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Song.17 時の経過が変えるもの

 時間は俺を待ってはくれない。

 喧嘩別れのような形で散った俺たちは、その日以降、集まることはなく六月の半ばに差し掛かっていた。


 じめじめとした空気がまとわりつき、すでに気が滅入っている俺に追い打ちをかけるように雨が降る。

 自転車通学だから、傘をさしては帰れない。

 だからカッパを着て帰ればいいものの、たまたま持ってくるのを忘れた俺は、少しでも雨が弱くなるのを教室で待っていた。


「噂。聞いた? 軽音部、結局できなかったんだって」

「スガがいたところ? できそうな雰囲気じゃなかった? 詳しく知らないんだけど、何があったの?」

「なんかね、野崎が王様みたいになって、嫌気がさして解散的な感じらしい」


 雨で部活が中止になったのか、教室に残る人が増えた。

 そこで、俺たちの話題をコソコソ言っているが、丸聞こえである。

 解散とは決まっていない。でも、あながち間違ってはいない。いつもながら否定もしないので、変な噂だけが広まっていった。


「あ、いたいた。野崎くん。ちょっとお時間よろしいですか?」

「はい」


 教室に顔を出したのは、顧問の件で頼みに行った立花先生だった。

 相変わらずの白衣姿で、手招きをしている。なので、それに従い先生の元へ向かう。


「今日はずいぶんと静かですね」

「ああ、まあ、そうっすね」


 大輝たちのことを知っているのだろう。

 先生はきょろきょろと周りを見てから言う。


「……何があったのかわかりかねますが、軽音楽部の顧問、私が引き受けることになりました」

「まじすか。ありがとうございます」


 ニコニコと言う先生。今までの俺なら、もっとテンション高い反応を見せただろうが、今の俺にはこの反応が限界だった。


「それに伴い、部室や楽器についても聞いたのですが、音楽室は吹奏楽部が使っているので使えません。以前の軽音楽部は部室棟に近い空き教室でやっていたそうです。その時に使っていた楽器は部室棟にしまい込んであるらしいので、部室棟に近い物理室でやってくれということでして。部活の度に楽器を運んだりしなきゃいけなくなりますが、それでよろしければ物理室の後ろの方で練習してもらって構いません」


 部室、楽器が揃った。

 これで、放課後の練習が学校でできる。

 目的が達成されたはずなのに、俺の気持ちが晴れることがない。


「おや? どうしました?」


 暗い俺に気づいた先生が問いかける。


「その、ちょっと今、メンバーが散ってて……これじゃあ、バンドとして成り立たないというか、なんというか」


 言葉が詰まる。

 前にも後ろにも進めない現実から、今すぐ逃げ出したい気持ちだった。


「そうなのですね。一応、その皆さんの名前、教えていただけますか?」

「ういっす」


 四人の名前を列挙すると、先生はそれをメモした。

 何かの書類に書くのだろうか。


「ありがとうございます。部室として使えるように、後日皆さんで物理室の掃除に来てくださいね。では」


 必要なことを言うだけ言って、先生は立ち去った。

 上手くいっていないというのに、先生は《《皆さんで》》と言う。集まることができるのかどうかわからないが、掃除の件は全員使っているアプリで、メッセージを送っておいた。





 掃除のために指定した日は、偶然にも梅雨の晴れ間となった。

 放課後になり、とぼとぼと物理室へ重い足を向ける。全員集まるのか、集まらないのか。ここで集まったのなら、バンドをやる意思がまだあるということでもある。

 微々たる期待を抱きながら、物理室の扉を開けた。


「おっせーぞ、キョウちゃん! 早くやろうぜ!」


 最初に声をあげたのは、大輝だった。

 騒がしい大輝の隣には、スマホに目を向けたままの悠真もいる。

 さらに、その後ろには瑞樹が座っていた。


 久々に見た顔ぶれ。嬉しくなったのと同時に、足りない面子めんつに肩を落とした。


「何? あのゴリラ男のこと、まだ気にしてるの? 未練たらしい男だね」


 顔をあげずに訊く悠真。

 ゴリラ男が誰を意味しているのか、聞かずとも分かった。

 全くもってその通りな訳で、顔が引きつった。


「ユーマ、言い方悪いぞ! それを言うなら、彼女に振られた時の男だ」

「あー、うん、そうだねー」


 大輝も大輝で、無自覚で絶妙な言葉を投げつけてくる。それを悠真は、かなり適当にあしらう。

 前と違って、二人の間に嫌悪なムードはない。代わりに仲の良い雰囲気がある。


「先輩たち、何だか仲良く見えますね!」


 俺の代わりに瑞樹が二人にコメントした。


「もちろんだぜ! だって俺たち毎日一緒にれんじゅ――」


 意気込んで何かを言おうとした大輝の口を、悠真がつねった。


「うるさいから黙ってて。ていうか、言ったよね。言うなって」

「はひっ……しゅひましぇん」

「ふっ、ふはははは」


 いつぞやかの、俺の行動にそっくりで思わず笑いがでた。久しぶりに笑った気がする。俺の笑い声につられて、瑞樹もクスクス笑い、悠真から解放された大輝も頬をさすりながら笑った。悠真にも、どこか柔らかい表情があった。


「んあ? 何笑ってんだ?」


 後ろから聞こえた低い声に、勢いよく振り向く。そこに立っていたのは、一番気にしていた鋼太郎だった。

 同じクラスメイトだから、毎日見かけてはいる。でも、全く話していなかった。

 だからこの場に来てくれたことが嬉しくて、思わず泣きそうだ。


「コーウちゃーん! おひさっ!」


 俺以上にテンションが上がった大輝が、固定された物理室の机を飛び越えて、鋼太郎に向かって飛び込んだ。

 だが、そこは運動能力の高い鋼太郎。最低限の動作でかわす。軌道上から相手が消えた大輝は、元運動部なだけあって、綺麗に着地し方向転換すると、鋼太郎の背中に飛びついた。


「うぐっ! 重いっ」

「あはははは!」


 大輝が絡むと、みんなが笑う。

 音楽がなくても楽しいが、やっぱりバンドをやりたい。そんな気持ちが湧いてくる。


「おやおや、賑やかだと思ったら皆さん集まりましたね!」


 物理準備室からひょっこり顔を出した先生。俺たちの笑い声が聞こえていたのだろう。


「集まったのなら、掃除お願いします。残念ながら物理室の机は固定されているので動かせないですが、後ろの方を片付ければ、演奏するのに必要なスペースは作れます」


 物理室の後方には、雑多に荷物が置かれている。物理の授業は受けていないが、どれもこれも授業に使うものなのだろう。

 だが、無造作に積まれているので場所を取っている。整理すればそれなりのスペースが確保できるのは容易に想像できた。


「では、お願いしますね! 終わったら楽器が閉まってある部室棟の鍵をお渡ししますので」


 先生はまた、準備室に戻っていった。

 残された俺たちは顔を見合われる。


「ま、やるしかないよね」


 スッと悠真が立ち上がる。


「コウちゃんロボ、発進!」

「てめ、降りろっ!」


 まだおんぶ状態の大輝、鋼太郎。


「さ、やろう。キョウちゃん」


 瑞樹がニコッとしながら声をかけてきた。


「ああ!」


 やっと揃ったメンバーに、俺の声はここ最近で一番大きかった。

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