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遠宮の家にて

 電車に揺られて移動する事、十分ほど。

 目的の駅に着いたニースたちは、サクラに着いてさらに五分ほど歩き、閑静な住宅街へとやってきた。


 その中の一軒家の前でサクラが立ち止まり、インターホンを押した。

 軽快な呼び出し音が鳴って、しばらくすると、スピーカーの向こうから間延びした女性の声が聞こえてきた。


『はぁい?』

「安藤作楽です」

『あぁ、ちょっと待ってて~』


 やがて、ドアが開き、一人の女性が姿を見せた。

 一目見た瞬間、ニースは、この女性がサクラや恋歌と同じ、強者だと理解した。


 緩やかで暖かな雰囲気に、笑顔がとても素敵で、母性を感じさせるが、紛れもない心身の強さがあった。

 ふと、ニースと目が合った。

 やはり、見えている。


「いらっしゃい、安藤君。貴女たちもいらっしゃい」

「お邪魔します」


 門が開かれ、気負った態度もないサクラが行く後ろで、美琴は首を傾げていた。


「たち?」


 思わず、と言った様子で口にし、周囲を見渡す。

 しかし、誰も見つからないので、気のせい? と訝しげな表情だった。


 先ほど、電話で美琴はニースが見えていないという旨をサクラが伝えていたはずだが、忘れているのだろうか。

 ニースは少しだけ、不安を覚えた。




 玄関近くの和室に通されたサクラたちの前で、女性が急須から緑茶を全員分の湯飲みに入れて、それぞれの前に置いた。

 もちろん、ニースの前にも、だ。


 サクラの左隣に座った恋歌も、流石にそこに誰かいるらしいと言うことに気が付き、じぃっと突き破らん勢いの目力で睨むが、サクラが苦笑するだけに終わっていた。

 ちなみに、ニースはサクラの右隣に正座で座っている。


「あの、(おう)()さん、一応まだ方宮さんには伝えない方がいいかもって、話だったんですが」

「あらあら、そんなことないわ。知っておいた方がいいって、今日の占いで出たのよ?」


 目の前でコロコロと笑う女性、桜香に、サクラは参りましたとばかりに肩を竦めた。

 どうやら、サクラも彼女には頭が上がらないようである。


 ニースは、元々まだ信用しきれないと言う意見で、恋歌には自分の事を伏せておく、とサクラに言っていたのだ。

 しかし、サクラの様子を見るに、桜香の占いには、何かしら強い意味があるのかもしれない。

 ニースは、注意深く、桜香の事を観察することにした。


「改めて、作楽君、久しぶり。元気みたいで安心したわ」

「桜香さんも、お元気そうで何よりです」

「おかげ様でね。それで、そちらの方が……」


 桜香の視線が恋歌に向けられる。


「初めまして、方宮恋歌です。この度はお忙しい中、ありがとうございます」

「これはどうもご丁寧に。でも、そんなにかしこまらなくていいわよ」


 そして、次に、ニースへと視線が向けられた。

 どこまで穏やかで、しかし芯の強さを感じさせる目だ。

 ニースは、この時点で、桜香という人間に興味を抱き、気に入った。


「貴女が、作楽君の守護霊さん?」

「いかにも、私は安藤作楽の守護霊、ニースだ。お初目にかかる、桜香殿」


 この国のしきたりに従って頭を軽く下げた。

 サクラの左隣から強烈な視線を再び感じたが、いくらやっても見えないので、そろそろ諦めろと思いながら、ニースは頭を上げた。


「これまたご丁寧に。でも、かしこまらなくていいからね」

「恐れ入る」

「じゃあ、私も自己紹介しなくちゃね。

 遠宮桜香。桜の香りと書いて桜香、よろしくね、二人とも」

「はい、こちらこそ。……ところであの、安藤の右隣に、誰がいるんですか?」


 我慢しきれなくなったらしい恋歌の質問に、桜香はニースを見ながら、うーんと口元に右手を当てている。


「そうねぇ……北欧系美人さん、かな?」

「美人とは、恐れ入る。桜香殿こそお美しいではないか」

「あら、そう? 嬉しいわぁ。それにしても、日本語、とってもお上手なのね」

「元々は世界を駆けまわっていた身だからな」

「ふふっ、流石はヴァルキリーね」

「ヴァルキリーっ?!」


 ニースと会話していた桜香の言葉に、恋歌が声を上げた。

 そして、口元を抑え、失礼しましたと小さな声でつぶやき、顔を赤くしていた。


「いいわよぅ。驚いても仕方ないし。恋歌ちゃんは、ヴァルキリーって見た事ない?」

「こっちでも向こうでも、ないです」

「そうなのね。とぉっても綺麗でかわいい子よ。それに、優しい心を持ってるわ」

「ええ、とってもいい奴ですよ」


 桜香だけでなく、サクラまで褒めるものだから、ニースは何だか恥ずかしくなってきてしまった。だが、表には絶対に出さない。それだけが、ニースにできた唯一の抵抗だった。


「って言うか、安藤、アンタ、いつの間にヴァルキリーと契約を……まさか、異世界で?」

「いや、ニースはこっち生まれのヴァルキリーだよ」

「こっち……って、まさか、北欧神話のヴァルキリーそのもの?」

「うん。他にもフェンリルもいるぞ」

「フェンリルって、そんな……」


 言いかけて、恋歌は動きを止めた。


「安藤、一ついい?」

「何?」

「私の知っているフェンリルって、滅茶苦茶大きくて、オーディンを食い殺すくらい強い、ロキの子どもなんだけど……」

「うん、そうだね」

「……子犬くらいのサイズに、なったりする?」

「やろうと思えばできるんじゃないか? 今度聞いてみるか」

「……今、そいつ、あんこって名前してない?」

「してるな」

「まぁ可愛い名前ね」


 桜香が目を輝かせるのとは対照的に、恋歌の目がどんどん遠くなって行っていた。


「安藤、アンタが行った異世界って北欧神話、それともそれ系の世界?」

「しっかりと別の世界だったぞ。俺も、あっちでヴァルキリーとは出会ってないけど」

「……じゃあ、あんこは……」

「ああ、あんこも、戻ってきてから知り合ったんだ。それについても、桜香さんに話そうと思ってきたから、一緒に聞いてくれ」

「その話、楽しみにしていたの。ささっ、話して話してっ!」


 楽しそうな二人に、置いてけぼりな恋歌に、ニースはこれまでで一番深い同情を覚えた。

 そうだろうな、サクラのやる事なすこと、無茶苦茶だからな……。


 姿も声も認識はできないだろうが、私もお前の側だ、とニースは恋歌に心の中でエールを送った。




 サクラが世界樹をまたにかけた殺戮……大冒険について話し終えた。


 ニースは改めて聞いて、やっぱり意味がわからなかった。

 どうやったらムスッペルヘイムへ単身で乗り込みスルトたちを倒せるのか。

 どうやったら、他の巨人たちや怪物でラグナロクに関わるヤバそうなのを片っ端から察知して殴り倒せるのか。

 だというのに、ギョル川を越える際にしっかりとモーズグズ様の許可を取っ手ヘルヘイムへ入ったと思ったら、ヘル様と言い争いになってナグルファルをぶっ壊したり。

 他にもあれやこれや、それやどれや……。


 出るわ出るわ……聞きたくも知りたくもなかった真実が次々とサクラの口からわかりやすく語られ、ニースは、サクラと知り合ったのは絶対に事件の後だということにしよう、と強く決意した。


 なお、フェンリルに関しては、戒めを解いた上でタイマンで倒し、仲間に加えたということが明らかになった。やはり、一撃で。


「嘘だと言ってよ、安藤……」

「本当だけど」


 彼の左隣で聞いていた恋歌の目は、もうこの世を見ていないようだった。

 普通なら与太話で済ますだろうが、あんこという生き証人がいて、あんこを家族だと受け入れている、すなわち最強の存在が語るのだから、真実だと嫌でも理解させられるのだ。


 そんな中、桜香だけはのほほんとした雰囲気のまま、湯飲みに口をつけ、ほっこりと吐息を漏らしていた。


「そう。なら、これからはもう少し安心して暮らしていけそうねぇ」

「他のフォローもしてくれると、バルドル様が約束してくださいました。他の地域の神様たちとも連携していくと」

「おいサクラ、それは初耳だぞ……」


 こいつ、バルドル様になんて約束を取り付けているんだ、と戦慄せずにはいられなかった。


「あれ、神界に戻った時に聞いてない?」

「聞いてない……」


 バルドル様は、ロキ様に説教をしているトール様がやり過ぎないように見ていたから、近づこうとも思わなかったのだ。


「でも作楽君。これから大変よ」

「えぇ、ですから、これを」


 サクラが懐から取り出した掌大の巾着を机の上に置き、桜香の前に出した。

 それを見た桜香が、目を少しだけ細めた。


「強い力……街を覆っていた気配と同じね」

「はい。あんこの毛です。今日は母が連れ出しているので、代わりに持ってきました」

「もう、いいのに」


 桜香は巾着を受け取ると、大事そうに両手で抱きしめた。


「ありがとう。あんこちゃんにも、よろしく伝えてちょうだいね」

「はい。今度また連れてきます」

「ええ。さて、それじゃあ、私のお話し……でもその前に、ちょっと休憩かしら?」


 未だに現実へ意識が戻っていない恋歌を見て、桜香は頬に右手を当てたのだった。


ようやくニースさんが空気じゃなくなりましたね……(ェ

そして桜香さん登場です。


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