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Song.66 合間の遭遇

「わり、ちょっとトイレ行ってくる」

「俺も行く」


 二バンド終わったところで、その場から離れようとすれば、鋼太郎も着いてくるらしい。


「君一人なら迷子になって帰ってこれないだろうけど、二人なら問題なさそうだね」


 皮肉を言う悠真にも慣れたもんだ。実際合切、方向音痴だという自覚はないが、一人で同じ場所に戻れる自信はない。鋼太郎がいればかなり心強い。


「よろしく、鋼太郎ママ」

「誰がママだ、誰が」


 へらへらしながら客席から出た。そこからさほど離れない場所にあるトイレに向かう。

 今は他のバンドの演奏中。ぼわっと広がる音が聞こえてくる。それを抜け出してまでトイレに向かう者は少ない。すっからかんのトイレで用を足してから、戻ろうとしたときだった。


「おにーちゃーん!」

「あ」


 高い声で駆け寄ってきたのは、女の人。そのままのスピードで鋼太郎へと飛びかかった。

 この光景を見たことがある。あれだ、バーサスライブの前の……なるほど、この人は鋼太郎の妹か。


「てめっ……なん、で……」


 腹に妹の頭がのめりこんでいても、うめき声も上げない。腹も鍛えてんのかな。

 でも妹を見た驚きではなくて、顔を上げたその先にいる人物に言葉が詰まったようだ。


「久し、ぶり。だね」

「お、おう……そうだな……」


 ここまで固くなった鋼太郎は初めて見た。なんだか俺が間に割って入るのは問題だよなって悩んでいる間に、妹の方が察したかのように口を開いた。


「亜弥ちゃんはね、私が誘ったの! お兄ちゃんの初ステージだもん! 無理やり連れだしちゃった」


 この人はそうか、鋼太郎が謹慎のきっかけになった上井か。ずいぶん前に1回見ただけだったけど、そのときと比べて焦りがない。


「亜弥ちゃんと一緒に見てるから! じゃ! 戻ろう、亜弥ちゃん」

「うん」


 鋼太郎の性格とは正反対。妹の方はかなり強引に上井をつれて風と共に客席へと戻っていく。

 その姿をあっけにとられたまま見送る鋼太郎の脇腹をつついたら、「やめろ」って怒られた。


「上井だろ? 全然学校にも来てないし、家でも揉めたっていう。引きずり出せたじゃん」

「……だな。確かに音楽で動かせたのは間違いねぇよ」


 有言実行できた。まあ、妹の力添えがあったのだろうが。

 どこの席にいるのかはわからない。でも、俺たちのことをきっと見ている。

 初めて鋼太郎がドラムをやっている姿を見るのだと思う。そうしてどう思うだろうか。

 反応が楽しみだけど、それをステージ上から見ていられる余裕はないだろうな。


「俺も。あの引きこもりクソ野郎にあっと言わせてやる。お前がだんまり決め込んでいる間に、俺はここまでやったんだって」


 意気込みを言葉にすれば、鋼太郎があたふたし始める。口をパクパクさせて、きょろきょろし、挙句の果てに俺の後ろを指さして……。


「だーれがクソ野郎だって?」

「ぎゃっ!」


 言ったことは後から消せない。

 鋼太郎が示した先、俺の後ろにいたのは真っ赤な髪の毛をした神谷だった。そしてその背中に隠れきれてない柊木の姿がある。

 当の本人に「クソ野郎」って言っているのを聞かれていた。


「お、お前らなんでここにいんだよ! 今、他の出場者がやってる途中なのに! サボりかよ!」

「おうおう、恵太のチビっ子が随分でかい口たたくようになったじゃん。もっと年上を敬えよ。んでもって、今はLaylaのトーク中だから。実質休憩時間だから。さぼってねーし!」

「サボりだ、サボり! 仕事放棄だ! それで金もらってんじゃねぇ!」

「はぁ!? チビっ子がわーわー騒ぐんじゃねぇよ、ああん?」


 親子ほど歳の離れた相手に対して、子供のように言い争う。昔から神谷とはこうだった。互いに頭のレベルが多分一緒なんだと思う。


「おい、野崎。その辺にしとけって……あっちで他の人にめっちゃ見られてるから……」


 両手て後ろから鋼太郎にはおられた。

 そんな俺を見て、神谷が「ざまぁ」って笑ってるの、腹が立つ。


「どうも、すみませんでした……」

「けっ! 見てろよ、引きこもりっ! 俺が……俺たちの曲で柊木! あんたをこっちに引きずりだしてやる!」


 覚えとけ、なんて捨て台詞を吐けば今度こそ鋼太郎に「いい加減黙れ」と言わんばかりにずるずるとその場から離れさせられた。

 もっと言いたい事はあったのに。なんで音楽をやらないのか、とか、親父のことをどう思っているのかとか。聞ける絶好のチャンスだったのに、結局神谷と言い争って終わった。


「ねえ、あの人、神谷さんとあんな口聞いてたのなんで?」

「まさか知り合い、とか?」

「そう言えば、神谷さん、恵太のチビっ子って……」


 スタッフ、そして見に来ていた人がさっきの一部始終を見て、ざわついている中を、不格好なまま引きずられている俺。

 恥ずかしさはあっても、あの人達への苛立ちの方が大きい。


「野崎……お前、こんなところで目立ってどうすんだよ……」

「べーつに。事実を言っただけだし」

「あー、まあ、お前ならそれが本音なんだろうけど、ステージに立つ前にあれこれ言われるぞ」

「かまわねぇよ。親の七光りとか、コネだとか言われても。親父が死んだときなんか哀れな子供だとか、散々言われてるんだ。そういうのを全部音楽で黙らせてやる」


 親父の葬式で、コソコソと大人たちが俺を見ては「かわいそうな子供」だって言っていた。言うだけだった。何かをしようとした人はいなかった。そういう大人たちばかりなんだ。見て見ぬふりをするような大人なんだ。

 俺が表に立ったとしても、『野崎恵太の息子』っていう肩書きがついてくるのは間違いない。有名人の子供だから出てこれたなんて言われるのも覚悟している。でも、このバンフェスで最終ステージに来ているということは、親父の息子っていうのがあったからじゃない。

 俺たちの音楽が多くの人に刺さったからだ。

 今なら自分に自信を持って言える、

 俺たちの音楽で人を変えてやるんだって。


「相変わらず言うことはでかいな……」


 鋼太郎に呆れられたか?

 ため息も混じっているし。


「でかいけど、それが現実になるのを俺はお前の後ろから見てやるよ」

「……! 見てるだけじゃねぇよ、鋼太郎もやるんだからな」


 呆れてなんかいなかった。

 鋼太郎は俺の意思を尊重してくれる。だから俺も鋼太郎に背中を見せながら弾ける。頼りにしているし、信頼している。

 ちょっとすっきりして、みんながいる場所に戻った後、鋼太郎が悠真に出来事を全部報告したせいで、俺はしこたま悠真に絞られた。


「ねえ、変なところで目立たないでくれる? 馬鹿なのは知ってるけど、偏見が入った目で見られるんだけど。ねえ、わかってる? わかってないよね。わからないから目立つんだもんね」


 そう言った悠真の顔がめちゃくちゃ怖かった。

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