Song.18 眠れる獅子
窓を開け、荷物を一つ一つ退かしていく。積もり積もった埃が、しばらく使われてなかったことを表している。それを取り除いては、綺麗になった教材を、中身がほとんどなかった棚へとしまっていく。果てしない作業かと思いきや、五人もいればあっという間だった。
「よし。これでいいんじゃね!? せんせー、終わったよー」
仕事を終えた大輝の軽い足は、隣の準備室にいる先生の元へ向かう。
ノックもせずに扉を開けて、何かを言ったかと思いきや、すぐに先生が出てきた。
片付けられ、広いスペースを確保した物理室を見ては、小さく拍手をする。
「初めての共同作業、さすがですね。これだけの場所があれば、アンプもドラムも置けるでしょう」
棚に入らないような大きいサイズの教材は壁に立てかけてある。それでも機材を並べるのに充分なスペースを得た。
「はい。では、お約束の鍵……と、新規部活動申請書、それに入部届です。部長と副部長を決めて、出来れば明日までに私のところへ持ってきてくださいね」
大輝の手に数枚の紙と、小さな鍵が渡される。そんな紙よりも、早く楽器を見たい。はやる気持ちを抑えられず、大輝の手から鍵だけ奪い取った。
「うおっ、ちょ。キョウちゃん!」
鍵を片手に、今まで行ったことなかった部室棟へ走る。
機材は重いから、きっと部室棟一階だろう。端の部室からドアにかけられた部活動名を確認していく。
目的の部室はすぐ見つかった。校舎から一番近い部屋。ドアにかけられた板には、わずかに「軽音楽部」と読める文字。
少しの緊張と大きな期待を持って、長年閉ざされていた扉の鍵を差し込む。
「やっとスタートラインだ……」
ギイっとさび付いた扉が音を立てて開くと、真っ暗な部屋の中にぎゅうぎゅうになってしまわれている楽器があった。
そんな部室を見て、思わずでた言葉は誰にも聞こえてなかっただろう。
黒く大きなアンプに青く輝くドラム。真っ赤なキーボード。部屋の大半をそれらが占め、片隅にはミキサーやマイク、マイクスタンドがある。
「おおっ! すっげー、かっけぇ!」
入口で立つ俺の後ろから、大輝が覗き込む。相変わらずのボキャブラリーではあるが、興奮しているのは間違いない。
大輝に続いて、鋼太郎、瑞樹、悠真と部屋の中をさっと見る。
「げほっ……埃ひどいんだけど。これ、使えるの?」
積もった埃にせき込んだ悠真。何年も使われていないであろう機器は、確かに不安がある。
このまま電気を通したら、壊れる可能性はゼロじゃない。
「しばらく使ってないとなると、さすがにメンテナンスが必要だろうなあ……アズミさんに頼むか。悠真、そういうの、学校で少しは負担してくれる、よな?」
「僕に訊かないでよ。知らないし」
「だよなあ」
多分アズミさんが出張してメンテナンスをやってくれるが、そこそこ費用がかかる。要相談という形だろうが、そこのお金は学校で出てほしい。だって学校の機材だし。
「明日その紙を出しに行く時にでも、先生に聞いてみるか」
大輝の手にある数枚の紙。入部届と部活動申請書だ。
「明日持って来ればいいんだよな?」
「ああ。今書いてもいいと思うけど」
鋼太郎は大輝の手から一枚、入部届を奪い取ると、壁を使い、どこから出したのかわからないボールペンでスラスラと名前を書いた。
「ん」
「コウちゃん、はえぇな。俺も俺も~」
「僕もお借りしていいですか?」
「かまわねえよ」
全員がその場で次々と自分の名前を書いていく。五枚の入部届はあっさりと集まった。
残ったのは部活動申請書。部活動名と顧問名、部長、副部長の名前を書かなければならない。
「キョウちゃんが部長やんのか?」
「は? 俺やんねえよ。時間とられんのやだし。部長会とかあんだろ。その時間すらもったいない」
「確かにぶちょーは集まったりするよなー。サッカー部ん時、ぶちょーが会議に出てたぞ。でも、キョウちゃんがやらないんじゃ、誰がやるんだ?」
ほとんどの部活は、大きな大会が終わるまで三年生が部長をやっている。そんな上級生が集まる会に参加するのも苦。先生たちからいい顔をされないだろう。
俺の部長をやりたくないという意思表示。それを受けたみんなの視線が、一人に集まった。
「何さ」
ひきつった顔で、視線から逃げるように一歩下がった悠真。
満場一致。話し合いもなく、軽音楽部の部長が決まった。
「決まりだな。部長は悠真で」
「……動物園の飼育員になったような気分だよ」
「飼育。よろしく、《《部長》》」
ポンと悠真の肩を叩く。
呆れたような顔をした悠真だったが、断らなかった。
☆
「こちら、部活動申請です」
職員会議。必要事項を記入した用紙を、校長の元へ手渡す。
パラパラとめくり、内容に目を通す校長を横から渋い顔をした教頭がのぞいている。
「《《軽音楽部》》ねえ……以前は部員が飲酒やら喫煙をしていて問題になりましたし、今回もまたそうなるんじゃないですか? ねえ、立花先生」
ちらっとしか書類を見ていないのに、教頭がやめろと言わんばかりに口を出す。顧問を引き受けた立花は、上司と部下の関係であるため、表面上は表情を崩さないが、内心イライラがたまっていた。
「決してそんなことはありません。みなさん真面目ですし、本気でやりたい子たちが集まっていますので」
「とは言ってもねえ……問題児が集まってるじゃないですか。ほら、軽音部がないのを訴えに来た生徒と、鍵を壊した生徒、上級生の言うがままに動く一年生。全教科赤点の生徒。ほとんどが問題のある生徒たちですよ? そんな生徒たちを先生がまとめられるんですか?」
いちいち角が立つ言い方をする教頭に、立花の顔がピクリと動いた。
「いいえ。私がまとめるのではなく、彼らが自分たちで動いていますので、私はそれを見守るだけです」
「また無責任なことを。いいですか、今の高校生は何をしだすかわからないんですよ。見守るだけじゃ、以前と同じ道をたどることになるんです。先生はまだ若いから何も知らないかも知れませんが、あなたの力じゃ――」
「まあまあ。教頭先生、落ち着いて」
だんだん熱が入っていく教頭に、書類に目を通し終えた校長が間に入った。
目じりに皺を作り、落ち着いた声で校長は話始める。
「生徒の自主性を重んじるのはいいことです。ですが、過去の軽音楽部が起こした不祥事は消えることはありません。ここにいる先生たちの中にも、対応に追われた方もいます。ですから、設立に反対意見を持つ先生もがいるのは確かです」
校長の言葉に何人かの先生たちがうつむいた。
「ですから、そんな先生たちを納得させることができたなら。正式に部活動と認めるのはいかがでしょう?」
「……はい? それはつまりどういった……?」
「九月に行われる文化祭。その開会式で、生徒と我々全員の前で、納得できるような演奏をしてください。それを見て、軽音楽部として活動するのに問題ないかを判断したいと思います。いかがです、教頭先生」
「まあ、校長がそういうのならば……」
教頭はしぶしぶ了承した。
体育館で行う文化祭開会式。催し物を行う部活動が宣伝する場となっている。吹奏楽部や家庭科部などの文化部だけでなく、一部の運動部が部活体験をできるようにしていたりする。そんな生徒全員が集まる開会式で初めて演奏するのは、プレッシャーがあるんじゃないかとさえ考えた。
でも。
「はい……っ! しっかりと練習し、納得できるような演奏を披露して見せます!」
自分が過去に人前で演奏したことを思い出した。
緊張もあったが、それ以上に興奮した。単なる自己満足でもあったが、最高に楽しかった。
あの時の気持ちを味わってほしい。たかが顧問という立場ではあるけれど、彼らにできることをしてあげたい。そんな気持ちで、強く返事をした。