銀色の恋心の進展
その夜、バイトが終わり、いつものように美琴と店を出たところ、子犬の吠える声が聞こえてきた。
見ると、マイバッグを下げた安藤妹こと、スイセンがフェンリルを連れて、二人に手を振っていた。
「安藤さん?」
「やっほ~しろちん」
二人でスイセンへ近づいて行くと、フェンリルが愛らしくお座りして出迎えた。
「二人とも、バイトお疲れ様」
「うん。ところで安藤さん……えと」
美琴はスイセンも安藤と呼んでいるようで、サクラとスイセンの方を交互に見て、どう呼ぼうかと迷っているようだった。
「えと、それじゃあ……」
「私のことはアンドゥでもアンドレでもいいよ? 私もしろちんって呼んでるし」
「それは流石に……」
「じゃあねぇ……」
スイセンはちらとサクラを見て、口の端っこを釣り上げた。楽しい事を思いついたと言わんばかりの表情だ。
「この際だから、しろちん、お兄ちゃんの事、下の名で呼んじゃないよー?」
「ぇ、はぁ?」
唐突な提案に、美琴が上ずった声を上げた。普段よりも大きな声で、発した本人が口元を抑えながら恥ずかしがる。
それを見て、スイセンがニコニコと実に楽しそうに笑っているのを、サクラは首を傾げて見ていた。
ダメだ、こいつ、妹も気付いている美琴の気持ちに、全然気づいていない。
ニースは守護霊として、少し悲しくなってきた。
主神様やフレイア様のように、とは決して言わないが、せめて自分を慕う少女の気持ちには気づいてやれ。
ニースは数回しか見ていない美琴に、初めて同情を覚えた。
年齢の差はあるものの、将来、もしサクラと恋結ばれるなら、この娘も本格的に守護する対象に入る。
今のところ、そうなる未来は微塵も感じられないので、この娘の奮闘次第だ。
応援する気は特にないが、せめて気付いてやれ、とサクラに視線を送ってみる。
サクラはどうかしたの? と片眉を上げただけだった。
一方、美琴はスイセンからニコニコと見られ、頬を染め、サクラにそれを見られまいと顔を俯かせながら、言い訳を漏らしていた。
「そんな事、安藤さんも迷惑じゃ」
「お兄ちゃん、どう?」
「ちょっと安藤さん?!」
堪え性のないスイセンがサクラに話題を振り、美琴が予想外の展開だったらしく余裕を無くした声でスイセンに詰め寄っていた。
それを微笑ましそうに見守りながら、サクラは頷いた。
「いいよ。銀さんが嫌がらないなら、だけどね」
「へ?」
振り返った美琴は、目を見開き、口を「へ」の言葉を漏らした時の形のまま、頬を真っ赤にしていた。
あぁ、なんともわかりやい。そして愛らしいのだろう。
恋する乙女の姿そのものだな。
ニースはそんな感想を抱いたが、隣のサクラは案の定、全く気にした様子がなかった。
「いいんですか?」
ようやく動き出した美琴が恐る恐る訪ねると、サクラは普段通り、まったりとした様子で頷いた。
「うん。あ、でも、嫌だったら今まで通りでいいからね」
「そんなことないですっ」
慌てて叫び、口元を手で抑えた美琴の隣で、スイセンが「言ったね」と笑っている。
美琴は友人に「明日、話があるから」と恨み言をかけながら、サクラへ向き直った。
緊張しているし、顔は相変わらず赤い。
しかし、そこにはニースが彼女を知ってから、一度も見たことのないほど大きな喜びの感情と、溢れんばかりの魂の輝きが見えた。
「さ、ぇと、ささ……サクラさんっ!」
「うん」
一生懸命。
その言葉が似合うような、サクラの名前を呼ぶことに強い感情と決意を込めた美琴の呼びかけ。
それに、サクラは優しい眼差しと共に応えた。
美琴は俯いてしまい、腕を振ったり、小刻みに震えるなどして、何かに必死に耐えていた。
爆発しそうな感情を抑えているのが、ニースには手に取るようにわかった。
それはスイセンも同じなようで、まるで自分のことのように嬉しそうに、それはもう楽しそうに美琴の事を見ているのだ。
唯一、サクラだけが、そんな美琴の必死の感情に、気付いているようで、気付いていなかった。
年上の男子の名前を呼ぶのは、やっぱり恥ずかしいよな、悪い事したかな、彗泉には後で一言くらい言っておくか。
そんな彼の内心の言葉を、ニースは理解できた。短い付き合いだが、ニースは数百年、ヴァルキリーとして仕事をしてきたため、ある程度、身近にいる人間の考えなどは大体わかるようになっている。特にサクラは裏表がほとんどないに等しい性格と思考の持ち主なので、もうそれはわかりやすかった。
おかげで、この守護対象である英傑の、残念な一面を一番よく理解できている。
この現状で、嬉し恥ずかしと打ち震える美琴と、友人の恋の進展に関わり、間近でそれを見ることができて大変満足している様子のスイセンに、ニースは同情の念を抱いた。
やはり、先は長そうだ。
そして銀美琴、こいつの倍率はかなり高いから、今の内に近づいておいた方がいいぞ。
自分から話しかける事は絶対ないし、伝える気も全くないが、心の中でさり気ない忠告をつぶやいていた。
上手く行けば、シェヴン様やロヴン様が私の思考を拾って、彼女に何か機会を与えて伝えてくれるだろう、と考えながら。
妹ちゃんの名前が出ました&本格的に登場。
明るくいたずらっ子ですが、家族や友達思いのいい子です。
ちなみに、一番上のお兄さんは晴路、弟君は夢玖、お父さんは青星、お母さんは葵さんで旧姓は日向さんです。




