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あまあま小説

海と花火と君との距離

作者: 古代紫

 透き通るような青い空。入道雲が遠くでうねっているけど、わたしの真上にはお日様を遮る不当な雲なんて一つもなし!


「うー……みだぁ! 海だぁ!」


 真っ青な波が砂浜に寄せては返す。腕を伸ばして思いっきり息を吸うと潮の匂いがいっぱいに広がる。足元には太陽に照りつけられてものすごく熱くなった砂が――ッてあっつぅい!! サンダル履かないと灼熱地獄じゃん、この砂浜!


 夏休み真っ最中のいま! やっぱ海だよねっ!


「アヤちゃーん。まずは準備運動だよー」

「あ、まゆちゃん。ごめんごめーん。でも、早く泳ごうよッ!」

「『でも』って、文章がつながってないよ」

「そんなのいいの! 泳ぐか泳がないかが大切なのです! 海に入れる時間は限られてるんだから早く行かなきゃ損!」

「それでも、そら君もはるみちゃんもまだ来てないんだよ」

「あー、そうだったね。じゃあ……ちょっともどろうか?」


 はい。早く泳ぎたいなーとは思うけど、少しは待たないとね。わたしは待てる女の子だよッ。

 ため息をつきながらもなんだかんだおしゃべりに付き合ってくれているのは大宮真弓ちゃん。わたし、春原あやめの親友です。とても仲のいい親友です。

 今日は私たち二人と、同じクラスの男の子二人……南川空君と立花春美ちゃんの二人で海に来ているのです。

 歩くたびに砂が沈んで足をとられる中、少し戻って青や赤や黄色のしましま模様のパラソルに戻ってきた。

 サンダル履いていると熱くないんだけどね、お日様の光がまぶしすぎてつらい。足か顔のどっちか熱い思いをしなくちゃいけないなんてなんだか理不尽だよ。あれかな? 映画とかでよく見る『どちらか一つを選べ』ってやつかな? 足と頭、どっちが熱いのがいいか選べってこと? ま、海に入るんだしどっちも熱くなきゃ困るんだけどねー。


「暑いねー。早く海に入りたいよー」

「うん、このくらい暑いと海は気持ちいいだろうね」

「あー、そら君たち遅いなー。早く来ないかなー」

「こーらっ! 足バタバタしない。砂が飛ぶよ」

「あっ、まゆちゃんごめーん」


 うー。おそいなー。そら君とはるみちゃんおそいなー。早く泳ぎたいなー。ちょっと暑いなー。日焼け止めはちゃんとぬったけど、ちょっと肌が心配かなー? あー、早く泳ぎたいなー。


「足バタバタしない!」

「ご、ごめんなさい!」

「少しくらいじっとしてなさい!」

「なんだかまゆちゃん、わたしのお母さんと同じこと言ってる……」

「わたしはあんたのお母さんじゃない!」

「はーい……と、きたきたー! おーい、そーらくーん、はるみちゃーん!」

「はるみちゃんって呼ぶなっ!」


 後ろから砂を蹴って歩いてくる男の子二人と、大学生のお姉さん。そら君は青に白色のハイビスカスの花柄、それなのに男の子らしいトランクスタイプで、はるみちゃんはオレンジ色でポケットのついているトランクス型の水着を着ている。後ろにいるのはこの海まで私たちを送ってくれた車の運転手剣保護者代わりのはるみちゃんのお姉さんだ。

 ちなみに、はるみちゃんは『立花春美』って名前だけど男の子。『はるみちゃん』って呼ぶと怒るけど、わたしもまゆちゃんも『はるみちゃん』って呼んでいる。直す気なんて全然ないよ。


「ごめんね。結構浮き輪屋さん混んでたんだ。でも、ほら」

「おぉー! シャチだぁ。よく借りれたね。これって結構人気あるんじゃなかったっけ?」

「他の人が返した所をはるみがとって来たんだ」

「はるみちゃんナイス! ぐっじょぶ!」

「はるみちゃんって言うなっ何度言ったら……」


 ん―? でもはるみちゃんははるみちゃんだしね……。他に言いようがないよね?


「よし! じゃあ早速泳ごう!」

「待って、アヤちゃん。誰が荷物番をするか決めないと」

「あー、それなら私がやるよー。子供は遊んできなさーい。そーゆーのは大人の私がするべきでしょう?」


 そう言ったのははるみちゃんのお姉さんの陽夏(はるか)さん。この中では唯一の大人。少し日焼けした肌ににこーって笑う顔は海が似合う人だなって思う。かわいい美人さんって印象。

 ……と、言いつつ。陽夏さんははるみちゃんをがっしり抱きしめたまま離さない。離そうとしない。


「ねーちゃん。邪魔。海行くから離して」

「えー、姉弟の少ないスキンシップだよ? 少し前まではぎゅーってしてくれたのにぃ」

「おれはもう小学六年生だよ!?」

「あたしから見たらかわいい弟に変わりませーん」

「あぁ、もう! みんな見てるだろ!」


 体をよじってようやく陽夏さんのホールドから脱出するはるみちゃん。耳まで真っ赤にしていて、私たちの視線に気づく手目を逸らした。うーん、あんなお姉ちゃんがいたら毎日楽しいだろうなぁ。ちょっとうらやましいなぁ。

 って、あぁ!!


「ん、どうしたの空君? お姉ちゃんがぎゅってしてあげよっか?」

「い、いいえ、結構です」

「絶対ダメ――――!!」


 いつの間にか陽夏さんがそら君を狙っている!? ダメだよ! そら君はわたしのもの――!!

 陽夏さんに迫られるそら君の手を引いて腕をがっちりホールド。


「ダメです! 陽夏さんでもダメです! わたしのなんです!」

「およよ~。どうしたの? まだ何もしてないよー?」

「とにかくっ! そら君はわたしのです!」


 まったく。陽夏さんみたいなきれいな人がライバルになったら私、絶対に勝てないよ。なら戦わないようにこうやって逃げるのが一番。危ない危ない、もう少しでそら君をとられるところだった。


「ん~?」

「えっと……アヤちゃん?」

「ん? どうしたの? まゆちゃん?」

「ちょ、ちょっと待って」


 まだちょっとよく分からない、といった顔をしている陽夏さんの耳元で、まゆちゃんはごにょごにょと何か言ってる。はっきりとは聞き取れないけど時々ちらっとこっちを見て、陽夏さんと一緒にニヤニヤしているけど……なんだろう?


「と、とにかく! 早く海行こう! 遊ぼうよ! まゆちゃん行こう!」

「あ、ちょっとひっぱらないでよ~」

「陽夏さん、行ってきますね」

「ねーちゃん、荷物番よろしく」

「はいはーい。楽しんでらっしゃーい。気を付けるのよー?」


 陽夏さんののびる声を背中に受けてわたしは波打ち際に向かって一直線。まゆちゃんの手を引っ張って走る。一刻も早く海に入りたいんだ。泳ぎたいってのもあるけど……砂浜が熱すぎるんだよぉ! 足のうらがやけどしそう!


 柔らかくて熱い砂を走って波打ち際までやってくる。ゴメン、嘘。勢い余ってそのまま先まで行ってみる。砂浜の熱さが嘘のように水は冷たい。いいねー、これこそ『海!』って感じだよー。


「わ、わぁ。けっこう波って強いんだね。もっと深くなるとのみこまれそう……」

「あれ? まゆちゃん、海ははじめて?」

「うん。だからね、来れてホントによかったなぁって……えへへ」

「はるみちゃんと陽夏さんに感謝しないとね」

「たくさんしてるよぉ」

「お前ら走るの早い……お、つめてッ!」

「はるみちゃんおーそーいー。そら君もー」

「あはは。アヤちゃんが早いんだよ」


 遅れてやってきた二人も海に少しばかり感動しているみたい。これは、本当に陽夏さんとはるみちゃんに感謝感謝です。


「で、何して遊ぶ? シャチ使う?」

「うーん……まゆちゃんはどう思う? わたしは何でもいいんだけど……」


 はっきり言って、何でもいい。あまりに海とかけ離れたものはだめだけど、みんな……そら君と遊べるならそれだけで楽しいもん。そら君と二人っきりで遊ぶのは……だめだ。わたしまた緊張してバカなことしそう。


 と、思ったところで、夏休み前のあの芝生での日向ぼっこを思い出す。

 あ……ぅ……。だ、ダメダメ! あんなことになったら、今度こそわたし、恥ずかしさで死んじゃう!


「あれ? アヤちゃんどうしたのー?」

「な、なんでもない!」

「もしかして……? 告白のこと?」

「はぅ!? ち、ちがうもん!」

「え、なになに?」

「はるみちゃんは聞かなくていい! そら君も聞かないで!」

「ぬふふー。やっぱアヤちゃんかわいーなー……あ、そうだ! 鬼ごっこしようよ!」


 わたしの気持ちとは反対に次々とあの日のことを思い出してしまう。二人で手をつないで一緒に帰って、あそぼーってなって、それで日向ぼっこで一緒にね……


「…………………………………………ふぁぅ」

「あ、アヤちゃん、真っ赤になった」


 見ないで……まゆちゃん、わたしはほっといて……。


「鬼ごっこねぇ……海だとまた面白そうだな。空はどう思う?」

「いいんじゃない? アヤちゃんは?」

「ふぇ? …………ふぁ!? はい! うん。いいと……お、思うよ? うん」

「でもまっかだよ? 太陽にやられちゃたのかなぁ……?」

「だ、だいじょうぶ! でんでんだいじょうぶだからぁ!」

「アヤちゃん噛んでるよ。……とまぁ、鬼ごっこでいいのかな?」

『さんせーい!』

「よし、じゃあ最初の鬼は……はるみちゃんね」

「なんでおれ!?」

『さんせーい!』

「賛成じゃないっしょ! 空もなんか言えよ!」

「賛成」

「おいぃいいい!?」

「という事で、三十秒後にスタートね。始め!」

「って、真弓も決め……くっそ。やってやるよ!」


 わたし、まゆちゃん、そら君はすぐに沖に向かって走り始め、はるみちゃんは右に、わたしとまゆちゃんは左の方向に逸れていった。

 あぅ……そら君とはぐれちゃった。でも、今は緊張しすぎているから、ちょうどいいかな?


◆◇◆◇◆◇


「ねーアヤちゃん。そら君に告白してどうなったのー?」

「な!? なななななななななぅ!? ど、どうもし……っていうかなんでいきなりーッ!?」


 はるみちゃんはそら君を追いかけて行って、今わたしたち二人から離れたところではるみちゃんと沖で泳いでいる。二人には絶対に聞こえないけど……まさか聞こえないこのシチュエーションを作るための鬼ごっこ!? まゆちゃんちょっと卑怯!


「あーうー…………あぅぅ……」

「あれー? 真っ赤になってるよー? どーだったのかにゃー?」

「い、いえない! 絶対言えないんだからッ!」

「えー、いーじゃん教えてもー。……アヤちゃんが真っ赤になっているってことは……まさかオーケーだったの!? うわーすごいッ! やったじゃん! ……………………って、あれ?」

「ぶくぶく…………」

「ちょ、沈まないで!?」


 まゆちゃんのばかぁ。あんなこと思い出させないでよぉ……いろいろと……いろいろとあるんだからぁ。


「う~…………(ダメだった)

「……へ?」

「だ、ダメだった……。告白……したんだけどね、えっと……」

「もしかして、アヤちゃんのことだから逃げちゃったの?」

「………………………………うん」


 わたしのことだからって……そんなにわたしってわかりやすいの? そりゃあその通りなんだけどさぁ。

 告白は確かにした。覚えている。そら君と二人で寝っ転がって日向ぼっこしていたら、なんだかすっごくドキドキして、それで頭の中が真っ白になって……あぁ! もう!

 

「まー、アヤちゃんなら絶対やるって思ってたよ。うん」

「うぅ、まゆちゃんヒドイ……」

「だってアヤちゃんだもん」

「あぅぅ……」


 分かっている。分かっているんだけどつい……もう耐えられなくなっちゃったんだ。逃げちゃった。

 そら君とはるみちゃんはまだ泳いでいる。はるみちゃんがまだそら君を捕まえられずにいて、そら君は泳ぎが得意なのか、長くもぐったりしてはるみちゃんから逃げている。


「ま、断られたわけじゃないんだからいいじゃん。この海旅行で距離をもっとちぢめちゃえばいいんだよ!」

「できるかなぁ……」

「アヤちゃんならできるって! そのためのおニューの水着でしょ?」

「な!? ち、ちがッ――! これはそういう訳じゃなくて!」


 うぅ……確かにこれは新しく買った水着だよ。みんなで海に行くって決めてからお店を六件くらいまわって必死になって考えて決めた水着だよ。もちろん自分だけじゃ良く分からないからまゆちゃんにもついてもらったわけで……


「じ~……」

「うぅ……あぅ……」


 視線が怖い。まゆちゃんの視線が怖いよぅ。お店を回っているときは何も言わずに一緒についてきてくれたのはうれしかったけど……はっ! まさかここで聞くつもりだった!?


「じ~……」

「あぅ……うぅぅ……ううぅぅうー! うわぁあん! そうだよ! わたしも頑張ってみたんだよぅ!」

「うむ。素直でよろしい」

「だいたいまゆちゃんだっておニューの水着じゃん!」

「そうだよー? それがどうかした?」

「どうかって……」


 がんばって選びました。足が棒になるほど歩いて、目がお皿になるかと思うほど真剣に選びました。わたしが今着ているのはピンク色のタンキニ。胸元に小さなリボンと濃いピンクのふりふり、こしにも同じような濃いピンクのふりふりがあって、なかなか見た目は可愛いと思う。おへそが出るやつとどっちがいいか迷ったけど……あんまり露出が多いのは……うん。自信ないもん。


「まー、わたしのことはいいんだよ。ふむ……さすがはあれだけ迷って買った水着だね。すっごくか……と、これは言わないでおこう」

「え!? なんで!? なんかダメだった!?」

「わたしが言うよりそら君が……うーん、ダメ? ダメ……ねぇ……」


 と、言いつつまゆちゃんの視線がわたしの顔から少し下がって……


「アヤちゃんってさ、おっぱい全然ないよね」


 両手で水をすくって……思いっきり投げる。


「わっぷ!? な、いきなり~!?」

「うるさい! まゆちゃんが悪いんだからね! だいたいまゆちゃんもそんなに……」


 伸ばした右手の平から伝わる感触は……やわらかい。


「わたしちょっとあるもんねー」

「あー、もう! なんかむかつくくやしぃー!!」

「でもまぁ、おっぱいのことはともかくその水着を選んだのはよかったと思うよ」

「そう? でもこれじゃあちょっと子供っぽい感じもするような気がするんだよなぁ……」

「ムリに背伸びする必要ないよ」

「また! またわたしを子ども扱いしてる! 今はこんなだけどちゃんと成長するもん!」

「はいはーい。でも今はそら君に……って言ってもらえるように頑張らないとね」

「え、なんて?」

「なんでもないよ~ん。ほら、そら君とはるみちゃん来たよ……って、はるみちゃん、まだ捕まえてなかったんだ。逃げろー!」

「え? 待ってよまゆちゃーん!」

「なんか名前を呼ばれてきたんだけど……気のせいかな? おーい、真弓。呼んだ?」

「呼んでないよー! 気にするな! それよりはるみちゃんから逃げなさーい! ついでにアヤちゃんと一緒にいてあげなさーい」

「まゆちゃんのばかぁあぁぁぁあああ!!」

「くっそ、空、泳ぐの早すぎる……おい、真弓とあやめも待ちやがれ!」

「はるみちゃんにわたしが捕まるもんですかぁ。っと、やばい」

「まゆちゃん今度という今度は……まてええぇぇええ!!」


 かなり白熱した海中鬼ごっこは、四人全員の体力が尽きるお昼時まで続きました。


◆◇◆◇◆◇


「四人ともー、どう? 調子は?」

「アカン」

「アカンです」

「アカンだよ」

「ホントにアカン」


 陽夏さんがふすまを静かにあけて、コーラが入ったグラスを四つ持ってきた。グラスには水滴がついていて、氷がちょっと溶けかかっている。受け取ったグラスをはるみちゃんがわたしたちに回してくれた。すっごく冷えていて、おいしそう。


「アカンって……でも昨日はいっぱい遊んだんだから、今日の午前はしっかり勉強しないとね。みんなのお父さんお母さんからも夏休みの宿題をさせてくれって言われたんだし」

『はぁーい』


 わたしたち四人は一応返事はするけど、やっぱり嫌そうだ。……というより、『嫌そう』じゃなくて嫌なんだ。勉強なんか忘れて今日も海で遊びたい……でもそんな願いなんてほうきではいて捨てられましたよ。


 そうです。昨日はさんざん海で遊び、今ははるみちゃんちの別荘で夏休みの宿題と格闘している。って、別荘ってすっごい。はるみちゃんちお金持ちだったんだ。


「いやいや、ねーちゃんの知り合いの家だってさ。夏休み中は空けるから使ってもいいってさ」

「なんだ。別荘じゃないのか」

「私の友達の別荘なんだよ」

「何その子!? 大金持ち!?」

「うん。ものすごいお金持ち」

「アヤちゃん興奮しすぎ。確かに別荘ってひびきはいいけどさー……宿題やっちゃおうよ」

「うん。春美もさ、もうすぐノルマ達成なんだしさっさとやろう」


 ノルマとは、この旅行中に夏休みの宿題の消化ノルマのことだ。まだ夏休みの三分の一も終わっていないけど、半分ほど終わらせろってお母さんに言われてきた。ほかのみんなも同じ。夏休みの自由研究は別として、毎日の日記とドリル。面倒くさすぎて脱力だよ。できればこんなものごみ箱に捨てちゃいたい……。


「でもめんどうくさいよぅ。いやだよぅ」

「でもやらないと。あとでアイス持ってきてあげるから、頑張りなさい」

『はぁい』

「うむ。ペンは剣より強し……だぞ」


 うん……? 今なんて?

 陽夏さんはそういって部屋から出て行った。たぶんリビングに行ったんだろう。陽夏さんは大学生だからあの人はあの人なりに忙しいんだろう。

 でも……


「ねぇまゆちゃん。いま陽夏さんが言ったのってなに?」

「うん? えっと……なんて言ったけ? そら君覚えてる?」


 『はぁい』って言ったわりには聞いてなかったんだ。


「『ペンは剣より強し』だったね。意味は……なんだったっけな?」

「武力より勉学の方が社会で武器になるってことだったと思うぞ。つまりは勉強頑張れってことだろ」

「結局勉強のことなんだ」


 話の流れからなんとなく想像はできたけどね。やっぱり勉強のことだったんだ。


「でもそれだったらあれだよね。一番強いペンってどれ? ってことになるよね」

「ならねーだろ」

「ならないんじゃないかな」

「ならないと思うけど……さすがはアヤちゃんの頭。全然想像つかない所にぶっ飛んでいくね」

「まゆちゃんヒドイ。それじゃあまるでわたしがバカみたいじゃん!」

「ごめんごめん、そういう意味じゃないのよ……えっと……」


 わたしが変人みたいじゃん。わたしはいたってノーマルなのに……。

 今のまゆちゃんの言葉を水に流すかのようにわたしはコーラを口いっぱいに頬張る。夏の暑さに心地いい冷たさと炭酸の刺激が目を覚ましてくれる。、さて、じゃあ宿題やるぞ……


「やっぱりさ、最強のペンは鉛筆だと思うんだ。みんな使っているじゃない?」

「アヤちゃん……勉強するんじゃなかったの……」

「うーん。普通のペンだと思うんだけどなぁ。固さで言えばプラスチックのシャーペンの方が鉛筆より強いし」

「そら君も乗った!? 勉強はしないの~?」


 まゆちゃん、細かいことはいいんだよ。いちいち気にしてるときりがないよ?


「まゆちゃんはどう思う?」

「もう、ホントにアヤちゃんは……えっと……わたしは普通のボールペンだと思うな。シャーペンも鉛筆も、書いた文字は消しゴムで消えるじゃない。ボールペンだったらずっと残るでしょ?」

「けっきょくまゆちゃんものったじゃーん」

「アヤちゃんがのせたんでしょッ!?」


 それでも乗ったのはアヤちゃんだもん。すると、今度はシャーペン押しのはるみちゃんがコーラを飲んで、から続ける。ちなみに今のそら君が勉強に使っているのもシャーペンだ。わたしはもちろんえんぴつ愛用者。


「でもさ、シャーペンは芯を取り換えたらいつまでも使えるってのがあるよ。その意味ではえんぴつやボールペンより上だと思う」

「えー、鉛筆は環境に優しいよ。木製だから軽いし、使いやすいし、安いし」

「あーそれもあったかぁ……でもさ、最近のプラスチックも環境に優しいのがあるよね」

「うん、あるある。安さではえんぴつにはかなわないけど。やっぱシャーペンが一番じゃない?」


 ぬぅ。三者三様。一歩も引かないな……。

 だんっと、机が揺れたかと思うとそこにはコーラを一気飲みしたはるみちゃんがいた。口元が微かに笑っている。


「わかってないな」

「へ? なによ。じゃあはるみちゃんは何が最強だと思うのよ?」

「はるみちゃんって言うな!」

「で? 春美は何が最恐だと思うんだ?」

「ふっふっふ、聞きたいか?」

「さっさと言いなさいよ」


 焦らすはるみちゃんにまゆちゃんが容赦のない一撃。うん、早く話してほしい。口には出さないけどね。

 ぐぅ、とうなったはるみちゃんは、ちょっと間をおいて息をいっぱい吸ってからこういった。


「修正ペンが最強だ!」

「あ!」

「あー、なるほど」

「へぇ……はるみちゃんが考えたにしてはまともだね」

「んなんだよ真弓!? それじゃ俺は普段まともじゃないことしか考えられないみたいじゃないか!」

「あながち……いや、そうでもないかなぁ?」

「あやめも言うかよ!?」

「ははは、まあ春美の頭はいいとして、確かに修正ペンって最強っぽいね」

「だろだろ!? 鉛筆もシャーペンもボールペンの文字も消せるんだぜ」

「いくら書いても修正ペンにかかればすぐに元通りだもんね」

「だから修正ペンが最強だと思う! 最強のペンだ!」

「でも修正ペンって……文字を消すから剣には勝てないよな」

『…………』


 そら君。それを言ったらおしまいだと思います。

 でもまぁ最強のペンが決まったんならちょっとすっきりかな。すんごくどうでもいいことだけど。

 どうでもいい満足感に浸りながらコーラを飲んでいると、突然背中にぞくっと寒気がした。


「……四人とも? 何やってるのかな? 勉強しているかと思いきや……」

「ゲ!? ねーちゃん!?」

「陽夏さん!?」


 低く、お化け屋敷に合いそうな声が部屋に響いた。声の主はもちろん……陽夏さん。ふすまをちょっとあけて、そこから片目だけでこっちを見ている姿は何ともびっくりする。

 陽夏さんは驚かすのはここまでといった様子でふすまを完全にあけると、ちょっと大人の目……子供の私たちに説教をする大人の目でわたしたちを見下ろす。


「ちゃんと宿題やんないと、今日の花火大会連れて行ってあげないよ? 花火の音を聞きながら勉強会に変更するよ?」

「わー、やりますやります。それは勘弁してねーちゃん!」

「わ、わたしも。ちゃ、ちゃんとやります! ね、まゆちゃん?」

「やります。ごめんなさいでした」


 い、いつから聞いてたんだろう。わたしたちのこと……。


「ちなみにアヤちゃん。アヤちゃんのお母さんからは特にしっかりやらせてくださいって頼まれたからね。ちゃんとやらないと連れて行かないよ?」

「ちゃ、ちゃんとやります!」

「じゃーがんばれ。こんどこそ私はリビングに戻るからー」


 とんとんと軽い足音が遠ざかっていく。それと一緒に驚かされたわたしの心臓もだんだん落ち着いてきた。はっきり言って、ふすまの隙間からこっちを見る陽夏さんにはかなり驚いた。

 って、あれ? 『こんどこそ』ってことは……始めから全部聞かれてた?


「うわぁ……どうしよう」


 いや、ひょっとしてじゃなくて絶対だ。だから話題を出した私にあんなくぎをさしたんだ。


「勉強……やるか。花火大会いけねーのは嫌だし」

「そうだね……」

「そうだな……」

「……うん」


 それからみんなまじめに勉強。分からない所は教え合ったりして、なんと花火大会の時間までにノルマ達成しました。

 陽夏さんが持ってきたアイスの中にひとつだけハーゲン○ッツがあって、どのアイスを食べるか決める時はみんなでちょっともめた。最終的にじゃんけんで、まゆちゃんが勝ち取りました。


◆◇◆◇◆◇


「じゃあ花火大会行くぞー!」

『おおー!!』


 元気な陽夏さんの声に、宿題からの縛りから解放された私たち四人が元気よく返事をする。片手のこぶしを突き上げて、てんしょんまっくす。

 わたしたち四人は浴衣に着替えて、再び海水浴場の海岸へ。夜は遊泳禁止時間だから、今ここにいる人は花火が目的の人がほとんどだ。浴衣は自前のもの。この花火大会のためだけにわざわざ持ってきたものなのさ。


「やっぱまゆちゃんセンスいいねー。金魚のがらって可愛い」

「あは、ありがと」


 まゆちゃんが来ている浴衣は青い記事に大きな尾びれのひらひらした金魚のがらのものだ。浴衣のフワフワした感じと合って、ホントにまゆちゃんは服の選びがすごいと思う。


「でもこれ、お母さんが選んでくれたものなんだー」


 わぁ。さすがまゆちゃんのおかあさん。まゆちゃんの服のセンスがいいのも親譲りだろうな。蛙の子は蛙ってヤツだね。…………ん? なんか違う。


「そら君は何か……ちょっと大人っぽいね」

「ん、そう? やっぱ深緑ってのは地味だったかな?」

「そ、そんなことないよ! むしろちょっと……か、かっこいいよ!」

「ありがと。アヤちゃんもかわいいじゃん。ひまわりのがら。アヤちゃんのキャラとあっているよね」

「~~~~~~~~~~ッ!?」

「あ……アヤちゃんまっかになった」

「でもさぁ、なんか浴衣って歩きづらいよなぁ。下駄もさ」

「良いじゃん。今日だけなんだし。まずは雰囲気からって言うでしょ?」

「そうだけどさ、まいいか。確かに真弓の言うとおりだな」


 い、いま……そらくんがわたしのことかわ……って。わー! わー! どーしよぅ!?


「………………………………ふぁぅ」

「ほらアヤちゃん! ボーっとしてないで行くよッ!」

「ひ、ひゃぁ!? な、何!? まゆちゃんどうしたの?」

「どうしたのって……はぁ。もういいわ。そら君!」

「ん? 何?」

「アヤちゃん呆けてるから手をつないであげて。みんなとはぐれたら危ないでしょ」

「ちょ!? まゆちゃん!?」

「ん、わかった。ほら」


 わたしがまゆちゃんに何か言うより早く、わたしの右手を何か温かいものが包み込んだ。言わずもがな、そら君の左手だ。

 瞬間、あの日の記憶がよみがえる。あれから手をつなぐ事はなくて、久しぶりの優しい感覚……。


「あ、あぅあぅ……わぁ……はぁぅ……」

「ん? どうしたの? もしかして手をつなぐのイヤだった?」

「しょ、しょんなことにゃいよ!? ぜんぜんらいじょうぶ!」

「ろれつが回ってないよ……」


 お、落ち着け、だいじょうぶ。ドキドキしっぱなしだけど大丈夫。一気に体が熱くなったけど、むしろ良かった。そっと握ってくれた手を離れないように思いっきり握り返す。痛くないくらいに。

 ん……強く握ったらちょっと落ち着いてきた。


「え、えへへ……」

「だめだ、もうアヤちゃん、取り返しがつかない」

「じゃあはるみちゃんはおねーちゃんとつなぎましょー?」

「やめろねーちゃんはなれろ! おれは大丈夫だって!」


 えへへ。なんかいーな。

 人込みを分けてゆっくり歩いていく陽夏さんに続いて、そら君に引っ張られるように私も歩く。陽夏さんはしっかりとはるみちゃんの右手を握っている。はるみちゃんも口ではなんだかんだ言っておきながらまんざらでもないみたい。

 わたしとそら君の後ろに続くまゆちゃんが、慣れない浴衣に足を取られながら小走りでそら君とは反対側のわたしの横にやってきた。なんだろう? とおもってるとそら君に聞こえないほどの小さな声でそっとささやいた。

 まゆちゃんがわたしとそら君の手をつながせてくれたから感謝しているけど……なんだろう?


「いい? しっかり距離縮めんのよ? 昨日の分を取り戻せ! 浴衣はおっぱいなくてもかわいく見せられる服だしね」


 前言撤回です。そこは言わなくていいでしょ!


「まゆちゃん!!」

「あはは、ごめんごめん。冗談だよ。そんな怖い顔で睨まないでよー。まぁでも、チャンスなことには変わりないじゃん?」


 じゃ、ごゆっくりー。と言いながら前に走っていった。まったく、昨日からずっといじってばっか。


「どうしたの?」

「そら君は気にしなくていいよ。むしろ気にしないで!」

「え、あ、うん」


 そら君に胸のこと気が付かれたら死んじゃう! だめ。それだけはダメ!


「みんなついてきてる? はぐれたりしてないよねー?」

「大丈夫でーす。アヤちゃんもちゃんとついてきてますから」

「春美ちゃんは私がしっかり握っているからいいとして……真弓ちゃんは?」

「大丈夫でーす。ここにいますからー」


 前から順番に陽夏さん春美ちゃんペア、まゆちゃん、ちょっと遅れてわたしとそら君という順番で縦並びで陽夏さんについていく。


「いいところがあるんだけど、ちょっと遠いからね。しっかりついてくるのよ?」

『はーい』


 進むにつれ人ごみが濃くなっていく。押されてはなれそうになるから、自然と強く握る。離れないように……ちょっと強く握ると、同じくらいの強さで握り返してくれる。それがなんだかうれしくて、強くしたり弱くしたり。

 距離を縮めればいいって……どうやればいいか分かんないよ。


「けっこー人多いね。はぐれないでね」

「う、うん」

「ちゃんと握っててよ?」

「も、もちろん。ちゃんと握ってるよ」


 ざわめきにさえぎられて、何とか聞こえた声に、そら君に聞こえるようにちゃんと返事をする。やっぱりなんか、落ち着かないなぁ。

 ううん、こんなことばっか考えているからいけないんだ。黙っていると色々考えそうだからとにかく話題話題。


「昨日は楽しかったねー。そら君って泳ぐの上手いんだね」

「そうでもないよ。ただ、春美につかまりそうになったときに体をひねって避けてただけだって」

「やっぱ夏は海だね。プールよりずっと楽しい」

「学校のプールだと先生がうるさいからねー。僕も海に来れてよかったよ。あ、そうだ。アヤちゃん、昨日の水着姿もかわいかったよね。ピンク色のやつ」

「――――ッ!?」


 い、いきなりそんなこと言うなんて……反則だよぅ。

 たまらなくなってちょっと顔を下げてしまう。顔を上げたらそら君にわたしの顔が真っ赤になっているのみられる。それはちょっと……恥ずかしい。


「あ、あれ? どうしたの? 具合悪い?」

「ううん。大丈夫だよ! なんでもない…………………………ありがとう」


 心配そうな声で顔を上げる。不安にさせちゃだめだよね。笑顔にならないと。

 すると、またそら君が強く握ってきた。


「はなれそうだよ。もっと強く握って。みんなからも遅れている」


 ちょっと小走りになるそら君に引っ張られて、人ごみの中を縫うようにして歩く。陽夏さんは浴衣じゃないし、背も高いからよく目立つ。そこに向かうそら君の手をぎゅっと握って……言葉が出なくなった。

 言うべきかな? でも言ったらまたなんか……恥ずかしいし。でもそら君鈍感だもん。言っても気づかれないかも。どうしよう……。

 あぁ! もう! このくらいあの告白に比べればどうってことないんだ!


「そら君」


 真っ赤になっているだろう顔でまっすぐそら君を見る。やっぱり恥ずかしい……けど言っちゃえ!


「はなれないからね。ずっとそら君の手を握ってるから」

「…………うん。握っている」


 吐き出すようにして言ってみる。ずっと変わらない好きな人への遠回しの告白。これで気づいてくれてもいいんだけど……。

 つたわっ……たかな? でも返事はしてくれた。けれどこの返事は……?


「おーい。二人ともはなれんなー!」

「あ、春美だ。大丈夫だ! すぐ追いつく!」


 いいや、そんなの。これでちょっとは距離が縮まったんじゃないかな。

 見れば三人からだいぶ遅れをとっていた。人込みの隙間の向こうではるみちゃんが頭を振ってわたしたちを探しているのが分かる。でも向こうからこっちは見えないみたい。

 わたしはぎゅっと握った手を見つめ。それなら……と、これより一歩先へ。

 はるみちゃんにちょっと身を寄せて歩きました。肩と肩が触れるくらいに。でもみんなに見られるのは恥ずかしいから、三人がいるところまで。


 恥ずかしいけど、すきだから肩を寄せる。…………ちょっとだけね。

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