Song.15 向かう先はどこに
「悪い! 今、練習してる曲じゃなくて、こっちの曲をメインで練習したい!」
「はあ!? てめ、ふざけんなよ」
放課後、新しい曲の譜面を手渡して早々、鋼太郎がキレた。
もともと渡していた曲を半月以上練習し、もう少しで最後までできるようになる段階。そこで急に違う曲をやりたいって言ったのだから、鋼太郎の怒りを受け入れるしかない。
「まあまあ。鋼太郎先輩、落ち着いて」
瑞樹のなだめる声でも、鋼太郎の怒りを鎮めることはできなかった。
初めて鋼太郎と話したとき以来の怒り。あの時は、俺には自信があったからビビることはなかった。でも今は。明らかに俺に非があるので、何か言うこともできない。
「この曲だったら、ユーマも一緒にやんの?」
譜面をさらっとだけ見て、大輝は訊く。
俺の後ろには、嫌々来てもらった悠真が譜面を見ている。一緒にこの曲を作ったのだから譜面に書いてあることは全部わかっているのに、そこから目を離すことはなかった。
「僕が関わったこの曲だけなら、ね。他の曲は好みじゃない」
人のこと言えないが、悠真も我が儘だ。
「ユーマとやれるとかめちゃくちゃ楽しみじゃねえか! コウちゃん、みっちゃん。やろうぜ!」
バッと鋼太郎と瑞樹へ顔を向けた大輝。この調子なら大輝は新曲に抵抗がないようだ。
「言われなくても僕はやります。キョウちゃんが満足した曲なら、きっといい曲になるだろうから」
いつだってそう。
瑞樹は俺に反対することがない。
悠真をキーボードとして迎えたい、六月までに一曲完成させるって言った時だって、意見は言っても反対はしない。言い方が悪いけど、言いなりになってると言われてもおかしくない。もっと自分の意見を言ってくれていいのに、何かを言いたそうな顔をして、その言葉を飲み込んでしまう。でも、俺はそんな瑞樹に甘えてしまっている。
俺が家のことを話しても、瑞樹は全く話さない。いや、話そうとしない。何かあるんだろうけど、それをきっと話したくないのだろう。だから俺は深く聞かないようにしている。
「そうか」
今回も瑞樹は反対しなかった。
俺の中に安堵と不安、正反対の感情が入り混じる。
「俺は無理だ!」
反対したのは鋼太郎だけだった。
広げていた譜面をぐしゃっと握ったまま、そのまま教室を出て行く鋼太郎。
俺の我が儘でこんな状況になったから、追いかけるという選択をすることができなかった。
「彼がドラムでしょ? ドラムがいないなんて、成り立つ訳? メンバー不足したままなら、僕はやらないからね」
「え、ちょ、まっ……ユーマ!」
鋼太郎に続いて、悠真までもが出て行ってしまった。そしてそのあとを大輝が追って行ってしまう。
教室に残ったのは、俺と瑞樹だけ。
カチっと時計の針が動く音さえ、大きく聞こえた。
やっと集めたバンドメンバーは散り散りになった。
俺の我が儘で。
ここからまたメンバーを探して、バンフェスに間に合うだろうか。
「キョウちゃん?」
「あ、わり……大丈夫だから。とりあえずこの曲を練習頼むわ。俺はどうにか鋼太郎を説得できないか考えてみるから」
いつもと違う空気を感じ取ったのか、瑞樹が心配そうな顔で声をかけてきた。
抱え込んでしまうタイプの瑞樹に、余計に悩ませたくない。
「うん。わかったよ」
返事をする瑞樹の声は弱かった。
帰宅早々、ベッドにダイブした。枕に顔をうずめて、色々と考えてみる。
だけど、いくら時間をかけたところで鋼太郎を説得する方法なんて、全く思いつかなかった。
バンドをやって、プロになりたい。
それだけの思いでずっと進んできた。メンバーを集めて、練習して、曲も作って。まだ下手くそだし、人前で演奏していないけれど、一人じゃない音楽が楽しかった。
見ている人、聞いている人を楽しませたい。大勢の前で演奏したい。それが叶うのが、バンフェス。
メンバーがみんな違う方向を向いている今。バンフェスに出ることはできない。
やっとの思いでみんなでスタートラインに立てたと思ったのに、誰も傍にいない。一人ラインに残されたような気持ちだ。
「親父……」
部屋の隅にある親父が使っていたベース。
憧れであり、目標でもあった親父。
親父みたいになりたくてひたすら背中を追っていたのに、突然その背中がなくなってしまった。
もし、親父が生きていたならば、今の状況を説明して相談に乗ってもらっただろう。でも、親父はいない。親父を頼ることはできない。
このまま諦めるしかないのだろうか。
目標を見失った俺が、今後音楽をやり続けてどうなるだろうか。
確かに音楽は人を変える。でもそれが必ずしもプラスの方向とは限らない。今回みたいに、マイナスの方向へ変えることだってある。
俺の音楽は、マイナスにしかならないのだろうか。
だったら。俺が音楽をやっても、人を奮い立たせることなんてできないんじゃないか。
人を奈落の底へと落とすことにしかならないんじゃないか。
ならば、俺は音楽なんてやらない方がいいんじゃないか。
じゃあ、今までの俺がやってきたことは一体なんだったんだ。
俺の音楽は、いらないものなんじゃないのか。
俺の存在は。この先の俺はどうしたら――。
考え出すと止まらない。
どんどん思考が悪い方へと進んでしまう。
自分の存在が邪魔のように思えてくる。
「はあっ……はあ……」
呼吸が荒くなる。今までどうやって呼吸をしていたのかわからない。酸素が足りない。短く、早い呼吸を何度も繰り返す。
親父が死んだと知った時と同じ。精神的にやられると、こうなってしまう。自分のメンタルの弱さに反吐が出そうだ。
落ち着かせようと深呼吸を繰り返しているとき、初期設定のままのスマホの通知音が鳴った。
「瑞樹?」
なんとなくそう思った。
確認してみると、やっぱり瑞樹からのメッセージが届いていた。
『大丈夫だよ、キョウちゃん。僕も鋼太郎先輩に色々聞いてみるね。だから大丈夫。新曲、練習しておくね』
短いけれど、そのメッセージを読み終えたとき正常な呼吸へと戻りつつあった。
全部自分でやらなきゃいけない。そう思っていた。
でもまだ、一人じゃない。
ずっと一緒にいた瑞樹がいる。
自分の過去も弱さも知っている瑞樹が。
集めたメンバーが散り散りになってしまったけど、もう一度。瑞樹と一緒なら。二人ならまだあがける。
大きな深呼吸をし、自分のベースを手に取った。