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Song.27 バンド名


 荒れた文化祭二日目を終えれば、休みを挟んで文化祭の片付けが始まる。

 多くの時間をかけて作った装飾が、一瞬で片づけられる。なんともあっさりした終わりはなんだか寂しいとさえ思う。


「キョウちゃん、やべえよ! 俺ら、部活になったって!」


 朝一のまだ人がまばらな教室に、大きい声が響く。おかげで注目の的になった。でも、その視線は前よりも痛くない。どこか暖かい気がする。


「はあ、はあ……大輝って馬鹿だよね、知っていたけど馬鹿だよね。何も直接言わなくたって、あとで連絡するって……」


 大輝を追って悠真も来た。

 息を切らしている様子から察するに、先行する大輝を走って追いかけてきたのだろう。

 なんやかんや言っても、悠真もいいやつだ。


「ほら、キョウちゃん。いえーい!」

「いえーい」


 大輝が両手を上げ、求めてきたからハイタッチをした。子供みたいにテンションの上がった俺たちを、クラスメイトたちが見つめている。


「よかったね、軽音楽部できたみたいだよ」

「だね。なんだか楽しそう」

「文化祭もすごかったよね。こう……ぶわって! あんまり音楽は聞かないけど、すごいよかった」


 コソコソと話しているが、相変わらずの地獄耳。俺の耳にははっきりと聞こえている。

 まだ瑞樹と二人だけだったときとは、大違いの反応だ。

 やっぱり、このメンバーの音楽は最高だと思う。


「……浮かれてる中悪いけど、先生から話があってね。さっそく大会にエントリーするって。だから早くバンド名を考えてほしいってさ」

「あ。そうか。バンド名、決めてなかったな」


 どたばたした文化祭。

 バンド名について、何も考えてなかったことをステージに立ってから気が付いた。

 大会に出るのであれば、バンド名は必須だ。


「看板ともなるバンド名。しっかり考えないとあとで後悔するよ」


 悠真の言う通りである。

 バンドだけじゃない。アイドルでもグループ名がある。

 地名やメンバーのイニシャル、造語。表記だって漢字、ひらがな、カタカナ、英語……どんな文字にするかで、イメージもがらりと変わる。

 漢字なら硬派に。ひらがななら可愛さが、英語ならかっこよさが。

 自分たちがなりたいものに合わせるのもよし、自分たちの今のイメージにするのもよし。

 ずっとついてくる名前だから、真剣になる。


 Mapも名前を決めるとき、悩んだらしい。そこで考えた結果、「音楽で多くの人を動かせるようになりたい」と「multiaction program」になったとか。名前の通り、ファンを増やして大人気になった。俺もそういうバンド名がほしい。


「放課後までに、一人一つ、案を考えてきてよね。じゃ、僕は教室に戻るから」


 伝えることはこれですべてのようだ。

 表情を変えずに、悠真は帰って行ってしまった。

 俺はそれをひらひらと手を振って、それを見送った。




 ☆



 考えろと言われても、思いつかないのがバンド名。どんなバンドにしたいか。

 この先ずっとついてくるものだから、納得のいく名前にしたい。その思いは誰もが同じだった。

 でも、誰も案がでない。

 沈黙を切り裂いたのは、鋼太郎だった。


「歌詞からとればよくね?」


 その手があったか。悠真と作ったあの曲からとれば。

 俺が伝えたい内容をぎゅっと詰め込んだ曲の中から、ひっぱってくるのもありだ。


「じゃあさ、じゃあさ! 俺、ここの所が好きなんだけどどう?」


 大輝はおもむろにバッグを漁り、一枚の紙を取り出した。

 そこには歌詞が書いてあった。どう唄うかを話し合ったとき、それに色々かき込んだものだ。どんな感情で、息継ぎはどこかまで書いてあり、見にくくなっている。それでも大輝は気にすることなく、その一部を指示した。


「’歩き続ける’ね……」


 そこの歌詞は気に入っている部分でもある。

 これをバンド名にするっていうのは、どうすればいいのか。


「英語にすれば? そのままだと、文章になりそうだし、歩く人でいいんじゃない?」

「歩く人? Walk?」

「それは動詞。Walkerなら、歩行者とか歩く人って意味になる」

「さっすがユーマ。あったまいいー!」


 Walker。

 歩き続けたいから、前に進みたいから。

 そんな意味を含めた名前。


「賛成だな。異議あるやつは?」


 反対する人はいない。

 ということは、これで名前は決まりである。


「俺たちのバンド名は、Walkerで決定な。この名前で大会にエントリーしてもらって……一次選考はデモテープだっけか?」

「そうだ」


 最近は、バンフェスのサイトを見ていない。

 だが、昔にサイトを見たときの記憶を思い起こしてみる。

 バンフェスは一次選考から三次選考を経て、限られたバンドだけが大舞台に立つ。


 一次選考は、デモテープによる審査。

 二次選考は、オンライン投票。

 三次選考で、初めてライブハウスで演奏を披露することになる。

 そして残ったバンドが、東京の屋外ステージで演奏する。


 ステップを踏んでいくことで、人数が絞られていく。

 最後のステージに立つのは、10もないバンドだけ。


「うんうん。青春ですねぇ」


 いつの間にかやってきていた先生が、小さく拍手をしていた。


「うお。せんせー! 俺らのバンド名決まったから、よろしくおなしゃーす!」

「はいはい。この名前で書類は出しておきますね。選考結果はその都度報告しますね」


 一次、二次は一度申し込むと、俺らが何か出来ることはない。

 ただ、結果を待つしか出来ないのだ。

 もどかしいけれども、そういう仕様だからどうしようもない。


「三次選考が1月、最終ステージは、3月みたいですね。それまでは、皆さん、練習に励んでくださいね」


 先生は日程まで調べておいてくれたようだ。

 今はまだ9月。

 気が早いけれども二次通過するとすれば、4か月は余裕で練習する期間がある。

 それだけあれば、もっといい曲に、そしてパフォーマンスにすることができる。


「あと、大変申し訳ないのですが、今日はみなさんに一つやってほしいことがありまして……」


 さっきまでの笑顔から一転、引きつった顔になった先生の言葉を聞こうとしたとき、急に物理室の扉がバタンと勢いよく開かれた。

 そこにいたのは真っ赤なリボンを胸元につけた、ブレザーの制服を着た女子。

 真っ黒な長い髪が動くたびに揺れる。

 制服が違うから羽宮高校うちの生徒ではないのは確かだ。

 突然現れた見慣れない人物に、誰だこいつと思いながらただ黙って見ているだけの俺。

 そんな空気を無視して、女子は笑みを浮かべた。


「見ぃつけた」


 そう言った女子は、物理室へと躊躇せずに入る。

 向かったのは誰でもない、鋼太郎の元だった。

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