Song.63 開幕
午後一時。
野音の客席は大勢の人で埋まった。
その人たちがみんな、グッズのオリジナルティーシャツや、マフラータオル、リストバンド、そしてうちわを持っている。
大勢が同じものを身につけて集まっているのを見ると、『ザ・ライブ』というような感じがして好きだ。それに、懐かしい気持ちになる。
「キョウちゃん。キョロキョロしないの」
「ん」
客席を見渡せるステージ上を歩きながらあちこち見ていたから、後ろにいた瑞樹につつかれた。
しぶしぶ前を向いて進み、あらかじめ決められた位置に立つ。
ずらりと横並びになったのは、今回ステージに立つバンド全き9組。一応出番順になっているから、俺たちは上手側の一番端だ。端から見ても客席が全て埋まっているのがよく見える。
俺は真正面を見ているというのに、右隣りにいるバンドから圧を感じるのは気のせいだろうか。
「チビらには負けねぇし? 俺ら楽勝なんじゃねぇの?」
「は?」
隣から嘲笑うかのようにつぶやかれた言葉に、思わず条件反射で声が出た。
顔をそっちへ向ければ、隣のバンドの中の一人がケラケラ笑っている。
「だーかーら、オレ達がアンタらみたいなガキの集団に負ける訳ねぇーなーって話よ」
「わかりみ」
前髪を掻き揚げた男と、紫の入った髪に薄い色のついたサングラスをかけた男二人が、馬鹿にするように言う。
俺に向けてというより、俺たちに向けて言っているのだがあいにく聞こえていたのは俺だけだった。
腹立たしい言葉のお返しに睨めば、さらにケラケラ笑いだしている。
「そこのチビなんて中学生だろ?」
「あ? あんたら何? 喧嘩売ってんの?」
指をさしたのは、大輝をなだめている瑞樹。確かに身長でも年齢でも瑞樹は小さい。見た目で判断すんじゃねぇ。瑞樹のギターはうまいし、こんなチャラチャラしている奴らより断然うまい。それを証明できるのは、これから始まるライブだけ……かといって、このままなめられて放置しておくわけにはいかない。だって腹立つし。
「あんたら、何なんっうぐっ――?」
さらに踏み込んで行こうとしたとき、首元を後ろから誰かに引っ張られた。そのせいで首が服で締められる。
不満と息苦しさで首だけをまわして確認すれば、冷めた顔をしている悠真がそこにいた。
「君の人となりは一通りわかっているから言いたいことはわかるけど、場所をわきまえてよね……どうも、うちのメンバーがすみません。ご迷惑をおかけしました」
悠真のお得意な外面をよく作って、俺の頭を押しこんで無理やり頭を下げさせる。
「保護者じゃん。お子ちゃま、お子ちゃま」
「ガキがガキと一緒になってきたんじゃない? 類友だ」
無理やりの謝罪を見て、さらに馬鹿にしてきた二人の後ろに、今まで以上の威圧感の塊を放つ鬼が一瞬見えた。
「北斗、信哉」
「あ……」
「ひいっ……」
二人の背筋がピンと伸びた。
何故なら背後に立っていた茶髪の男が、低い声で名前を呼んだから。その口角は上がっているけど、目が笑っていない。決して背が高いとか、顔が怖いとかそういうのではない。それでも、背筋がものすごく伸びている。
このバンドの上下関係がハッキリと見えた。
「謝れ」
「はいっ! すいませんでしたっ!」
「すみませんでした!」
今までの態度から一転、腰を九十度にまげて謝ってきた。
その行動を他のバンドの人達や、客席の人がなんだろうと見ているというのに。
「すみません。こちらの二人がとんだご迷惑を」
「いえいえ。こちらも口が悪くてですね」
あんたらは保護者かと思ったのは俺だけじゃないと思う。
この口が悪い二人も同じことを考えただろう。
「それでは、これで……」
「そうですね」
俺と隣のバンドの間に悠真が割って立つことで、さらなる口論を回避する。
別に俺は喧嘩っ早いタイプではないんだが、どうも音楽関係になると喧嘩を売られやすいらしい。
「あ、何てバンドだっけか?」
「Unithm《ユニズム》。リハを見る限りでは、僕たちとジャンルは全く違う。もっとハードなロックって感じだったよ」
「へぇー……」
リハーサルは俺たちが一番先だった。後に続く他のバンドのリハーサルは見ていたけど、曲の頭しかみんなやらないから全体像が分からない。だからこそ、楽しみが増す。
ハードロックと言うならば、シャウトとかするのかもしれない。俺たちの曲にはそういうものを取り入れていないから、新鮮だろう。
「ほら、司会の人が出てきたから、そっち向いてなよ」
「ん」
司会者が登場したことで、変に集められていた視線は一気にそちらへ向かう。
『みなさん、こんにちは。司会のハヤシダです。時間になったので、これからバンフェスを開幕します――!』
会場のボルテージが急に上がる。わあああ、と湧いた歓声を、俺たちはステージの上で見て、聞いて、浴びた。
最初は参加者全員ステージ上にいるようにと言われたから、ただただ立っているだけだ。下手で司会がしゃべっているから、俺たちからは他のバンドに遮られて、ほぼほぼ姿が見えない。だからぼーっと司会の声を聞き流して、ただただ待つ。
『ではでは。毎年恒例になっていますが、今年のゲストに登場してもらいましょう。どうぞ!』
いやいや、展開早すぎだろう。せめて何かもう少し話してからじゃないか?
今までのバンフェスを一から見ていたことはないから、どんな流れでやるのかは知らないけど、いくらなんでも本題に入るのが早い。
挨拶してからすぐじゃないか。
『まずは、Layla《レイラ》!』
舞台の下から厚い底のブーツを鳴らして出てきた、人気女性シンガーLaylaだ。
明るい桜色に染めた髪を揺らしながら、手を振って司会者の隣へと階段を上った。
素人同然である高校生のライブ大会に望んで足を運ぶ人だけじゃなくて、このゲスト目当てにやってきた人もいるだろう。
それを示すかのように、まだ言葉を発していないにも関わらず歓声と一緒に、太い叫び声が上がる。おかげで会場の熱がぐんと上がったようだ。
Laylaが司会者の隣まで行き、軽く頭を下げて挨拶を交わすと再び前を向いて司会者は言う。
『そして、Multiaction Program!』
「――わあああああ!」
今度は高い声から低い声まで、鼓膜を突き破るような声がこだまする。
ずっと姿を見せずにいたあの男が。
俺の音楽を届けたかったあの男が。
歓声を全身で浴びながら、姿を現した。