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Song.2-2


「いいじゃん! お前もすげーやつだな!」



 大輝と呼ばれる先輩のすごい基準がガバガバすぎることは、黙っておいた。



「で、メンバー見つからないって何でなん? 軽音なら、すぐに人が集まりそうだけど」


「それはですね、言われた条件が厳しいみたいで……」


「条件?」



 詳しく教えろと言わんばかりに、男は聞き返す。



「男で、今部活に入ってなくて、"AiS"の"NoK"を知らない、本気でプロを目指せる人が最低条件なんです。そんな人、いるのか疑問ですよね……まあ無理を言う人なんで」



 どうしてここまで言ってしまったのか。それは恐らく、男の雰囲気がそうさせた。


 しつこく聞いてくる訳ではない。だけど、つい本音を言ってしまう。それだけ自然に心理的距離を詰めてくる。この人が出す柔らかい空気もあって、つい口が開いてしまった。



「よし! じゃあ、俺も手伝うぜ! さっそく探しに行ってくる!」


「へ?」



 大輝は急に立ち上がると、ものすごいスピードで校舎内へ走って行く。

 とっさの行動に、ついて行けず、ポカンと口を開けたまま唖然とする。



「あ、ちょっと!」


 去ってから数秒後。ハッとして、慌てて後を追いかける。


 校舎内に残っている人へ適当に声をかけられても、以前に声をかけた人もいるだろうし、後々困る。走ることは苦手だけど、何としても止めなくてはならない。



 外履きから履き替え、校舎内へ。教室のある本校舎か、それとも図書室などがある特別棟に行ったのか。どちらへ行ったのかわからず、左右をきょろきょろと見渡す。恭弥のことを行動力があると言っていたが、この人の方が行動力があるのではないかと思わざるを得ない。



「まじか! すげえな!」



 今、耳にはっきりと声が聞こえた。

 さっきまで話していた男の声だ。どうやら本校舎にいるようだ。それも上の階から聞こえた。

 急いで階段を駆け上がって探す。



「み、見つけた……」



 結局いたのは二年五組の教室。

 恭弥がいるのは一組。五組の教室とは端と端なので、来たことがない教室だった。どの教室も作りは一緒だが、何となく雰囲気が違う。教室に残っていた人も、見たことがない人たちだった。



 教室にはさっきの先輩の他に、三人の男子生徒がいる。その三人が窓際の机に集まっているところへ、駆け寄ったような形だ。三人のうち一人だけが座っており、その男と何やら話しているところだった。



「お、来た来た! すげえよ、こいつ!」



 一体何回すごいと言うのか。すごい基準が低すぎる。もうこの人の「すごい」をあてにするのはやめよう。


 ひとまず、その低い基準を満たしたであろう人物が、頭から爪先まで、じっとりとした目でこっちを見つめる。



「はあ……一体何がすごいんですか?」


「ほら、この人が後輩ちゃんが言ってたナントカっていう人らしいよ?」


「はあ?」



 そういえばまだ自分の名前を言っていなかったと思うと同時に、ナントカってなんだよと思わず言いたくなった。だけど、あくまでもこの人は先輩である。年上の人と接するときには態度に気をつけなければならない。


 だけど、あまりにも大雑把な男の行動に、すっとんきょうな声を出して、あきれた顔をしてしまった。だけどすぐにいつも通りの当たり障りのない顔を作って見せた。



「お前か? 俺のことを知らない人を探してるっていう一年は。こいつから聞いた」



 男が立ち上がり、じわじわと近づいてくる。

 

 自分とは体格が真逆の男。縦にも大きいが、横幅がかなりある。凹凸おうとつの多い肌が油で光り、フレームのないメガネがいかにも根暗な引きこもりという感じがした。加えて男の後ろにあるバッグにジャラジャラとついている美少女キャラクターのキーホルダーが、予想が大方的中したことを確信させる。



 男が目の前に立った。身長が百六十ちょっとしかない自分が上から見下ろされることはよくある。恭也とも十センチ以上差があるので、散々身長について馬鹿にされている。だが、いつもの見下ろされる感覚とは違い、とてつもなく気持ち悪い。



「で、ナントカって何です? 僕はNoKを知らない人を……」



 嫌な感じから逃げるため、助けを求めるように声を出す。しかし、問いに答えたのは目の前の男だった。



「この俺がNoKこと、山城やましろ聖一せいいちだ」



 ああ、そういうタイプの人か。


 恭弥が人と関わるのが苦手な分、自分が代わりに交友関係を広く保ってきた。その中には、自らを匿名で活動する有名人と名乗る人に出会ったことがある。インターネット上で顔を出すことがない有名人、NoKもその一人だ。もちろんそんなことを言う人はあてにならない。証拠もないのだから当然だ。



 たまにくそういうタイプの人と恭弥との相性は最悪だ。いや、たとえ恭弥と相性がよくても、僕との相性が悪い。上っ面だけなら仲良くできるかもしれないが、同じバンドをやるなんて考えられない。そんな嘘つきと演奏するなんて絶対嫌。死んでもお断りだ。



「へえ、そうなんですねー。すごいですねー。じゃ、僕はこれにて失礼します……」


 いかにも棒読みの言葉を吐き出し、面倒なことになる前に退却する。それが今までで学習した、このタイプの人への対処法だった。


 まだ名も知らぬ先輩の手を引き、その場から逃げようと試みる。



「おい、待てよ」



 言わんこっちゃない。山城が何か言おうとしている。


 後でねちっこくされるのは嫌だが、根暗なタイプの人ならば陰口ぐらいで済むだろう。手を出してくるほど、勇気がある根暗タイプにはまだ出会ったことがない。大きい図体。追いかけてくることはないだろう。

 山城の制止を振り切って、教室から飛び出した。



「うえっ? ちょっと! どこ行くんだよ!」



 引っ張って走りながら、自分の教室――三階の一年一組の教室へ走った。誰もいなくなったこの教室に着いてから、パッと手を離す。


 二階の端から三階の端へ。授業でしか運動をしていない僕は、階段を駆け上がったせいで呼吸は乱れている。なのにこの先輩の呼吸は全く乱れていない。もしかして、もともと運動でもやっていたのだろうか。



「どうしたんだよ。せっかくすごい人がいたのに」


「……すみません。ああいう人、僕は苦手で……。それに僕が探していたのは"NoK《ノック》"を知らない人であって、"NoK"ではないので」


「……あ、そうか! そうだったな! 悪い、悪い!」



 納得したのか、頭をかきながら「やっちまった」と謝る先輩。


 もしかしたら本当に探す人を忘れていたのかもしれない。それならこのまま手伝ってもらう場合、同じような場面に出会うのではないか。あっちこっちに振り回されるのは、体力的に辛い。だからこれ以上の手伝いは不要だと伝えようとした。



「で、そのNoKってやつは何なんだ?」



 変わらぬ明るい声で聞かれる。



「知らないで言ってたんですか、全く……。いいですか? NoKは自ら作詞作曲した曲を人工知能を搭載した機械音声のAiS――つまりAI Soundで歌わせている人で、アイチューブとかで動画を出してるんですけど……」



 ゆっくり呼吸をしながら、答える。だが、AiSの説明をしている途中、何かが引っかかった。でも、それが何なのかわからない。あと少しでわかりそうなのに、まるでもやがかかっているようだ。


 思考が正しく働くまでの時間。二人の間に沈黙の時が流れる。その時間は十秒もなかった。しかし、わずかな沈黙にさえ耐えられなかったのか、先輩は目の前で手を振る。



「……? おーい。後輩ちゃーん?」



 呼びかけで頭がやっと働き始めた。もやが晴れ、何が引っかかっていたのかはっきりわかった。


 恭弥が提示した条件は一応伝えてある。彼の頭にそれがインプットされたと思っていたが、本当は何も理解していなかったし、インプットにも失敗している。

 伝えた事を理解せずに行動していた、それだけで瑞樹は混乱した。


 だが、問題はそれだけではない。発言をよく考えてみると別のことがわかる。



 そう、NoKを知らないのだ。


 恭弥の条件のうち、一番難しい条件が「NoKを知らないこと」だった。これを満たす人に出会えずに苦労していた。なのに、今、目の前にいる人が条件を満たしている。



 この機会チャンスを逃してたまるかと、再び手をとり、走り出す。



「ちょ、まっ! 今度は何、何? どこ行くの?」



 慌てる先輩を無視して走る。

 階段を下りてすぐの教室。入学してから通い続けた教室。いつも放課後になると真っ先に向かう教室へ。

 階段を下るのはかなり楽で、呼吸が乱れることはなかった。


 ドタバタと騒がしい音を立てながら、教室に駆け込む。


 教室の中には、静かにノートへ書き込む恭弥しかいなかった。



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