Song.56 大人の判断
都内のとある会議室。
十人ほどの大人たちが、資料を片手に話し合っていた。
本来であれば、結果報告を終えて今後の流れを確認するだけであったため、一時間もあればすぐに終わる会議であった。しかし、想定外の出来事により、すでに予定から二時間以上経過していた。
「……ということでして、東京第二会場では、一般審査員とゲスト審査員の点数を合計すると、『Log』、『Walker』の二バンドが同点になりまして……。最上位のバンドが最終選考に進むとなるのであれば、二バンドが進むことになりますがいかがいたしましょうか」
菊井が資料を見ながら述べる。
この場にいる全員の手元にある資料には、『バンドフェスティバル第三次選考』の文字。彼らは各地で行われた選考結果を報告していたのだ。
その中で菊井が担当した第二会場での結果が、会議の長引かせる原因になっていた。
「点数の内訳は?」
会議を仕切る男が菊井に問う。
「はい。Logは、一般180点、ゲスト22点。Walkerは一般156点、ゲスト46点。ちなみにゲストはエソラゴトの五人です。彼らはそれぞれ10点満点で採点していますから、今までにない高得点です」
室内がざわざわとし始める。
前例のない高得点。一般審査員に好評なバンドか、プロに好評なバンド。どちらかを選考落ちさせるにはもったいないという思いが菊井にはあった。
それを言葉にしなくとも、この場にいる全員に同じ思いが生まれている。
「他の会場でのトップの点数はどうなんだ?」
「192です」
「178」
「188でした」
各会場の担当者が次々に点数を言う。
日本全国、いくつもの会場で行われた第三次選考の通過者に、この二バンド以外に200点を越えている者はいなかった。
「ふむ……」
全員が資料をにらっめっこし始める。
黙り込み、静かになってしまった部屋に、暖房器具がゴウゴウと耳障りなほどに音を立てた。
「……映像データ、ご覧になりますか?」
「ああ」
沈黙が苦痛になった菊井の提案に乗り、菊井がてきぱきとパソコンを操作終え、部屋を暗くする。そしてプロジェクターでライブ映像を流し始めた。
「まずはWalkerです」
始めに流されるのは恭弥たち、Walkerのライブ映像。
ステージだけでなく、フロア全体を見渡せるために盛り上がりも確認できる位置から撮影されていた。
暗くなったステージ。バッと明るくなったステージに立つWalker5人。落ち着いた悠真のキーボードの音から始まり、出だしが閊えてしまったボーカルの大輝に代わってベースの恭弥が唄った映像だ。
そのことは、ここにいる人達は知る由もない。こういう曲なのだろうと認識していた。
全員の目をくぎ付けにさせるパフォーマンス。狭いステージ、自らのことを知らない人達が集まっているというのに、恐れず、場を盛り上げる映像は見ているだけではもったいない。その場に参加したいと思わせるようなそんなライブである。
高校生らしからぬライブの様子にくぎ付けになる大人たち。その中でも赤みがかった髪の男が、終始驚いたような顔をして見ていた。
「……以上です。続きまして、Logを」
Walkerの曲が終わり、照明が落ちた後、菊井がパソコンを操作し、Logの映像を流す。
先ほどのWalkerとは異なる方向性で、ライブを盛り上げるようなパフォーマンスではなく、曲自体の美しさを強調させるかのような落ち着いたライブである。
これまでのバンドとは違う楽器構成であり、曲だけでなく、組み合わせの物珍しさが相まってジッと映像に目を向けていた。
それぞれの映像を流し終えると、菊井が部屋の照明をつけた。
「どちらもあり、だな」
仕切っていた男が背もたれに背中を付けて息を吐いた。
その言葉に、次々と会議参加者がうなずいていく。
「では、異例ではありますが、第二会場はLogとWalker、二組が通過……ということでよろしいでしょうか?」
「私は構わん。異論のあるものは? ……いなさそうだな」
誰も反論する者はいなかった。
それは誰しもが納得するライブであったということを意味している。
「承知しました。今回はそのようにいたします」
「ああ。それじゃあ、今後のスケジュールだが……」
やっと最終選考通過者が決まったところで、会議は次のステップに進み、さらに一時間続いた。
「すんません。えっと、菊井……サン? 東京第二のそれぞれのメンバーについて教えてもらえます?」
「神谷さん。お疲れ様です。えっと、メンバー……ですか?」
日が沈み、やっと会議が終わると、ぞろぞろと部屋から退室していった。だが、赤髪の男――神谷清春が菊井に声をかける。
「そう」
「こちらが二バンドのメンバー資料です」
「あざまっす」
菊井が取り出した資料をジロジロ確認する神谷は、何かを探しているようであった。
「ぷはっ! やっぱりじゃん。マジかよ。これは楽しくなるなぁ!」
二枚目の資料を見たとき、神谷は急に笑い始めた。
その理由がわからず、菊井は一歩引いて神谷を見る。
「あ、すんませんっ。ちょっとまあ、面白そうになるなーって思って! みんなには黙っていた方が面白いだろうな。ま、こっちの話っす」
「こっち……というのは、Map……のことですか?」
「そうっすね。俺らMapのことですよ。俺らも、ガキにせかされてるんだなーって。別に俺ら、ひいきはしてないですよね?」
「はい。Mapの皆さんには誰のどこのバンドなのかわからない状態で一次選考を手伝ってもらいましたし、どこかをひいきすることは決してしておりません」
「ならいいっす。《《あいつ》》以外、バンフェスに関わることは乗り気じゃなかったけど、今、楽しみになってきましたよ、俺は」
「はあ……?」
この人は今まで楽しくはなかったのか、という菊井の感想は心の中にしまっておいた。
一方で神谷はニヤニヤしながら、メンバー資料を菊井に返すと軽い足取りで会議室を出る。
「なんだったんだ、今の……」
嵐のように去った神谷を見送った菊井は、小さな声でつぶやいた。
そしてすぐに部屋の片づけを再開し、次の最終選考へ向けた準備に取り掛かるのだった。