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14/19

待ち合わせ

 翌日、学校が終わったサクラは恋歌を携帯で呼び出し、駅前で待ち合わせることになった。

 先に駅に着いたサクラの隣で、ニースは道行く人を観察する。


 ニースは、記憶力にとても優れている。

 この一か月半の中で、自分のことを見ることができた人間の顔を覚えているため、その者たちがいないかを確認していた。

 だが、今日も記憶の中にある顔の人物は誰一人として見当たらなかった。


 サクラ本人が直接関わっている訳ではないので、あの気配から彼の事を関連付けられる者は早々いないか。

 そう思って警戒は続けながら、ニースは昨晩に聞きそびれた重要な事項をサクラに尋ねることにした。


「時にサクラ、今日会う人物というのは、どういった経緯で異世界に行ったんだ?」

「本人が言うには、強く頭を打って気を失った時だったらしいね」


 携帯を耳に宛がい、しゃべっていても怪しくないようにするサクラ。

 近頃は、独り言をしゃべっているようで、専用の機器を使い、耳に宛がわずに通話ができるようになっていると話には聞いている。初めてその光景を見た時には「いきなり独り言をしゃべりはじめたぞ、この人間たち」と驚いた者だ。

 それがあれば、ニースとの会話のために、サクラがいきなり喋り出したとしても、周囲はそれほど気にすることはないだろう。

 サクラは、そう言う機材を持っていないので、人の多い場所では、こういうスタイルでニースと会話しているのだ。


「異世界で半年くらい過ごしたけど、現実では一時間くらいしか経っていなかったって聞いてる」

「ふむ、お前と似ているな」

「そうだね」

「で、その者、強いのか?」


 ヴァルキリーとして、気になるところであった。

 会えばわかる話だが、直接出会ったサクラから見た印象も聞いておきたいと思ったのだ。


「わからないけど、滅茶苦茶強いと思う」

「ほう」


 大神ロキをぶん殴り、ムスペルの首領スルトを始めとする巨人たちを倒し、他全てのラグナロクの要因を解決したサクラが、強いと言った。それも滅茶苦茶とまで。

 エインヘルヤルの魂を集める仕事はもうないが、ニースは強く興味を抱いた。


 サクラはニースを一瞥し、おかしそうに笑みを浮かべた。


「気になる?」

「まぁ、強い戦士と言う存在には、前の仕事の関係で興味がある」

「じゃあ、方宮さんと一緒に話しを聞いたらいいよ」

「お前が話してくれてもいいんだぞ」

「本人の口から直接聞いた方がきっと楽しいし、色々と参考になる」


 そう言われると、確かにと思い、ニースは我慢することにした。


「ところで、ソイツは私の事が見えると思うか?」

「思う」

「理由は?」

「病院に運ばれた時点で、処置をしなければ死亡する恐れのある怪我で、ごく短時間だけど、生死の境を彷徨ったらしいから」


 なるほど、とニースは頷いた。

 ヴァルキリーである自分を認識できる者は、異世界に行き、なおかつ息を吹き返した者たちだ。

 ならば、これから会う人物も、その条件を満たしていると考えられる。


「愚問だと思うが、信頼できるのか?」

「できるよ。そうじゃなかったら、方宮さんも連れて会いに行こうなんて言わないよ」

「それもそうか」


 そんな会話をしていると、ニースの視界に、こちらへ向かってくる恋歌の姿が映った。

 昨日と同じでラフな格好だが、大分近づいて来た時に、軽く化粧をしていることがわかった。

 元より、ニースから見ても美人の部類である恋歌だが、化粧をするとさらに一際美しくなっていた。

 もし彼女をフレイ様が見たら、話に聞くゲルズ様のように、脅迫してでも嫁に来させようとするのではないか、と危惧を抱いたくらいだ。


「お待たせ」

「うぅん。今日は来てくれてありがとう」

「いいわよ。私も興味あるし」

「それならよかった」


 歩き出したところで、サクラがふと恋歌へ振り向き、


「今日化粧してる?」

「まぁ、初対面の人に会いに行く訳だし。本当は服もスーツで行こうって思ってたくらい」

「ラフな格好でいいからって言われたからね。それにしても、ちょっと驚いた」

「何に?」

「方宮さん、いつも綺麗だけど、今日はさらに美人になってたから」


 最後に、そんな、歯の浮くような台詞を口にした。

 驚くべきは、サクラから全くこれっぽっちも恋歌を口説こうとする意志や、邪念の類が一切感じられなかったことだ。

 素直な、相手を褒める気持ちを、ストレートに伝えただけだった。


「はぁ?」


 もちろん、そんな事を恋歌がわかるはずもなく、真顔かつ低いトーンの返事があった。


「何それ?」

「今の方宮さんの印象を言っただけだけど」


 冷たい対応をされながら首を傾げるサクラの様子に、何か思うところがあったのだろう。恋歌はため息を吐いて首を振った。


「……言い方、変えた方がいいわよ?」

「言い方?」

「口説いてるように聞こえる」

「……あ、ごめん。そう言うつもりはなくて」


 流石のサクラも、指摘されれば気付いたようで、気まずそうな表情で頬を掻いた。


「アンタって、昔から考えなしに物を言うよね」

「ぐっ、ごめん」

「別にいいわ。悪気はないってわかったし」


 あっさりとサクラの意見に納得し、許した恋歌の表情は、呆れたものだった。

 だが、ニースは、嬉しい、という感情を彼女から微かに感じ取っていた。


 ニースは思った。

 恋歌、そこは素直にありがとう、と言えば、何も問題なかったぞ。

 恐らく、周囲への牽制も兼ねてはいるのだろうが、フェンリルの加護がある今、そういった輩はお前に近づいて来ないんだぞ。

 だから、コイツの事が嫌いでないのであれば、喜んでよかったんだぞ。


 昨晩、美琴に同情を覚えたが、恋歌にもまた複雑な感情を抱いた。


 そうだ、あの時に似ている。

 昔、先輩ヴァルキリーが、人間の男に恋をしたことがあった。向こうも恋心を抱いていたようなのだが、先輩ヴァルキリーは会うたびに、男につっけんどんな態度を取っていた。そして、帰ってきて、一人顔を覆って猛省している姿を、ニースや同僚たちは何度も目撃している。

 なお、この先輩と男、めでたく結ばれた。

 釣れない対応で愛想を尽かされたかも、と心配する先輩を他所に、男はずっと彼女の事を思い続けていたので、しびれを切らした恋の女神たちが動いたためだ。

 流石に種族の差で男性の方は他界してしまったが、子どもたちは皆一人立ちしていたので、今では神界で二人仲睦まじく暮らしている。

 ラグナロクが消えたので、二人とも新しい子どもと喜んでいて、とても幸せそうであった。


 思い出したついでに、半月前に帰郷した時の、先輩の様子まで記憶の中から浮上してきた。


 サクラは、神界でその名と姿を知らぬ者はいない人物となった。もちろん、恋の女神たちも知っている訳で、彼の恋模様を見ている可能性は十分にある。

 恋歌は、ニースから見ても強い力を持っているし、彼女もサクラに決して弱くない想いを抱いている。


 これ、下手したら、美琴の分も合わせて、シェヴン様たちが動くかもしれん。


 恋歌の態度を見て、ニースは遠い目をしながら、そんな予感を覚えたのだった。


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