公園での再会
いつの間に、ここまで接近していたのだろうか。
ニースは冷静さを失わないように努めながら身構える。
白を基準に黄色の袖がついたパーカーと紺色のジーンズを纏い、武器の類は携行している様子はない。
そして、あることに気が付いたが、それは後回しにすることにした。
ニースは素早く情報収集を行う。
クセのない、ボブカットにしてある青みがかった黒髪の下で、笑えばとても華やかなものになるだろうと予感させる顔は、緊張の色に染まっている。敵意や悪意は感じられない。
年齢はサクラと同じ、二十歳前後に見える。美女、と言うよりもまだ可憐な少女と呼んだ方がいいかもしれない。
そして、まっすぐにサクラを見つめるその瞳は、強い意志を感じさせる、眩い光を宿しているようだった。
サクラの様子を伺うと、少しだけ驚いた顔をしていた。そして、少しだけ開いていた口を、やがて綻ばせると、嬉しそうに女性に声をかけた。
「方宮さん、だよね?」
方宮と呼ばれた女性は何か言おうとしていたが、サクラの言ったことに、動きを止めた。
それから、目を二度ほど泳がせ、目を伏せると、鼻から息を吸って、口から細く吐き出した。
「そうだよ。覚えていてくれたんだ、安藤」
恥ずかしそうに顔を少しだけ背けながら、目はしっかりとサクラを見て、方宮はサクラの名字を呼んだ。
ニースは確信した。
予定よりも早いが、ここで出会えたのは好都合だった。
問題は、当のサクラが全く気付いていないことだが。
「知り合いなのか?」
サクラに耳打ちすると、彼は肯定するように微笑んだ。
それを見た方宮がついに視線も逸らした。
「高校卒業して以来だな。いつ帰ってきたんだ?」
「つい、数時間前……ちょっと野暮用でね」
「そっかぁ。ゴールデンウィーク前なのに、いいのか?」
「こっちの心配はいらないわ。それに、用事が済めばすぐに帰るつもりだったし」
「そっか」
純粋に学友との再会に喜んでいるサクラに、方宮は困ったように柳眉を潜めていた。
ふと、今までおとなしくしていたフェンリルが、愛らしい動作で方宮へと歩み寄って行った。それは、好奇心旺盛な子犬が、初対面の、接しやすそうな存在へ近づいて行く光景に似ていた。
犬が苦手か、触れ合い方がわからない者はたじろぐかもしれないが、それ以外の大抵の人間なら、その可愛い姿に心を和ませるだろう。
そして方宮は、雰囲気に緊張を滲ませ、息を止めていた。
犬、または人間以外の生物が苦手なタイプの反応にも見えるが、そうでないことを、ニースは把握していた。
恐らく、サクラも感じてはいるだろう。
さて、ついに方宮の足元でお座りの姿勢を取り、彼女を見上げたフェンリルは、
「ボク、あんこ。よろしくね」
日本語で、上機嫌に挨拶をした。
これに、方宮は驚きの表情を見せ、サクラを見て、またフェンリルを見て、を何度か繰り返した。
その様子を見て、サクラは困ったような笑い声を漏らし、「あー、やっぱりかぁ」とつぶやいていた。
どうやら、彼もニースと同じく、早々に察していたようだ。
ところで、フェンリルはと言えば、方宮の事を気に入ったらしく、尻尾を振って愛想を振りまいていた。
その証拠に、彼女にはフェンリルの絶大なる加護が与えられていた。
方宮は何かを感じ取ったのか、空気が漏れるような音を口から出して、また一段と驚いていた。
「なっ、何っ、これ、加護?!」
「うん。方宮さんなら大丈夫だと思ってたけど、ここまで気に入るってことは、やっぱり方宮さんは優しいんだなぁ」
「はぁ?!」
方宮がついに素っ頓狂な声を上げたが、周囲の人間たちは距離があったため、フェンリルの声は聞こえておらず、サクラと初々しいやりとりをしているようにしか見えない。中には、あらあらまぁまぁと見守っている者たちもいた。
方宮は口を引き結び、少しだけ怒ったようにサクラを上目使いに睨み始めた。
「安藤、アンタ、どういうつもり?」
「何が?」
「加護よ! アンタ、一体どんなつもりで魔獣にそんなことをさせたのっ?」
「方宮さんに加護をつけたのは、あんこの意志だよ。と言うか、方宮さん、もう隠さなくていいのか?」
サクラの言に、方宮は目力を強くした。射殺さんばかりの迫力だが、殺気が出ていないため、傍から見れば痴話喧嘩の最中そのものだ。
それに、一定範囲まで人が近づいてこれないように、仕掛けが施されている。
秘密の話しをするには、丁度良い。
フェンリルが方宮の足に首を擦りつけるが、方宮は困惑した様子でそれを見守っている。
赤と白のスニーカーが、ふわふわの気に少し埋もれている光景に、サクラが笑った。
「ウチのあんこ、ダニとかノミとかついてないから、安心していいよ」
「そこは、別に気にしてないけど……」
気が済んだらしいフェンリルが戻ってきて、サクラの隣でおとなしくお座りの姿勢を取った。行動が、利口な子犬のそれだった。
方宮はついに、表情から困惑を消せずに、それを見守っていた。
「だから言っただろ、悪い奴じゃないって」
しゃがみこんで、サクラがその頭を撫でてやると、フェンリルはとても気持ちよさそうに目を閉じて、撫でられるがままになっていた。
「あんこは俺の家族なんだ、方宮さん」
方宮を見上げ、サクラは言った。その顔には焦燥など一切なく、ただただ、柔らかい笑みが浮かんでいる。
「だから、安心してくれ。こいつは、君の懸念するような悪い奴じゃない」
しばらく、方宮はじっとサクラとフェンリルを見ていた。
疑惑、懸念がほんの少しだが、薄らいでいく。好奇心がそれらよりも勝り、若干あった不穏な気配が消える、そんな変化をニースは感じ取った。
普通なら、これくらいのやり取りでここまで話が上手く進むことは滅多にないのだが、これもサクラの為せる流れなのかもしれない。
「わかった……」
方宮はそう言うと、盛大なため息を吐き出した。
緊張や諸々の感情が抜け落ちていくような、そんな勢いだ。
そして大きく息を吸って顔を上げた彼女の表情は、どこか晴れやかだった。ため息と一緒に、憑き物が落ちたのかもしれない。
「大きな力を持った、知らない魔獣だけれど、悪い子ではないみたいね」
「あぁ、とっても優しい奴だ」
「わーい」
褒められたフェンリルは、サクラに体を擦りつけはじめた。
「随分と懐かれてるわね」
「ウチの家族全員にこんな感じだよ」
「ご家族は、この子が魔獣だって知ってるの?」
「いや、狼の特徴がすっごく出てるタイプの子犬だと思ってる」
「確かに、そうにしか見えないわね」
方宮は顎にほっそりとした右人差し指を添え、少し思案した後、
「私、もうしばらくこっちに残るわ」
「いいのか? 学校はどうするんだ」
「それこそ大丈夫。ここから通えるから」
添えていた右人差し指を軽く振るうと、彼女の周囲を微かに風が渦巻き、彼女の髪を揺らした。。
風を操る魔法。微弱なものだったが、制御能力の高さを伺える。
ニースは彼女の評価を、また一段階、上方修正した。
「なるほど。でもどうして?」
「決まってる。監視の為よ。そんなに力の強い子を、安藤一人が大丈夫だって言ったところで、いちゃもんつけてくる奴はいるんだから」
言いながらも、方宮はフェンリルへ近づきのその頭を撫でた。
フェンリルはそれを受け入れ、やはり気持ちよさそうにしている。
それを見た方宮は、初めて口元に微かな笑みを浮かべたのだった。
「やっぱり、いるのか」
「そりゃいるでしょ。アンタも言ったじゃない。異世界、いっぱいあるんでしょ? 私は行ったし、アンタも多分別の世界に行った。なら、他にそんな人たちがいてもおかしくはない」
サクラがニースに視線を送ってきた。
そうなのか、と。
ニースは頷き返した。
日本に降り立ってから、ニースはサクラ同様に、死にかけたりなどして息を吹き返した人物が、自分を認識する場面を幾度となく目撃している。
恐らく彼、彼女らは、サクラたちと同じように、異世界などへ飛ばされて戻ってきたクチだ。
そして、ニースとサクラが懸念している刺客とは、帰還した者たちも含まれている。
どうやら、方宮も同じ考えに至っていたようだ。
「同盟って訳じゃないけれど、あんこ、だっけ。その子に関連した問題が起きたら、手を貸してあげる」
「ありがとう、方宮さん」
サクラが屈託ない様子で礼を言うと、方宮は顔を俯かせ、立ちあがりながら踵を返した。
また、あの感覚をニースは察し、やはりそうなんだな、と心の中で納得していた。
そしてやはりと言うか、サクラは方宮のその気配に全くこれっぽっちも気付いている様子はなかった
「じゃあね」
「あぁ、またな」
「またねー」
何はともあれ、こうして、一つの問題が解決し、新しい協力者が現れた。
方宮恋歌。
サクラと同じ高校のクラスメイトで、そこそこ仲が良かった友人で、今は圏外の美術大学へ通っている。
そして、青装束のマントを纏い、神話武装と呼ばれるボーガンと、ニースも認める力を持った、魔法使いである。
ニースさんが空気状態になっていますね……。




