機械仕掛けの叫び声
本日も手動投稿です。ぐっ……! 遅くなって申し訳ありませりぬんてぃうす……ッ!
それからしばらく、サクラと青装束の人物は見詰め合っていた。
しかし、三十秒……一分待っても動きがない。
お互い、相手の出方を伺っている。
好都合だ。
ニースは青装束の更なる観察を行うことにした。
身長は、現在使われている国際単位系で言うところの、百五十三・八センチ。体重は恐らく、本体で五十キロほどか。
重心、肩の形や幅から見て、女性だろう。
頭からすっぽりと被っているマントは、黒よりの青で、月明かりのない夜など、行動がしやすいだろう。刺繍や飾りの類は一切着いていない。素材は恐らく毛皮。しかし、あのような色合いの毛皮を持つ生物……ニースの知る限りでは、絶滅したブルーバック種のものが近いか。色合いから、少し黒よりに染めているのかもしれない。
フードの奥に、仮面が付けられている。確か、イタリアはベネチアのカーニヴァルで見たことがある。白を基準に、黒いアイマスクパーツが付いたものだ。その口元は一文字に引き結ばれている。
マントの丈は足首までで、そこから覗いているのは、赤と白のスニーカー。サイズはそこまで大きくはないようだ。
羽織っているマントは、丁寧に手入れされていることがわかる、年季の入ったものであるのに対して、下が現代靴ということは、少なくとも現世で暮らしている者のようだ。
ふと、ニースはあることに気が付いたが、確証がないため、思考の片隅に留めておくことにした。
さて、マントの下には何か武器が隠されていると見て間違いないだろう。刀剣を使っている構えではない。恐らく飛び道具だ。火薬の匂いはしない。矢筒は見当たらない。マントの裏に縫い付けているのか、それとも魔法使いか。
そこまで考えたところで、見詰め合っていた二人に動きがあった。
最初に口を開いたのは、サクラだった。
「こんばんは」
青装束から反応はなかった。
サクラは気にした様子なく続ける。
「月が綺麗ですね」
残念な事に、今、月は雲に隠れている。にらみ合っている間に雲がかかってしまったのだ。
それより、相手がまた動揺した気配があったことに、ニースは違和感を覚えた。殺気が大幅に消えていたのだ。
あまりに下らない声掛けに、戦意を若干挫かれたか。
「……えと、俺は怪しい者じゃなくて。貴方の出していた気配を感じて来たんです。貴方は一体何者なんですか?」
ようやく本題を切り出したサクラへ、青装束は沈黙を通している。
ビルの屋上から飛び降りてきた人間が、怪しい者ではないと言ったところで説得力はないだろう。青装束も十分に怪人だが、常人の格好をしていながら、人の常識を逸脱した行動をしていたサクラも怪しい者だろう。
だが、フェンリルの放つプレッシャーの真っただ中に飛び込んできた猛者だけのことはあり、青装束は揺らいでいた自身の気配を整えていた。殺気は身を潜め、今度はサクラを観察するような視線と、それから何かを隠しているような気配を出し始めた。
だが、青装束が答えることはなく、サクラは少し困ったように後ろ頭をかいていた。
「どうしようかな」
「ひたすら待て」
サクラの独り言らしきつぶやき、ニースは容赦なく突っ込んだ。
達人同士の戦いでは、相手が隙を見せるまで何時間、下手したら数日、待つことがある。
会話においても、状況や内容によっては、数分から十分以上も沈黙している場合がある。
ニースは、かつて担当した戦場で、両軍が何日間もじぃっとにらみ合いを続けている場面を目撃していた。先輩ヴァルキリーたちが運命を操作して、互いの緊張感を高め、勝たせる側の方に最高に有利な精神状態を作らせてから戦闘を開始させる、という流れは、まるで演劇の山場を見ているようであり、見事な流れだった。
待つことに関しては、ニースもヴァルキリーである故に、更に職業柄、得意としている。と言うより、仕事上、必須事項だった。
だが、サクラは職業軍人ではなく、夜が明ければ学校へ行き、アルバイトのシフトに入る必要のある身。比喩ではなく、彼の時間は有限である。
また、相手がサクラの親しい者や、街に危害を加えるのであれば、早急に対処しなくてはならない。
さらに五分ほど待って反応がなければ、何かしらアクションを起こしてもいいだろう。
ニースはサクラの傍に近寄り、耳打ちで伝えた。
相手が自分に気付いていないとはいえ、サクラが何かしら反応を示して、相手が姿の見えない存在への警戒を始めないとも限らない。その辺りを考慮し、ニースは耳打ちの開口一番に、反応せずに聞け、と言い含めていた。
サクラは優秀な戦士だ。それはニースも認める。
大神ロキを殴り倒し、世界樹を伝いまわってラグナロクの原因やそれになりうるものを全て解決した挙げ句、ムスペルスヘイムの最強の戦士であるスルトを含めた巨人たちを葬り去った、という功績を持っている。
優秀どころか、もう理解の追いつかない、超次元の存在だが、つまりは本来主神たちが欲しくて欲しくてたまらなかった、最強のエインヘルヤルという事だ。
それは精神面においても言えることだ。
待てと言われたら、ものの数分待つことくらい、本当は苦ではないだろう。後に控えている用事があるから焦るのであって、それがなければ、何時間、何日もその場に立って待つことができるとニースは踏んでいる。
そもそも、用事があったとしても、自分の親しい者たちが狙われているのだから、学校やアルバイトを休むことくらい、比較にもならないだろう。
人間とは、自分を縛る事が好きだな、と改めて呆れの感情をニースは抱いた。
そんなニースの考え事は青装束が動いたことで中断された。
青装束はマントの下から、腕まで黒い布に覆われた右手を出して、口元へ持って行った。
手の甲には、鉄製の籠手が装着されていたが、右指が動いたのがわかった。
攻撃するようには見えないが、ニースは注意深く、いつでも動けるように準備した。
「この気配を出している者を探している」
老若男女、どれとも取れない、奇妙なざわざわした声が、青装束から聞こえてきた。
安藤家のテレビで見た、バラエティ番組やニュースでよく使われる、加工された音声のそれに近かった。
予想外の出来事に、ニースは呆気にとられたが、それも表に出さなかった。先ほど、青装束の事をとやかく思ったが、自分もまだまだ未熟者だな、と反省した。
サクラの様子を伺ってみるが、こちらも表立って驚いている様子はない。流石はラグナロクを未然に終わらせた英傑。これくらいでは驚かないか。
「この気配、と言うと?」
「この強烈な、押しつぶされるような気配だ。アンタは感じていないのか?」
推し量るような口調の青装束に、サクラは頷いた。
「えと、まぁ感じてはいるけれどね。貴方は、この気配を辿って、どうするつもりなんだ?」
「人に害をなすものなら倒す」
変換された声音だったが、込められている意志は真っ直ぐで、強さを感じられた。
「なら、そこは安心して欲しい。この気配を出している奴は、悪い奴じゃない」
「……お前、まさかこの気配を出している奴の仲間なのか?」
驚きと共に、青装束が、右手をマントの下に忍ばせた。若干の攻撃意志を感じ取れる。
だが、サクラは気にした様子もなく、青装束の言葉に再び頷いた。
「仲間、というか家族だな」
お前、それはこの状況下ではだめだろう。
ニースが思った時にはすでに遅く、青装束はマントの下からクロスボウを取り出し、サクラに向けて構えていた。
「お前……一体何をしているんだ、安藤っ!!」
怒りと困惑を含んだ叫びが、公園に響き渡った。
タグにはつけていませんが、この物語に出てくるのは、レギュラー、サブレギュラーも含め、戦闘職は基本的に最強さんです。つまり、敵も味方も最強。私の作品、大体のもののテーマの一つにこれがあります。