に聞いてんじゃねぇよ」

「は?」


 ベース片手にそう言えば、「何言っているの?」というような目を向けられる。


「だーかーら。ダルがらみしてくるやつより、今やるこった、別にあんだろ? うちの部長がそんなことしてたら、俺らどっか行くぞ。ほら、もうすでに大輝がどっか行きそうになってる」


 控室の扉を指さす。そこには大輝がまさにどこかへ行こうとしているところだった。

 多分、楽器の準備がないから手持ち無沙汰になって暇を持て余したというところだろう。


「ちょ、大輝っ! どこに行く気!?」


 大輝を追って悠真は行ってしまった。その背中を見送った兄貴は少しムッとした顔をしている。


「弟を助けようとしたでしょ? 君って人の顔を見すぎてるよね」

「そりゃどーも」

「うーん、褒めてはいないんだけどなー。まあいいや。うちの糞親をさ、ぎゃふんと言わせてやってよ。そうしたらきっと目が変わるからさ。じゃ、頑張ってー」


 そう言って、Logのメンバーたちはぞろぞろと控室から去っていった。

 てっきり兄貴は両親に自分たちのバンドでの活動を見せるために両親を呼んだのだと思った。だけど、さっきの言葉的には何だか違う気がする。悠真の姿を見せるために両親を呼んだようにも受け取れるし。


「――ったく。勝手にフラフラしないでくれる?」


 考えていたら、悠真が大輝を連れて戻ってきた。まるでいたずらをした猫のように小さくなっている大輝が見ていて面白い。


「何笑ってるのさ」

「べーつに。いつも通りになったならいいやって」


 ベースの準備が整った。ストラップを肩にかけて、エフェクターボードを持つ。瑞樹も鋼太郎も準備ができていて、何があったのだろうと言うような顔できょとんとしている。


「失礼します。Walkerの皆さん、舞台袖へお願いします」

「はーい! みんないこーぜー!」

「ちょっ……勝手にっ……」


 スタッフの人が俺たちを呼びにきた。それにすぐさま従ってついて行こうとする大輝を悠真が追いかける。


「俺らも行くんだろ?」

「行く行く。あ、重いからこれ持って」

「は? なんで俺が」


 スティックしか持って行かない鋼太郎に、エフェクターを持ってくれと言ったらしぶしぶ持ってくれた。これでベースだけの身軽くなった。その足で先に行った二人に続く。




「ここでしばらくお待ちください。また、こちらからお声かけしますので」


 スタッフはそう言ってどこかへ行く。

 案内されたのは、ステージがよく見える舞台袖。そこにはすでに先生が立っていた。

 袖から見えるステージでは埋め尽くされた客席に向けて、一つ前のバンドが唄っているところだ。その音が鼓膜を突き破りそうなほど大きい。

 開会式で喧嘩を売られたあの派手なバンドだ。シャウトしつつ、英語ばっかりの歌詞が続いていた。


 やっぱり俺たちとはジャンルが違う。ロックはロックでも、向こうはかなり激しい。

 俺は英語が苦手だし、歌詞に英語を取り入れるとしても数ワードだけだ。文章なんてとんでもない。めちゃくちゃな文章になるだろう。それに大輝に唄わせるのは困難。なんせ大輝も馬鹿だからカタカナ英語になることが目に見えている。

 今の客席を見ても、歌詞の意味は考えていないだろう。むしろ聞き取れているのかすら怪しい。

 それでも盛り上がっているから、場の空気っていうものがあるだろう。


 ダダダンっと終わった曲。拍手を受けて、審査員からのコメントを受け取っている間は幾分静かになる。

 その時、俺の背中をツンツンしてくるやつがいた。


「円陣! な!」


 大輝がニカッと笑う。

 今更円陣をためらうことなんてない。これからの最後のステージに向けて、気合をいれなきゃいけないのだから。


「ほい」


 右手を前に出した大輝。


「はいっ」


 瑞樹が大輝の手に自分の手を重ねる。


「ん」

「ほらよ」


 悠真、鋼太郎と重ねる手。

 その一番上に、俺も手を出す。


「Walker!  行くぞっ!」

「おー」


 一歩踏み込んで手を離す。

 そうしたら、全員の顔が引き締まったように見える。


『ありがとうございましたー。次がラストになりますね――』


 前のバンドがステージから降りていく。


「がんばってくださいね」


 先生の小さな応援を受けて、俺たちがステージへと向かった。

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