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Song.2

 

 一方、外へやって来た瑞樹は、昇降口から出てすぐ前にあるベンチに座り、頭を抱えていた。



「はぁ……どうしよう……」



 任せてと自身ありげに恭也に言ったものの、正直行き詰まっていた。


 軽音楽部を作るために必要な部員は五人。この部員がバンドメンバーになることは容易に予測できる。

 だからこそ、慎重に部員を集めなければならない。



 入学した当初は誰でもいいからと言われ、同級生たちに声をかけた。まだどの部活に入るか悩んでいる人が多かったので、声をかけやすかった。一通り同級生に声をかけた後には、部活に入っていないであろう全く知らない上級生にも声をかけている。



 誰でもいいという条件なら、すぐに見つかった。だけど、恭弥と顔を合わせると、なかなか気が合わない。


 本気で音楽をやりたい恭也について行けない、申し訳ないけど、軽音部には入れないと何度も謝られた。それが繰り返された結果、恭也は条件を提示した。条件のうち性別と部活に入っていないことは満たせても、全てを満たす人に出会っていない。



「あ、あそこ。またいるよあの子」



 二人組の女子生徒が昇降口から出てきた。短いスカート丈からして上級生だろう。自分と同じ一年生ならば、まだ校則をしっかり守った人が多い。だからスカートも膝よりわずかに上ぐらいだし、すぐにわかる。


 女子は部員の条件には当てはまらない。そもそもなんで女子を除外しているのか聞いてない。そのうち聞いておこうと、頭の片隅に記憶した。



「あー、知ってるー。野崎にこき使われてるかわいそうな一年生でしょ?」

「そうそう。先生に言えばいいのにねー」



 帰るところなのか、見知らぬ女子生徒が瑞樹を見てコソコソ話ながら通った。

 色々な人に声をかけていたせいで、上級生にも名前を知られる有名人になってしまっているようだ。。



「はぁ……」



 何度も繰り返し深いため息がこぼれてしまう。

 本当に人が見つかるのか。早くにメンバーを集め、曲を練習しなければ、大会に間に合わない。

 不安と焦りで、胃がキリキリと痛み始めた。



 そんな自分をよそに、校庭からは野球部やサッカー部の元気な声が聞こえる。

 もうどこも部活動を始めている時間。部活動のスタートラインにすら立てていない自分たちが情けない。



 これから先、どうなるかを考えると頭までもが痛んだ。大切な幼なじみの夢を叶えたい。そのために、親の言葉を無視してまで恭弥と同じこの学校へ入学した。なのに何も出来ないまま、卒業することになったらここまで来た意味がない。


 恭弥の前では笑って見せたが、正直精神的にきつい。でも、こんな情けない姿、恭弥には見せたくない。どうにかして悟られないように隠してきたが、一人になると不安が高まる。


 先の見えない軽音楽部への勧誘をいつまでやればいいのか。本当にメンバーが集まるのか。



 ――もし誰も集まらなかったら?



 そう考えると、空っぽの胃から何かが込み上げてきた。


 思わず口元を抑え、前かがみになる。体勢を変えただけで体調がよくなることもなく、体から気持ち悪い汗がにじみ出る。



「なぁ、大丈夫か? 具合悪い? 保健室行くか?」



 突然聞こえた声に思わずびくっと肩が動く。

 口から出そうになる何かをこらえながら、声の主を見ようとゆっくりと顔を上げる。そこにはしゃがみ込み、心配そうな顔でこちらを見つめる一人の男がいた。


 誰なのかとっさに記憶の糸をたどる。


 勧誘のために同学年の男子生徒全員に声をかけているので顔を覚えている。でもこの顔は覚えていない。記憶にない顔ならば、この男は上級生だろう。



「あ、はい。大丈夫です。ご心配おかけしました」



 本当は大丈夫なんかじゃない。だけど心配をかけまいと、ごまかすように笑ってみせる。しかし、そんなすぐに吐き気がおさまる訳はない。にじんだ汗は隠しきれず、体調が悪いことを隠せていない。


 それがわかったのか男は眉間にしわをよせ、心配そうな顔をしたままだった。



「いや、大丈夫じゃないっしょ? すげえ、顔色悪いもん。さすがに俺でもわかるって」



 無理やり作った顔でのごまかしは効かないようで、男は自分のリュックからペットボトルのスポーツ飲料を取り出し「さっき買ったばっかりのやつだから」と言いつつ差し出してきた。


 見知らぬ先輩に飲み物を渡され、いつもなら断る。だけど今日はそこまで頭が働かずに、ペットボトルを受け取ってしまった。ひんやりと冷たいそれが、どういうわけか落ち着きを与え、吐き気や胃痛を忘れさせてくれる。


「ありがとう、ございます」



 お礼を述べてからペットボトルを開けようとするも、思うように力が入らず開かない。見かねた男は自然にペットボトルを開けてくれた。


 ゆっくりともらった飲料に口をつける。少し甘い味が体に染みわたる。一口、また一口と飲んでいる間、男はじっとこちらを見つめている。



「ねえ。君、有名な一年生でしょ? なんか心配事あるなら俺に言ってよ! 一応先輩だし、力になるぜ! あ、でも頭を使うことは勘弁な」



 ニカッっと笑う男は、あまりにも爽やかだ。整えられた少し茶色がかった短い髪に、明るい表情。いかにも人当たりのよさそうな雰囲気を出している。


 はたして名前も知らない先輩に頼っていいものなのか。いや、人に頼らず自分で部員を探すべきだろう。

 せっかくだけど断ろう。そう決めて口を開こうとしたとき、校門の方から別の声がかかった。



「おい、大輝だいきー。早くカラオケ行こうぜー?」


「待って! やっぱ、俺今日パス! 後輩の手伝いしてくわ!」



 門の前にいた二人の男子生徒は「わかった」と言い、大きく手を振り去って行く。大輝と呼ばれたこの先輩の声は、運動部のかけ声に負けず、離れた校門までハッキリと伝わったようだった。



「な、俺暇だしさ。体調悪いなら保健室に送るし、先輩にいじめられてるなら俺が殴ってやるぜ」



 グッと力こぶを作って見せる。学ランは着ていないが、白いワイシャツの上からでも、固い筋肉を持っていることはわかった。この人ならば、本当に殴りかねない。



「そんな、いじめなんてないです! 僕が好きでやってることですから……」



 必死に首を振って、いじめを否定する。その動きから本当に違うということがわかったようで、男は「そっか、よかった」と言いながら横に座った。



「いじめじゃないっていうなら、何があったんだ?」



 またまっすぐに見つめてくる。なぜかその目から逃げらない。



「それは……その、部活のメンバーを探してまして……。あと三人必要なんですけど、見つからなくて」



 僕は何を言い出しているんだろうか。メンバーは自分で探さなくちゃいけないのに。


 思わず言ってしまったことを後悔する。人に頼ってメンバーを見つけたところで、恭也についていくことができる人のはずがない。恭也のことをよく知る自分だからこそ、メンバーを探すことができるのだ。そう考えているが、それが自分のプレッシャーになっていることに今更気づいた。



「メンバーねぇ……それってあれ? 野崎がやってるやつ?」


「そうです。僕たち軽音楽部をつ――」


「すっげーよな、あいつ!」



 まだ言葉を続けようとしていたのを勢いよく遮った。


 その勢いにも驚いたが、それ以上に発言内容に驚いた。だってあの恭弥を「すごい」と言うのだから。



 正直、恭也の評判はよくない。


 音楽にのめりこみすぎて人との関係がうまく築けていない。誰かと一緒に歩いているところなんて見たことがない。一匹オオカミと言えば聞こえはいいが、言い方を変えればただの孤独そして孤立だ。



 そんなオオカミが、後輩である僕をパシリに使っていると思われている。その誤解を解こうともしない。あれだけ見た目はかっこいいのに、近寄りがたい雰囲気を出しているせいで、友達という友達はいないと思う。人を寄せ付けないから、周りからはかなり浮いて見える。



 そんな恭也のことを「すごい」という人に出会ったのは、久しぶりだ。


 自分のことじゃないのに、恭也のことを褒められると何だか照れくさかった。



「何がすごいと思ったんですか?」



 もしかしたら話に合わせるために言った言葉かもしれない。どういう意図で出た発言なのかを聞いてみた。



「いやさ、噂でしか聞いたことないんだけどさ。あいつ、一年の時から軽音楽部作ろうとしてて、んで直談判したって。結局軽音部は出来てないみたいだけど、まだ作ろうとしてるってことは、それだけ本気ってことだろ? すげえよ! めちゃくちゃ行動力あるじゃん! かっけえ!」



 なるほど、納得した。


 自分がまだ中学三年生、つまり恭也が高校一年生のとき何をしていたのかは知っている。そして今、軽音楽部を作るためにも、条件を満たそうと部員探しをしているところだ。この先輩の話は間違っていない。



「はい。キョウちゃんは真っ直ぐなんです。夢に向かって真っ直ぐ進む。だからかっこいい。僕はそれを応援したい」



 グッと手に力が入る。


 それは自分の決意を更に固めるため、自分の迷いを消すためでもあった。



毎日更新しますので、きになったらブクマお願いします( ^^)

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