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最終戦争を未然に終わらせた男とベテラン戦乙女の共同生活(フェンリルもいるよ!)




 しかして、数分後……ニースの前に、サクラが唐突に姿を現した。

 その手には、ボロボロになった狼の子どもが抱かれていた。

 まさかな。ニースの頬を一筋の汗が伝った。


「ただいま」

「……サクラ。お前が抱いているその狼は何だ?」

「フェンリルだな」


 まさかだった。ニースは空を仰ぎたくなるのを必死に堪えた。


「フェンリルは、もっと巨大だぞ?」

「魔法で小さくした。あぁ、ヨルムンガルドは倒しておいたし、巨人たちはそれぞれ何とかしておいたぞ?」

「は?」

「だから、もうラグナロクは起きないぞ?」


 サクラの言葉が理解できず、ニースは動きを止めた。思考も止まりそうになったが、思考放棄し、動きを止めればすかさず攻撃された訓練により、嫌が応にも状況を理解しようと頭が働き始めた。

 それでも、最初に漏れたのは、何かしらの単語ではなく、疑問の声だった。


「……は?」

「よかったな、今日からもう、戦士の魂を集めなくていいぞ?」

「…………は?」


 開いた口が塞がらないニースに、サクラは苦笑を浮かべる。

 サクラの腕の中では、小さなフェンリルがどこか遠いところを見ていた。


 そして、全てを悟ったニースは、ポツリと、


「今日から……無職だ」


 無感情な声で、光を失ったように虚ろな目で、そう零した。


「え、普通に死者の魂を安らげる場所へ運ぶとか、神界の警護とか色々あるだろ?」

「いやお前……今さっきので、どれだけのヴァルキリーやエインヘルヤルが職を失ったと思う?」

「ん?」

「お前が言う仕事は、すでに専属の者がいるし、空いているポストには今頃、失業した者が大勢集まっているだろう。エインヘルヤルなどは、自分の信仰している神々の下へ行きたいと願う者たちは早々に去っているだろうが、それでも残る者がどれだけいると思っている?」

「うん?」

「神界や各要所の警護は、巨人が居なくなった後でも必要だろうが……それでも行き場を失うエインヘルヤルは多いだろうな」

「うっ、うん」

「どうするんだ……お前?」


 のどかな春の昼下がり。


 滝のような汗を流す青年と北欧美女、その間にいる子犬っぽい狼が、こうして出会ったのだった。




 神界へ戻ったニースは、絶句した。

 なんというか、神界の空気が違うのだ。

 まるで、全てが焼きつくされた後、残された者たちの希望となるべく昇った新しい太陽に照らされるかの如く、世界の全てが清々しく、気持ちがいいのだ。


「ニース」

「フレイヤ様!」


 呼びかけられて振り返れば、そこに絶世の美女にしてヴァルキリーが立っていた。ニースにとって偉大な大先輩であるフレイヤだ。


「フレイヤ様、ご無事でしたか」

「無事と言うか、私たちに危害が及ぶことは何もなかったんだけれどね?」


 そう言って、神も含めた数多の男を魅了した憂いの表情でチラッと明後日の方向を見るフレイヤ。

 その視線を追うと、頭に特大のたんこぶを作ったロキに説教する雷神トールと、それを苦笑して見守るバルドルの姿があった。


「いきなり、ロキを殴りつけた後、世界樹を伝って色んな世界へ行った人間がいてね? 巨人たちも倒して、ヘルの戦艦を潰してくれたりしたんだけれど……」

「ロキ様のあの様子は……」

「その子がやったのよ。そう、あの人間、ラグナロクの全要素を破壊しちゃって、助かったと言えば助かったけれど、困ったと言えば困ったことをしてくれたのよね」

「全くですね……」


 その人間と知り合いだなどとは、口が裂けても言えないニースだった。


「貴女は日本にいたからあんまり事情は知らないんでしょうけれど、つい昨日まで大変だったんだから」

「と言いますと?」

「いきなりラグナロクが終わっちゃったものだから、失業者がいっぱい出ちゃって。それもその人間が何とかしていったんだけれど……皆てんやわんやだったわ。巨人を拳一つで殺しちゃう人間が職の斡旋をしてくるんだもの。意味が分からなくて、流石の主神夫妻様も椅子を使う事を忘れていたわ」

「そうなんですね」

「他人事みたいに。貴女も、これから職を探さないといけないわよ?」

「それは、はい。ところで、フレイヤ様はこれからどうなされるのですか?」

「うーん、それがね……オーズに、会いに行こうと思うの」


 ふと、微風が吹いて、ニースとフレイヤの髪と衣服の裾を揺らして行った。


「旦那様にですか?」

「その人間が、オーズの居場所を教えてくれたの。だから、これから会いに行くつもり」


 そう語るフレイヤの表情は、優し気で、同性のニースでも見惚れるほど、魅力的だった。


「それは良いと思います。お嬢様も、さぞお喜びになるでしょう」

「ありがとう。……あら、ニース、貴女、少し表情が変わったわね?」

「そうでしょうか?」

「えぇ。まるで、気になる殿方と出会ったような」


 フレイヤの言葉に乾いた笑みが浮かぶ。

 彼は確かに気にはなるが、男女関係として気になる相手ではない気がする。


「でも気を付けなさいニース。日本では、今少なからず異常な事が起きているはず。貴女が傍にいると、その者も何かしらの影響を受けるかもしれない」


 むしろ、私が受けました、フレイヤ様……と言いかけたが、何とか喉のところで止めることができた。


「それでも、貴女が守る、いえ、その人が乗り越えられるなら……きっといい夫となるわ」

「いえ、別にそう言う相手では……」

「照れなくていいのよ。その気になれば、ロヴたちにいいなさいね。私も式に出るから」

「は、はぁ……」


 その場合、私の花婿を味見するという意味も含まれていないだろうか。想像して、しかしサクラなら余裕で逃げ出せそうだが、どうでもいいか、とニースは困り笑顔を浮かべながら考えた。


「じゃあねニース。元気でね」

「はい、フレイヤ様もお達者で」


 別れの挨拶を交わし、フレイヤは踵を返した。

 その後ろ姿へ、説教中のロキが何やら怒声を浴びせようとしていたが、トールによって中断させられていた。




 神界で手続きや用事を済ませ、日本へ戻ってきたニースは、待ち合わせ場所にいたサクラに案内され、安藤家へお邪魔することになった。

 常人には姿が見えないため、家族に怪しまれることなく、ニースはサクラの自室へと入ることができた。


「別に俺の部屋じゃなくても良くないか?」

「こんなことになったのもお前の責任だからな。私の新しい職場を提供するのは当然の責務だろう」

「いや、だからって俺の守護霊になるって言われてもなぁ」


 神の御業と言うべき速度と強引さで神界の一大就職支援活動を行ったサクラだが、その時日本に残されていたニースだけ新しい職場が見つかっていなかった。

 どうするか色々と相談した結果、ニースがサクラの守護霊を務めることになった。


「守護霊と言っても、特にお前の行動を制限するようなことはしないし、私も不用意な干渉をするつもりはない。ただ、この国で行動するには、こうした方が一番手っ取り早くて安全なんだ」

「神社に行った時にお祓いとかされない?」

「問題はないと思うが……その時になってみないとわからないな。それより、サクラ」

「うん?」

「色々あったが、これから世話になる。よろしく頼むぞ」

「あぁ、よろしく」

「……妙にあっさりと受け入れるな」

「異世界で色々あったからな。ヴァルキリーが守護霊になってくれて、感謝する気持ちはあっても、嫌な気持ちにはならないよ」


 なるほど、そう言われれば納得できる。それに、感謝されて嫌な気分ではなかった。


「それで、ニースの寝泊りする場所なんだけれど」

「それならこの部屋でいいだろう」

「ニースはそれでいいの? 隣の部屋とか空いてるよ?」

「構わん。守護霊は常に庇護者の傍にいるものだ」

「なるほど」


 その日から、ニースとサクラ、フェンリルの共同生活が始まった。

 男女七歳にして同衾せず、とはサクラの言葉ではあるが、自前の宙に浮かぶ寝袋のおかげで別個に寝ることができるため、この問題は解決した。

 食事についても、ニースが神界から持ってきたいくつかの食品を使い、サクラがニースとフェンリルに料理を作ることになった。

 風呂は、サクラの前にニースが入ることを決めた。フェンリルはサクラと一緒に入ることになっている。


「一緒に入ればいいだろう?」

「いや、流石にそれはダメだろう」


 半眼で苦笑するサクラにニースは、生真面目だが信頼できる奴だ、と評価を少し上げた。


 神界をあれだけ無茶苦茶にしておいて、普通の日常を送るサクラに、ニースは不思議な気持ちを抱いた。

 私が言わなければ、今も神界は以前のままだったのだろうな、と思うが、なってしまったものは仕方がない。ラグナロクが消えたことで、幸せになる者もいる。

 フレイヤの笑顔を思いだしたら、そう思えた。


早速タイトル回収です。

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