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ヴァルキリー ミーツ ヴォイッタマトン

新作です。よろしくお願いいたします。

サブタイトルの意味は、戦乙女は無敵と出会った、です。

 ヴァルキリーは、世界の終焉時に巻き起こる、神と巨人の最終決戦にて戦うエインヘリヤルなる英雄となる、勇猛な戦士の魂を神界へと運ぶ。

 ヴァルキリー・ニースは、この道数百年の運び屋であり、毎日のように死者の魂を神界へと運んだ。

 新人の域を出てはいるものの、当然、偉大なる先達たちにはまだまだ到底かなわない。それでも、彼女は日々、仕事に打ち込んだ。

 ここ二百年ほどで人類の数は爆発的に、そして仕事量も同じように増えた。この半世紀は特に収穫が多く、昇格や昇給も多かったが、疲労も愚痴も同じ数だけあった。


 だが、これも、全ては世界と、来るべき最終決戦で勝利するため。


 一昔前までは、戦が起こる前やその最中に、連れて行く者を選び、そうなるように仕向けていた。

 しかし、ここ最近では上位ヴァルキリーの運命操作などを掻い潜ったりする者、折角の瀕死状態からでも進んだ医療によって生還したりする者がいたりと、収穫できる戦士の魂が減ってきていた。


 更に追い打ちをかけるが如く、ここ数十年で大規模な戦争が少なくなり、良質な収穫場は限られている。仕事は減り、ローテーションも汲みやすくはなったが、それにしたって少なすぎる。人間たちからすればそのような場所は大問題で、解決しようと動く人間も多数いる。邪魔しても邪魔しても、残された収穫場は決まった場所だけ。それも近いうちに消え去る。


 人々は、二十一世紀なる時代を生きていくために、暗中模索しながらも徐々に歩み寄り始めていた。


 おかげで、今ではヴァルキリー同士での仕事の取り合いなどが起きている始末だ。

 最初に来たヴァルキリーが選びに選んで見つけた戦士を殺すための運命操作を、後から来たヴァルキリーが変更してしまうなどよくあることだ。その戦士が死なずに生き残るだけならまだよくて、罪のない民間人がその巻き添えで死んだのであれば、エインヘリヤルとして連れていけず、主神を含めた神々からお叱りを受けた挙げ句に始末書を作る羽目になる。


 故に、現代のヴァルキリーたちは、戦士でなくても勇気ある人間であれば、その魂を神界へ連れていくことにしていた。戦闘能力などは、どうせ神界に行けば無理やりにでも鍛えさせられるため、英雄っぽい行動や信条があればその素質ありとみなすことにしたのだ。


 ニースは運良く(?)、ヴァルキリー同士の成果争いには巻き込まれはせず、同僚たちのそんな様子を見ていたため、早々に別の職場へと移動した。


 そこは、地球上でも稀にみる混沌さと自由がある場所。

 神も精霊も関係なく、楽しければ問題ないと受け入れている人々が集っている。

 そこは、日本。


 世界で一番エインヘリヤルとして連れて行ける魂がいない場所になってしまったと同僚たちは嘆いていたが、そんなことはない。

 確かに数は減ったが、エインヘリヤルに十分値する魂はまだまだあるし、原石となる者たちも多くいる。

 そう、ここは一度放棄されながらも、実はまだまだ鉱脈の眠る金山と言っても過言ではないのだ。


 あぁ見よ、また一人、勇気ある若者が見ず知らずの幼い子どもを庇い、賊に刺されてしまった。警察なる者たちが賊を押さえるが、青年は瀕死の状態。死にたくないと思いながら、茫然とした子どもを気遣うように笑みを浮かべている、そんな様子が手に取るようにわかる。


 おぉ、我が敬愛する主神オーディンよ、見ていますか、あの者は勇気と気高さを兼ね備えております。

 ニースはエインヘリヤルの素質を持った青年を見下ろし、心の中で喝采する。

 後は、手早く魂を運ぶだけだ。


 病院へ運ばれ、懸命の治療も虚しく、勇者の心音が止まる……その時だった。


 青年が、息を吹き返した。


 ニースは、訳がわからず沈黙した。

 病室に運ばれ、家族と面会し、助けた子どもの頭を撫でる青年は、ふと窓の外へと目を向け、自分に苦笑を投げかけてきた。


 あれ、私の姿が見えている?


 ニースは試しに手を振ってみた。振り返された。


 折角の良質の魂だったが、まぁいい。

 気を取り直したニースは、新たな魂を探しに出た。


 しかし、見つけても見つけても、良質な魂を得ることはできず、ニースが手に入れようとしてもいつの間にか魂が消えている。よくあったのは、その者の信仰している神々が連れて行ってしまうことだ。

 このひと月ほどで日本で得られた魂は、ゼロだった。

 そして、最初の青年のように、息を吹き返してから、ニースを認識できる者たちは両手で数えられないほどいた。


 ニースは愕然とした。


 そして、気が付く。

 どうして、日本に自分以外のヴァルキリーが来ないのかを。


「間違いない、こいつら……こいつらは……」

「気が付いてしまったのですね?」

「はっ?!」


 突如背後に現れた気配に振り返ろうとして、


「戦いの概念のひとつたる貴女に、ぴったりな場所へご案内してさしあげましょう」


 意識が暗転した。




 声が聞こえる。

 目を開けると、若い男の顔が見えた。

 どこかで見たことがあるような気がする男は、日本語でニースへ呼びかけていた。


「よかった、気が付いた」


 明るくそう言う男の柔和な表情に、ニースは謎の声を思い出して起き上がった。


「あぁ、あの人……うん、あの人なら、もう帰ったよ」

「帰った?」

「うん」


 よくわからないが、ヴァルキリーの背後を取るとは只者ではない。

 男の口ぶりから察するに、この国の神か、それともまさか……。


「あの」


 纏めようとしていた思考を、男の声が遮る。

 振り返り、改めてその顔を見て、ニースの脳裏に一人の人間の姿が浮かんだ。


「お前は……」

「お久しぶりです、えぇと、ワルキューレ? じゃなくて、ヴァルキリーさん?」


 ひと月前、最初に日本で見つけた、勇気ある青年だった。


「どうして、お前がここにいるんだ?」

「近所で事故がありそうだったからそれを止めていたら、アンタが転移されそうになっていたのが見えたから」

「転移……か」


 あぁ、やはりか。

 最近、特に日本でよくあると耳にしたことがある。

 なんでも、こことは別の宇宙や次元に存在や魂を向かわせている存在たちがいるらしい、と日本の文化に詳しい同僚たちが熱にうかれたように話してくれたこともあったが、我々の仕事の邪魔をする奴らの活躍を嬉しそうに語るなと苛立ったものだ。

 思い出してニースは頭が痛くなった。

 まさか、自分もその転移なり転生なりに巻き込まれそうになっていたとは。


「言いたいことは色々とあるが……助けてもらったようだから、まずは礼を言わねばならなかったな。ありがとう、助かった」

「おう」


 ひとまず腰を降ろして落ち着けるところへ、と近所の公園へと案内された。

 端に設けられたベンチに座り、自己紹介をすることになった。


「私はニース。ヴァルキリーで、ひと月前から日本を担当することになった者だ」

「俺は安藤作楽」

「サクラ、と呼んでも?」

「いいよ。俺もニースって呼ぶよ」

「構わない。ところで、先ほど私を襲ってきたものだが……何者なのだ?」

「別世界の神様、みたいな存在かな? 事故で自分の世界に転生させようとした人を俺が助けたから、近くにいたニースを連れて行こうとしたみたい」

「神だと? よく、私を助けられたな」

「あぁ、うん。ちょっと話し合いをしてね? 何とか矛を収めてもらったって感じかな」


 頬を掻きながらそう言うサクラは、普通の青年そのものだ。別世界の超存在と対話し、それを納得させて帰らせてしまうような賢者には見えない。

 しかし、サクラには常人ではない気配がある。

 まるで、ヴァルハラ最古参のエインヘリヤルのような、猛烈な闘志と殺気が、二十歳前後にしか見えない男の中に隠れているのだ。

 ニースが最初に見た時には、感じなかったものだ。


「ところでニースは、その、ひと月前から日本を担当することになったって言ったけどさ。もしかして、俺の魂を神界に運ぼうとしてたりした?」


 何気ない様子で、サクラは尋ねてきた。

 殺意や怒気はないが、もしも怒りを買えば、覚悟を決めなければならない。

 ニースは正直に話すことにした。


「あぁ、運命を操ってこそいないが、確かにお前の勇気ある魂をヴァルハラへ運ぼうと考えた」

「そうなんだ?」

「どうした、怒らないのか?」

「別にニースが故意にやった訳じゃないみたいだし、俺もちーちゃんも生きているし、別にいいかなぁって」

「……そうか」


 ニースは内心で胸を撫で下ろした。


「けど、俺以外の人の魂は?」

「集められていない。お前と似たような事例が多くてな、業績ゼロだ」

「それはまた……」

「お前たちにとっては喜ばしい事だろう。だが、私は勇気あり、強き者の魂を集めなくてはならない。お前も神々の最終決戦の事は知っているだろう?」

「まぁ、少しくらいなら」

「だから、一人でも多くの強者が必要なのだ。神々は元より、私たちヴァルキリーや古参のエインヘリヤルだけでは、まだまだ数が足りないのだ」

「そうなのか?」

「あぁ、主神様が新たな戦場を作り出そうとするくらいには」


 そう言った直後、ニースの意識は一瞬だけだが吹き飛んだ。

 新人時代に先輩と乱取りをしている最中に何度か気を失ったことがあり、その時のように、綺麗にスパッと全感覚が消えたのだ。

 気を取り戻せたのは、あまりにも強い精神的衝撃を感じたことと、訓練中にすぐに自己賦活できるように鍛錬していたからだ。


 い、ったい、何が……っ?!


 狼狽えるニース。

 すぐさまその原因が隣に座るサクラだと理解したが、彼は顔を軽くしかめ、雷神トールを思わせる稲妻の如き殺気を宿した瞳でニースを見ていた。

 思わず、槍を呼び出して身構える寸前だった。


「これ以上、世界で戦争が増えるのは御免なんだけど?」

「主神様とて好きで争いを起こしている訳ではない。だが」

「ラグナロクに対抗するために、英雄が必要になるから、戦争を起こすために人々に何かしらちょっかいをかけるんだろ?」


 サクラの怒りは、ニースへ向けられてはいなかった。それでも、ニースは肌が粟立つのを感じていた。

 サクラなら主神オーディンだけでなく、雷神すらも倒してしまうのではないか、と危惧を抱かずにはいられないくらいに。


「ニース」

「何だ?」

「もし俺が、そのラグナロクが起こる前に、その原因を解決したら、どうなる?」

「っ、どうなる、と言っても、それができるのであれば主神様たちもとっくの昔にやっている!」

「なるほど……んじゃ、まだバルドルは殺されてないんだな?」

「あぁ、バルドル様はご健在…………おい、まさか……」

「今からちょっとロキをぶん殴ってくるわ」


 まるで、近所の悪がきを懲らしめると言わんばかりの軽い言い草とは別に、ニースが呼吸を忘れるような殺気をサクラは放つ。

 ニースはどうにか気合で我を取り戻し、上ずった声でサクラを止めにかかる。


「やめろ、主神様たちが解決できないことを、お前が、たかだか人間がどうにかできるとでも思っているのか?」

「人間だから何だってんだ。オーディンだって人間にしてやられたこと、あるだろ? あんまり人間舐めるなよ?」

「それは……いや、しかし、ロキ様の下へどうやっていくつもりだ? 仮にあの方を殴ったとして、無事では済まないぞ!」

「あぁ、それなら安心してくれ」


 サクラは立ち上がり、ニースを見下ろして、


「ラグナロクは、今日終わるからな」


 直後、サクラの姿が消えた。

 最初は何が起きたのか、わからなかった。

 残されたニースは、サクラの姿が消えるのと同時に、蹲るように前のめりになった。全身から噴き出た汗が衣服をひっつけ、ひやりとした感覚が、生きている事を実感させた。

 詰まりそうだった胸が楽になり、肩を小さく、何度も上下させて深呼吸して、息を整える。


「何だったんだ……今のは……?」


 その疑問に答える者は、誰もいない。


「まさか、サクラは……」


 嫌な想像が脳裏をよぎり、思わず頭を振ったが……ニースの心は不安にさいなまれ続けた。


お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。


もう一つの新作、ヒナタ・ガーディアンもよろしくお願いいたします。

こちらも主人公の相棒が北欧神話関係者ですが、本作とは関係ない世界の出身です。

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