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Opening



 静かな夜。

 野崎のざき恭弥きょうやは、静かに目を閉じた。



 思い出すのは、幼いころに行った初めてのライブ。

 瞼の裏に、そのときの映像が映し出される。



 その日は、凍えるほど寒く、白い雪が降っていた。

 はぁと息を吐けば白くなる。ニット帽にマフラー、手袋が欠かせない。それらを身につけていても、体が震えてしまうほどの気温。



 ライブ会場は東京。寒いし、家からは遠いから、そのときは正直行きたくなかった。始まる時間も終わる時間も遅い。それなら家でぬくぬくとコタツに入っていたかった。



 週に三、四回しか帰って来こない親父。自分よりも仕事の方が大切なのだろうと思っていたし、帰らない親父が嫌いだった。


 だから一緒になんて行きたくないと駄々をこねるも、大人の力になんてかなわない。強引に引きずられながら連れられ、東京まで来た。



 まだスタッフしかいない会場内へ入り、席に連れていかれる。知らない大人が大きなカメラを操作するその場所で自分たちを見ていろと言って立ち去った。寂しい気持ちもあったが、ぶらぶらと親父を探しに歩きまわることができるほど勇気はなかった。



 時間をおいて、会場にはだんだん人が入ってくる。どの人も同じ英語が書いてあるTシャツを着ていた。今考えれば、ただのライブTシャツなのだが、同じ服を着てぞろぞろと入ってくる人達が、まだ幼い俺には怖かった。



 数十分で会場が人で埋まった。場内はざわざわとうるさくなっていく。そしてさらに時間が経つと、会場の電気が一気に消えた。

 途端にざわめきが一層大きくなる。そしてステージの照明がパッとついたとき、ステージにはベースを持った親父を含む五人の男が立っていた。



 何も言わないまま、ギターがかき鳴らされ、曲が始まる。



 耳を裂くような音量。鼓膜だけじゃなく、体の芯から振動しているようだった。


 目がちかちかするほどの照明は、色鮮やかで、ステージを彩る。照明が客席も照らすと、より一体感をだす。


 会場の人達は、みな手を振り上げ、飛びながら声を上げる。


 そんな初めての環境に戸惑いしかなかった。

 だけど、その戸惑いはすぐに無くなった。

 いつの間にか周りと同じように叫んでいる自分がいたのだ。



 ライブはアンコールを含め、二時間ほどやっていた。

 終わるころには汗だくで、喉はカラカラだ。

 行きたくなかったライブなのに、参加して楽しかった、また来たい、そう心から思えた。


 改めて会場を見渡す。かなり大きな会場だ。ステージに近い席ならよく見えるけど、二階の一番後ろの席なんて、ステージ上の五人は米粒ぐらいにしか見えないはず。なのに、ライブに参加した全ての人が笑顔になっている。



 ――音楽は人を楽しませることができるんだ。



 幼いながらも、そう思えた。

 そして自分も親父のように、音楽で人を笑顔にしたい。

 この日のライブの記憶は、宝物になり、夢になった。





 目を開く。

 現実はそう甘くない。目標にしていた人はあっけなく命の灯火が消えて、空へといなくなってしまった。おかげで、あんなに楽しかったライブもずっと開かれないままだ。


 部屋の隅に飾られた親父のベースは、輝きを保ちながら、二度と帰らない持ち主をずっと待っている。


ボーイズバンドの青春物語です。

少しでも気になったら、評価やブクマ等宜しくお願いします!

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