Song.55 かくしごと
「ユーマ! おーい!」
悠真がいる部屋は確か生徒会室だ。
そこから俺たちを見下ろして、額に手を当てながら呆れた顔をしている。
「今からそっち行くからな! よし、行くぞ、キョウちゃん!」
「おう」
まるで来るなと言わんばかりの目を向けてきたけど、大輝が気にするわけがない。
ドタバタと走って悠真の所に向かう。
「ユーマッ! 何してんの? 練習しようぜ」
「……はぁ。だから休むっていう連絡もしたよね。こっちもやることが残っているんだよ」
生徒会室の前で何回もため息を吐く悠真に、大輝は犬みたいにまとわりつく。
あまりにもしつこいからか、顔を背けながら悠真は眼鏡の位置を直した。
「あれ? ユーマ、手。どしたん?」
大輝の言葉を聞いてから、俺も眼鏡に伸びた手を見た。だが、すぐに悠真は制服の袖を伸ばし、手を隠す。
一瞬だけ、その手に何かがまかれていたのが見えた。
「おい、悠真。お前、手。見せろ」
「ヤダね」
「……」
「……」
悠真が逃げるように目を逸らす。これはあれだ。確実に隠している。その手を。
いくら隠そうとしても、大方予想が付く。
「悠真。手、痛めただろ? ベースでも痛めることはある。キーボードだってそうだ。長時間やってるとやられる。痛み始めか? それともしばらく我慢していたのどっちだ?」
「……最近だよ。それにそこまで痛くない」
「だったらテーピングと湿布でどうにかなんだろ。いいか、しばらく無理して弾くなよ? 悪化されても困るしな」
じゃ、と言いたい事を言ったから用が済んだ。悠真が休むと言った理由もわかったし、しばらくは練習することは無理。やったらきっと悪化する。
「なんで? なぁなぁ、キョウちゃん。ユーマ、何があったの?」
「……腱鞘炎だろうな。テーピングしておけば、痛みは和らぐ。悪化する前でよかったよ」
「けんしょーえん」
「そ、腱鞘炎。練習が長いとか、姿勢とか色々あってなったんだろ」
「へぇー。じゃあさ、なんで生徒会室?」
「……しらね」
帰ろうとしたけど、もう一回悠真の方に顔を向ける。大輝も同じタイミングで振り返ったからか、悠真が一瞬だけ目を白黒させた。
「ほんと、君たち。周りに目を向けるってことをしないよね。興味がないの?」
「馬鹿言え。俺はちゃんと周りを見てる」
「俺も俺もー」
またしても悠真にため息をつかれた。
「僕、これでも生徒会に入っているから生徒会室に居てもおかしくないでしょ。そっちの仕事もあるの」
知らなかった。悠真が生徒会に入っていたなんて。
もしかしたら集会とかでステージに上がっていたことがあったかもしれないけど、いちいち覚えてなんかいない。
学年一の秀才なら、生徒会に入っていてもおかしくはないか。
「御堂くん、そろそろいいかな? 引き継ぎの続きを……あら、こんにちは。軽音楽部のみなさんですね」
「……どうも」
生徒会室から顔を出した女子生徒。動くたびに長い髪が揺れる。少し大人びた雰囲気の人だ。
「ああ、すみません、会長。今戻ります。ほら、君たちは戻るなり、帰るなりしなよ。結果が出たときは部活に行くから」
しっし、と手で追いやられる。
「おう。またな、悠真。ちゃんと手を休ませておけよ!」
「え? もうおしまい? キョウちゃん、帰るの?」
「帰んだよ。邪魔になるだろ」
今度こそ帰ろうと、大輝を連れてその場から離れる。
大輝が悠真に向けて大きく手を振ったら、しぶしぶ悠真も小さくだけど振り返していた。
「いいお友達ね。心配して来てくれたんでしょう?」
「友達……それとはちょっと違うかもしれません」
「そうなの?」
「はい。自暴自棄になっていた自分をまた音楽の道に戻してくれた仲間ですよ」
「ふふっ。御堂くんからそんな言葉が出るなんて珍しいわね。それに珍しく嬉しそうな顔をしているわよ」
「そ、そんなことないです! それより会長。続きをやりましょう」
「そうね。それじゃあ、次の生徒会長の御堂くんに全部教えないとね」
「お願いします」
悠真は再び生徒会室に入って行く。
一連の会話を、俺と大輝は物陰で聞いていた。
あの人が生徒会長だった、なんてことも今知った。
「ユーマ、めっちゃ丸くなってない? 昔のユーマみたい」
「そりゃあれだろ。バンドやってるからだろ」
コソコソと大輝と話す。
過去を思い出したのか、大輝の顔も明るい。
「やっぱ、音楽っていいよな。キョウちゃんの言う通り、音楽は人を変える。特にキョウちゃんの作る曲は、意味がちゃんとこもっていて胸が熱くなる!」
「だろ? 音楽は最高だ。人の心をつかんで、変えていく。俺はこれでどこまでもやってやる」
「ひゅー! キョウちゃんかっけぇ! 俺もそれに乗ってく!」
急に大輝に肩を組まれて、バランスを崩しそうになる。
いつの間にか近い心の距離に入って来る大輝がいると、俺も前向きになれる。
大輝だけじゃない。今ここにいないメンバー全員がいることで、まだやれると思える。
「あ、そうだ。この前、ファン一号の武市さんにもらった菓子があるんだけど食う?」
「まじ? 食う食う!」
適度な休みも必要。
メンバーの変化も見られて、俺は満足だ。
俺と大輝、あと物理室に残っている瑞樹の三人で今日はお菓子を食べながら、つかの間の休息をとることにしよう。
「ほら、キョウちゃん早くー」
「走りたくねぇよ」
「じゃあ俺が引っ張って行ってあげる」
「ちょ、まっ……」
大輝に手を引っ張られて、走らされる。
帰路につく他の生徒に見られながら、俺たちは馬鹿みたいに走った。