第5話 灰色の魔術師
ガーレン王国の隣、西側にあるターコイズ王国。
大陸の西に位置し、そのさらに西は海に囲われる海産資源の豊富な国である。
ガーレン王国とは一応同盟関係にあり、商人たちの流通は活発であった。
このターコイズ王国には伝説がある。
それも生きた伝説、である。
それは約三十年前の事である。一人の男が小さな町の冒険者ギルドに現れたところから始まった。
カランコロン。
冒険者ギルドの入口扉が開かれ、一人の人物が姿を現した。
フード付きの汚れた灰色のローブを頭からかぶったその人物は小柄で細身であった。
見た目はまだ年若い少年か少女では・・・と思わせる。
だがフードから覗くその顔には不気味な文様の仮面がつけられており、その人物の性別を判別することは難しかった。
「冒険者登録を頼みたい」
その声に間違いなく男であると感じた他の冒険者たちが一斉に席を立つ。
「ガハハハッ! ボウス! 悪いことは言わん! ウチに帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」
「「「ギャーッハッハッハ!!」」」
一人の煽りに周りが爆笑する。
ローブの少年はその声を無視してカウンターにやってくると、
「冒険者登録を頼む」
と同じセリフを言った。
「テメエ!俺の事を無視してんじゃねぇ!」
ローブの少年の肩をつかんで冒険者の大男が怒鳴った。
「はあ・・・相手はまだ子供ですよ、ほどほどに遊んでくださいね?」
「・・・そうか、ギルドもこういう対応を承認するのか」
嫌味な笑いを浮かべた受付の男性職員を見て、ローブの少年はボヤいた。
「ははっ、ろくな力もないのに偉そうに冒険者になりたいなんて冗談言う君の責任だよ」
いやらしく男性職員が笑った。
「そうか、ならばお前たちに用はない」
そう言うとローブの少年は肩をつかんでいた大男の腕をつかみ、関節を逆にへし折った。
「グギャア!」
そのまま大男を振り回し、煽っていた取り巻きに投げつける。
「ぐわっ!」
「げへっ!」
テーブルを壊して五、六人の男達が吹き飛ぶ。
「テメエ!」
「殺してやるっ!」
ナイフを持った男が二人ローブの少年に切りかかる。
だが、素早くかわすと一人の腹をボディブローで打ち抜き、もう一人ををギルドのカウンターの向こうにいた先ほどの男性職員に向けて投げつけた。
「がはっ!」
イスに座ったまま投げつけられた男ごと吹き飛ばされる男性職員。
その後も襲い掛かってきた冒険者たちをちぎっては投げ最終的には冒険者ギルドの建物が半壊するほどに暴れたのであった。
この話はこれだけでは終わらなかった。
翌日、通常馬車で二、三日かかる隣の町へその仮面ローブの少年が現れたのである。
そして、まるで同じ劇団の劇でも観るかの如く、まったく同じような展開となり、再び冒険者ギルドの建物が半壊して多くの冒険者にけが人が出た。
そして、その翌日、さらにその隣の町にあった冒険者ギルドの建物が半壊した。
そして四日目。
その隣町は近隣でも大きな交易地であるザーハンという街であり、ターコイズ王国の王都ターブルに匹敵するほどの大きな町でもあった。
そのため、さすがに三つの町で冒険ギルドの建物が半壊するほどの「喧嘩」があったという情報は入っていた。
この「喧嘩」という情報にザーハンの冒険者ギルドギルドマスターを預かるドーリアは不審なものを感じていた。このドーリアはつい先日まで現役のSランク冒険者であった凄腕であり、家族の都合と多少の年齢もあって引退したばかりの男であった。
そのため、事務上がりの冒険者職員と違い、現場で叩き上げた「カン」が鋭く警告を発していたのである。
(冒険者ギルドへの襲撃であれば、王国警備隊にも情報が上がるはず・・・。だが、それがない。それに「喧嘩」という言葉は使わないはず。つまりは身内・・・冒険者同士のいざこざ、という事か?)
送られてきた情報からドーリアは推測を巡らせる。
情報通りならば、次にその状況に襲われるのはこのドーリアの冒険者ギルドという事になる。
カランコロン。
灰色のローブをかぶった小柄な人物がギルドに入ってきた。
顔には不気味な仮面をつけている。
「なんだテメェは? ここはおこちゃまの来るところじゃねぇぜ?」
図体のデカイ冒険者が圧力をかけようとイスから立ち上がる。
「待て!」
心配になって様子を見にマスター室から出てきてよかった。
もしかしたら・・・。
「よう坊主、ここへは何の用だ?」
報告書には灰色のローブに仮面を被った少年、とあった。
「冒険者の登録を頼みたい」
「ギャーッハッハ!」
「そのナリで冒険者登録だと!?」
「笑わせやがる」
「黙れッッッ!」
俺の一括でギルド内がシンとする。
灰色のローブを纏い、仮面をつけた少年。
見ているだけでは大した魔力量を保持しないように見える。
だが、何かがおかしい。俺の直感がそう囁く。
(隠微・・・か?)
魔力を抑えて、魔力量を量れないようにしているというのか・・・。
(俺の目でもはっきりとはわからんとはな)
「一つ聞かせてくれ」
「ああ」
「ここより東の三つの町にある冒険者ギルドで暴れたのはお前か?」
「・・・ああ」
少年の言葉にギルド内にいた冒険者たちの一部からどよめきが起こる。
ギルド間の通信報告にあった内容の一部がすでに掲示板に張り出されているからだ。
それを見て三つの町で冒険者ギルドが半壊の状態だと知っていた連中から声が上がった。
「なぜ?」
「登録を頼みに行ったのに襲い掛かってきて、ギルド職員もその暴行を推奨したからだ」
チッ!昔から田舎のギルドの方になると力が正義みたいな風潮があるにはあるが、それを咎めるべきギルドの職員まで仲裁するどころか横暴を許容するような対応をすればどうなるか。相手が本物の化け物だから逆に命があるんだろうけどな。
これがなんの力もない田舎の少年をリンチにして放り出したなんてことになれば、冒険者ギルドそのものの信頼の瓦解につながる。そういうことが田舎の連中はまるで分っていない。そういう意味ではまさしく建物の半壊とケガと言うレベルで収まって助けられたのはコチラの方だ。
さて、問題の内容は理解したが、コイツをどうするか。
まずは正規に手続きを進めるか。
「わかった、ここに座って申込書に記入しろ」
「わかった」
だが、その記入された申込書に記載された内容を見て俺は驚愕する。
「名前はグレイ・・・職業は・・・魔術師!?」
この男の戦闘記録は報告書にあった。
関節技を含む徒手空拳の達人でその動きは目で追えないほど速い。
そう記載があったのに、職業が魔術師だとっ!?
一体この少年はどれほどの戦闘能力を持ち合わせているというのか・・・。
結局名前と職業しか碌に記載せず、他の情報は不要とのことでFランクの冒険者プレートを製作してグレイに渡す。
「これでお前は立派な冒険者だ。Fランクのスタートからだがな」
俺は横にいた受付嬢に冒険者ギルドの簡単なルールを説明させた。
「まあ、誰とも組まないというなら、一人でのスタートになる。せいぜい気をつけることだな」
説明が終わるとグレイはおもむろに立ちあがり、ギルドの掲示板の方へ歩いて行った。
そこにはFランクからSランクまでのギルド依頼が張り出してある。
もちろんFランクは戦闘の無い街中での安全な作業から郊外に出ての薬草集め程度、Eランクになればゴブリンやウルフなどの討伐依頼も混じる。
冒険者としてはDランクに上がれば、何とか冒険者だけで食べて行けるようになる目途が立つ。Cランクとなればまさしく一人前の冒険者である。Bランクともなれば成功した冒険者と言ってもよく、Aランクともなればそのステータスは途方もない価値を生む。そしてさらに僅かしか昇格しないSランクの冒険者が存在する。
このグレイがどのような冒険者としての成長を見せてくれるのか、楽しみだ・・・そう思った矢先。
グレイは依頼書をおもむろに何枚もちぎった。
Bランクから3枚。Aランクから2枚。そして・・・Sランクからも2枚。
しかもSランクの2枚は「ガルーダ」と「アースドラゴン」という、途轍もないモンスターである。
「お前、話聞いてなかったのか? Fランクのお前が依頼を受けられるのは一つ上のEランクまでだ」
俺の説明に冒険者たちが笑い出す。さすがにこれは一喝して止めることはできない。冒険者としては笑われても当然の行為だからだ。
「・・・依頼を受けられないのは承知している。だから、依頼として受けるつもりはない」
依頼書をちぎったグレイはそのまま依頼書を持ってこのギルドの建物を出て行こうとした。
「お、おい、ちょっと待て!依頼として受けるつもりは無いって・・・まさか!」
俺の脳裏に嫌な予感が広がる。
「ああ、依頼として受けていなくても討伐したモンスターの買取は行っているだろう?」
仮面の奥で、グレイがニヤリと笑った気がした。
あの後、ギルドに討伐依頼の受理をしないとギルドからの報奨金が出ないと口を酸っぱくして説明したのだが、「そんなランクになるまで待てない」との一点張りで出かけて行った。
「あの討伐依頼の成功報酬だけで1500万リーン以上あるのだがな・・・」
俺の呟きを聞いていた受付嬢が引き継いだ。
「しかし、モンスターの素材買取は確かにそれ以上の価値があります。ガルーダにアースドラゴンなら、素材の状態によっては王都でオークションにかけることにより5000万リーンは固いかと」
「しかしなぁ・・・素材の状態がよければ、だしな・・・。逆に手こずって傷が多かったり部位欠損があったりするとそれだけ価値が下がってしまう」
「確かに・・・」
なぜか俺と受付嬢のリリはあのグレイが討伐を成功して帰ってくることを前提として喋っていた。
「フッ・・・不思議なものだな」
思わず苦笑いをしてしまうが、その笑いが引きつってしまったのは夕刻になったころだった。
「素材の買取を頼みたい」
まるで朝やってきたシーンが繰り返されたのかと思うように、何も、どこも変わらず灰色のローブに仮面を被った少年が現れた。
運悪く、その時カウンターに座っていた受付嬢はグレイがやってきた朝にはまだ出勤しておらず、グレイというFランクの冒険者に注意するよう申し伝えた俺の伝言も聞いていないようだった。
「素材の買取ですか? 何をお持ちで?」
「なんだったか・・・ドラゴンとかガルーダとか、マンティコアとか、バトルクレイジーボア?とか・・・」
手ぶらの少年が説明するSランク、Aランク、Bランクの数々の討伐難易度が高いモンスターの名を聞き、明らかに嘘をついていると判断した受付嬢はグレイにこう言った。
「ではここへ出してください」
そう言ってカウンターの上を指でトントンと指し示す。
どうせ嘘でしたーとごまかすか、ドラゴンやガルーダの可愛らしいぬいぐるみでも出してプレゼント、とでも言うつもりだろうか?そうだとしたらちょっと可愛いかも。などと考えた受付嬢はその三秒後すさまじく後悔することになった。
ズドォォォン!バキバキバキッ!
目の前の木でできたカウンターを巨大な魔獣が押しつぶす。
目の前に現れたのはAランク魔獣のマンティコアだった。強力な毒を持つ尻尾のヘビがちょうどイスから落ちて腰を抜かしている受付嬢の目の前にプランと垂れ下がる。こんにちは。
「ッッッ・・・キャ―――――!!!」
凄まじい叫び声をあげ、受付嬢は泡を吹いて気絶した。
「どうしたっ!?」
俺がギルドマスター室から飛び出して見た光景。
巨大なマンティコアの死骸が受付のカウンターを押しつぶしている状況だった。
「こ、これは・・・?」
「ギルドマスター殿か。魔獣を狩ってきたので買取をお願いしたところ、カウンターに出せと言われたのでな」
俺は右手を額に当て、天を仰ぐ。
「お前・・・空間収納持ちか」
「ああ、<道具収納>のスキルだな」
「かなりのレアスキルだな・・・」
「それで、素材を買い取ってもらいたいのだが?」
「何匹いるんだ?」
「ちぎって持って行った討伐対象の魔獣全てだ」
「・・・ギルドの裏庭に解体倉庫の入り口がある。その前に頼む」
そうして移動してグレイの奴がアイテムBOXから取り出した魔獣・・・。
アースドラゴン、ガルーダのSランクはもとより、Aランクのマンティコアを含む七種類、Bランクのモンスターに至っては全部で十五匹にも及ぶ頭数だった。
「・・・お前は今日から・・・」
「?」
俺の言葉にグレイが首を傾げてこちらを見る。
「Sランクだ」
それは初めて冒険者ギルドでFランクに登録した少年がその日のうちにSランクに昇格するという前代未聞の出来事であった。そして、その後破竹の勢いで活躍を続けるそのSランク冒険者の事を畏怖の念を込めて『灰色の魔術師』と呼んだ。
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