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フェンリルの加護と真夜中の通話

 一悶着あったが、美琴が落ち着いたところで、スイセンがフェンリルを紹介した。

 フェンリルは美琴が叫んだり、そわそわしている間も、気にした様子もなく、のんびりとやり取りを見守っているか、明後日の方角を向いたり、スイセンの足に纏わりついたりして、始終おとなしく待っていた。


「じゃじゃーん、あんこだよ。可愛いでしょー?」

「うん。実際に見たら、もっと可愛い……」


 美琴はしゃがみこんでフェンリルと対面した。

 先ほどまでの慌てっぷりはどこへ行ったのやら、普段のような物静かな雰囲気に戻っていたが、目はきらきらと輝いてフェンリルを見つめていた。


「触っても大丈夫かな?」

「ねぇあんこ。しろちんが触ってもいい?」


 スイセンが膝に手をついて質問すると、フェンリルは、いいよ、と言う代わりに、美琴へもう一歩近づき、尻尾を軽く振った。


「いいって」

「うん」


 美琴は、恐る恐るとフェンリルの顔よりも下から手を伸ばし、嫌がる素振りを見せないことを確認すると、顎の下をそっと撫でた。

 すると、フェンリルが気持ちよさそうに目を細めたので、美琴は「ほわぁ」と口から声を漏らした。


「耳の後ろとか撫でてあげると喜ぶよー」

「そうなんだ?」


 スイセンに言われるまま、耳の後ろを撫でる美琴の手に、フェンリルは自分から顔を寄せていく。

 あまりにも愛らしい子犬っぷりに、美琴は夢中になっていた。


「上手く行ったな」


 ニースがつぶやくと、サクラは口元を緩めて応えた。


 ニースとサクラの狙い通り、美琴にはフェンリルの強い加護がつけられていた。

 これで、彼女が刺客などから狙われる可能性はぐんっと低くなった。また、普段の生活においては身の安全が確保されたも同然で、一人で夜道を歩いていたとしても全くの無事で家に戻ることができるだろう。


「おとなしいね、この子」

「頭がいいんだよ。私たちの言葉を理解してるみたいなんだよねー」

「そうなの?」

「うん。教えてないのに、散歩の時、私と弟が帰ったらゲームしようねって話をしてたら、帰ってすぐ先に私の部屋に行って、座布団を二枚敷いてくれてたの」


 そんなこともあったな。

 そしてスイセン、お前の考えは間違っていない、この子犬のフリした神をも食い殺す大神の子は、確かに日本語を理解しているぞ。

 ニースはほのぼのとした様子のスイセンを気の毒そうに見ながら、心の中でつぶやいた。

 目の前でお前たちが可愛がっている奴は、お前たちが住んでいる家よりも巨大だから、元の姿に戻ったら、トラウマになって、もうそんな風に愛でられなくなるぞ、と。


 言葉にはしない。ニースは思うだけだった。


 その後は、美琴を家までいつものように送り届けると、兄妹+フェンリルは仲良く家路についた。

 自転車は手押し状態だが、ニースはいつものように荷台に座り、とりあえずの目的が達成されたことに安堵し、次にこれから来るだろう刺客たちへの対応を本格的に考え始めたのだった。


 そして、その日、街を覆っていたフェンリルの気配が、昨晩の範囲に戻った。




                ☆V●♪




 真夜中の事、方宮(ほうぐう)恋歌(れんか)は感じていたあんこの威圧が消えたことに気が付き、目を覚ました。


「……どういう風の吹き回しかな」


 枕元に置いていたスマホを取り、SNSを立ち上げたところで、安藤がスマホを持っていないことを思い出した。

 こういう時、スマホがない相手は不便だ……と思ったが、学生時代は皆、携帯電話だったと思い直した。

 それに、夜中に連絡を送ると言うのは、余程の事がなければしない、と言うのがマナーだ。


「……いや、よっぽどでしょ、これ」


 身を押しつぶされそうになるかもしれない。

 かつて、世界を侵略しようとしていた強大な敵を師や友たちと一緒に戦った身ではあるが、その最終決戦の時に近い圧力が四六時中、常にかかっているというのは心身共に疲れる。


 発していたあんこという狼の子どもは、神に近い気配を纏い、放っていた。もし敵なら死を覚悟して対応しなくてはならない、と思うほどだ。

 安藤がどうやってあの魔獣を仲間にしたのかはわからないが、恐らく、旅の道中などで仲間にしたに違いない。最初は弱かったのだろう。そして、あの狼の子どもも安藤と共に強くなって、安藤が異世界に行く理由になった原因を解決したのかもしれない。


 自分の経験からそう予想しながら、安藤の電話番号を探し出す。

 高校時代から番号が変わっている可能性があるが、彼は番号が変わる時には、必ず連絡を入れてくれていた、と思い直し、えいやっとかけた。


 のんびりとした性格の彼だが、嫌な事をされたら怒るし、睡眠を邪魔されたら嫌な気持ちにはなるだろう。

 もし、彼に何事もなければ、だが。


 あの魔獣の気配が消えたのであれば、安藤の身にも何かがあったのかもしれない。

 危険なことは、あんこから感じた強さを考えれば、可能性は限りなく低いのだが、気になったからには仕方がなかった。


 通話ボタンを押して、コール音が八回鳴った後のこと。

 スピーカーから、安藤の眠そうな声が聞こえてきた。


『ふぁい、もしもし……?』


 高校時代、昼寝から目覚めた時の安藤の声と、重なった。

 そして、彼が無事そうだったことに安堵した。


「夜中にごめん、安藤」

『あー……あ、方宮さん?』

「うん。少しいい?」

『いいよー』


 どう思っているかはわからないが、少なくとも表だって不機嫌にはなっていなかった。

 さっさと要件を聞いて終わらせようと恋歌は話を続けた。


「あんこの気配が消えたんだけど、何かあったの?」

『あぁ、それかぁ……うん、最初の夜に言ってた子に、あんこの加護がついたからだよ』


 最初の夜、と言う言い方に心臓が強く脈打ったが、安藤の天然ぶりは知っていたので、そこは気にせず続けることにした。


「つまり、安藤やあんこに何かあった訳じゃないのね?」

『うん。あ、もしかして心配してくれてたの?』

「監視対象だからね」


 仲間、と言おうと思ったが、自分であぁ言ったことだから、と思い直したら、憎まれ口を叩いたようになってしまった。

 しかし、スピーカーから聞こえてきた安藤は、嬉しそうな吐息をしていた。


『そっか。ありがとう、方宮さん』

「別に。それより、起こしちゃって、悪かったわ」

『いいよ。あ、そうだ。明日の午後って空いてる?』


 唐突な確認に、まさか、とまた心臓が跳ねた。


「空いてるけど、何?」

『ほら、朝言ってたでしょ、他に俺たちみたいな奴がいないかって』


 うん、わかっていた。

 心の中が冷静になっていくのを自覚しながら、続きを促した。


『一人、異世界へ行ったことのある知り合いがいてさ。その人に方宮さんを紹介しておきたいと思って。ただ、隣町との境に住んでるから、距離があってさ』

「別にいいわ」


 自分たち以外にも異世界からの帰還者がいて、安藤と知り合いだったことに多少の驚きがあった。

 あの安藤が会わせたいという事は、少なくとも悪い奴ではないだろうと予想して、恋歌は了承の返事をした。


『ありがと。んじゃ、向こうと約束が取れたら、メール送るから。アドレス変わってない?』

「変わってない。それじゃ、明日」

『うん。おやすみー』

「おやすみなさい」


 通話終了のアイコンを押して、枕元に戻すと、恋歌は枕に顔を埋めた。


 高校生の時、意味もなく電話した時を思い出して、ひとしきり悶えた。


 どうにか落ち着いてから、明日紹介される人物がどんな人なのだろうと考えたところで、安堵したこととあんこの威圧から解放されたことで急激に眠たくなり、夢の世界へ旅立った恋歌だった。


二巻でありそうな次の仲間イベントフラグが一巻の中盤に差し掛かる辺りで発生している、だと……。

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