閑話1 『水晶の薔薇亭』のオババは語る
閑話は基本的に主人公とは別の人物の視点の話になります。
・・・なんだい? あの男の話を聞きたいのかい? 別に話してやってもいいが、少しは年配のババに気を使うのも礼儀の一つってもんさ。
ああ、悪いね。頂くとしよう・・・。
あまりいい酒じゃないね。だけどまあ、これくらいでもこのオババの口は多少は動くってもんさ。
あの男・・・サーレン・マグデリアって言ったかね。
見た目はうだつの上がらないおっさんさね。
確か今年で四十五だったか。
いい年こいて安酒と色街に狂ってるロクデナシさね。
確か本人は王宮で働く魔術師だとか言っていたかね。
でもあの年で碌に昇給も出世も無いようだからね。まあ推して知るべし、ってやつさね。
王宮の安月給だけじゃどうやってもこの色街通いなんてできないからね。
あの男は冒険者ギルドにも登録していたね。
・・・確か・・・万年Dランクの下っ端だとか言っていたかね。
得意な仕事は薬草採取・・・だったかね?
それで色街通えるほどの金が稼げるとは思えないんだが、それでもあの男は毎月何度も通ってくる。
ウチのカトリーヌには月の終わりの給料日の翌日に必ず会いにやってくるね。
あの子がウチに入ってから欠かさずだから、もう十年以上になるね。
カトリーヌは路上でチンピラに絡まれて攫われる寸前のところをあの男に助けられてこの店まで連れてこられたのさ。当時は今ほど治安もよくなかったからね。あの男はボコボコにされて血だらけになりながらもチンピラを自力で追っ払ったらしいよ。今みたいに時間をかせげば警備士が取り締まりに来るほど治安が良くなかったからねぇ。
そうまでして助けたカトリーヌだったけど、一目見た時に思っちまった。とてつもなくきれいな娘だけど、こんな気弱なお嬢さんじゃこの世界ではやっていけないだろうってね。このババのカンはほとんど外れたことはなかったんだけどねぇ。
カトリーヌが新人として初めて客をとる時にやってきたのもあの男だった。
心配して部屋の前まで行ったんだが、泣いたり落ち込んだりしているカトリーヌと話をしているだけの様だった。驚いたことにその日はあの男、本当にカトリーヌと話だけして帰ったらしい。金もないのによくもまあやせ我慢が出来るもんだと感心したもんさね。
それからあの男が通ってくるたびにふさぎ込んで暗い感じだったカトリーヌは明るくそして綺麗になっていった。あの男以外のお客とも話せるようになって、気づけばいっぱしの人気嬢にのし上がっていたね。本当に驚いたよ。
・・・ちなみにこの色街ナンバーワンにのし上がったカトリーヌはとっくの昔に入った時の借金を返していつでもこの店を卒業できる。
確か、両親がともに中堅の商人だったようで、地元でうまくいったからこの王都で一旗揚げようとやってきたところ、王都の老舗の商人たちに睨まれてあっという間につぶされて莫大な借金を背負わされちまったって話だったね。世知辛い話だけど、よくある話でもあるね。その莫大な借金を返済するためにあの子は自分で身売りを決断したようだったけどね。
さっさとこの世界から足を洗って両親のもとに帰りな!って何度も言っているんだけどね。そのたびに「あの人と会えなくなるのは寂しいから」って寂しそうに笑うんだ。とっとと告白でも何でもして身請けしてもらいなってたきつければ、顔を真っ赤にして「あの人の迷惑になっちゃうといけないから」って縮こまる。
・・・全く見てて歯がゆいね。いっそこのオババがあのうだつの上がらない男のケツを蹴っ飛ばしてやろうかね・・・。
おっと、話がそれたね。
それからかね。できるだけ新人が入ると初めての客にあの男を指名するようにしたのさ。面白いことに、あの男が初めての客についた嬢はほとんどがやる気を出して真面目に接客するようになるのさ。何の話をしているのか不思議だけど、この話が噂で広まっちまって。
結構新人の娘をあの男にみて貰おうとする店が増えちまったのは頂けなかったね。
仕方ないからうちで新人を頼むときは特別に割引しているよ。あの男の財布事情は火の車だろうからね。
・・・あの男がこの色街で好かれているのは嬢達だけじゃないさ。
各店の嬢達に人気があるのはもちろんだけど、番頭のような男衆も屋台を出している店主たちだって、もちろん店を経営するこのオババのような者たちもみーんなあの男が好きなのさ。
最初は誰が言ったのか・・・あの男はこの色街に幸運を運ぶ守り神じゃないかってさ。
そうそう、色街入口にある安酒とつまみを出す小さな屋台の親父が言ったんだったね。
二十年以上前、本当にここは治安が悪くて、それこそ場合によっちゃ人の命もあっさりと消えて行っちまうようなことさえあった。
そんな時、よそから流れてきた新興の組織が色街で暴れたんだ。この街を牛耳るためにね。
色街入口にあった屋台は因縁をつけられては叩き壊されたり追い出されたりしていたよ。
その時、小さな屋台の親父も襲われそうになった。
だけど、なぜかその屋台を襲う連中が手や顔を抑えて痛がって倒れだした。
なんど襲ってきても、屋台に危害を加えることはできず、血を流して帰っていくのさ。
そんな不思議なことがあると必ずその後にあの男がふらりと屋台に寄って酒とつまみを注文したのさ。
ある時、屋台の親父が聞いてみたのさ。
「アンタ、周りの屋台が壊されたりチンピラが暴れたりしてるけど、怖くないのか?」ってね。そしたら、その男はこう答えたんだ。
「怖いけど、親父さんのところの安酒とこのチーズがこの値段で食べられなくなるのは困るから」ってね。
あの男は「困るから」って答えたそうだよ。
つまり、その親父の屋台が無くなったら困るってことさね。
ということは、もしかしたらそのチンピラを排除していたのは・・・そう考えても無理ないことさね。ま、よく嬢や素人の娘をかばってボコボコにされていたからね・・・喧嘩が強いとは思えないんだけどね。
その後、なぜか新興組織もつぶれたらしく、色街にもホッとした空気が流れ始めた時に、あの男がある店の待合室でこう言ったのさ。
「この街も店同士が協力し合って、組合を作って自衛すればもっと安心して客が足を運べるようになるのに」ってね。
その時の呟きを聞いた店のオーナーはその男を捕まえて根掘り葉掘り聞いたもんさ。
その男が語った夢物語はそりゃあ面白かったねぇ。
店同士のつながりを深め、店のルールだけでなく、町全体のルールも決めて。
各店の売り上げを少しずつ持ち寄って用心棒や警備士を雇って。
時には朝からみんなで通りを一斉に清掃したりして。
王都に住む人たちがもっと安心してこの街に足を運べるように。
昔はもっと汚くて殺伐としていたこの区画が、今ではこの色街をシャレて花街なんて呼ぶ貴族もいるほど美しく華やかに変わったのさ。お貴族様も馬車に乗ってお忍びでやってくるほどにね。
その男が呟いたのはどの店かって?
もちろんこの店さ。根掘り葉掘り聞いたのはこのババさね。
だから今でもこのオババがこの色街の組合長なんてもんに収まっちまってる。
ぶっちゃけ、このオババは・・・いや、この街はあの男と一緒に一歩一歩歩んできたといってもいいのさ。
お前さんもこの色街でうまく生きていきたかったら、あの男と仲良くあるこったね。損はないよ。
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