閑話3 長屋の管理人フィレーヌさんは黄昏れる(後編)
今年の5月から連載を始めた「おっさん魔術師」も今年最後の更新となります。
2020年のご愛読、応援誠にありがとうございました。
また来年もどうぞ「おっさん魔術師」をよろしくお願いいたします。
皆様もよいお年をお迎えください。来年もどうぞよろしくお願い致します。
その後、私は自分で働くことにした。私がそうしたいと望んだからだ。
彼のご両親は比較的裕福な商人だった。ただ、子供が彼しかおらず、兵役で取られたときは本当に心配したらしいが、このような結果になりとても落ち込んでいたようだ。
やっと前向きになったところで、私が遺品を届けに来たのは、まさに彼からしっかりしろと伝えられたようだと、涙ながらに両親は笑顔を見せてくれた。
何不自由なく暮らしなさいと言ってもらえたが、ハーフエルフである私と、いかに彼の子供でも私の血が混じっているフィーナは人によっては亜人の仲間と差別されるだろう。
彼のご両親に負担を掛けたくはなかった。
そこで、彼のご両親が経営する下町の長屋の一つに管理人として住み込みで働く口を紹介してもらった。
これなら私でもできるし、住む場所が確保できてお給料ももらえるのは魅力的だった。
長屋に向かう私とフィーナの前にガラの悪そうな三人組が立ちはだかった。
「よーよーねえちゃん!俺たちと飲みに行こうぜ!」
「いいとこ連れてってやるよ!」
「気持ちいいことしようぜぇ!」
「お断わりします!」
「ああ?亜人風情が舐めた口ききやがって!」
私はとっさにフィーナを後ろに隠す様にかばう。
魔法で彼らを傷つければきっと捕まるのは私の方だろう。
何か彼らを無効化できる魔法が使えればいいのだが、あいにくと殺傷能力の高い魔法しか使えないし、相手を殺してしまったり大けがさせれば、悪いのは亜人、という事になるだろう。体術には自信がないし、何とかフィーナだけでも屋敷まで走って逃げさせなければならない、そう思っていたその瞬間。
「イデェ!」
「ギャア!」
「グワッ!」
私につかみかかろうとしていた男たちが腕を抑えて苦悶の表情を浮かべる。
「テメェ!何しやがった!」
そう言われても私は何もしていないので答えようがない。
だが、誰かが私を助けてくれたようだった。
「ふざけやがって!」
さらに男たちが私を捕まえようと腕を伸ばす。
「「「ギャアアアア!!」」」
瞬時に腕を抑えさらなる苦悶の表情を浮かべ地面に転がる男達。
「お、覚えてろよ!」
三人の男達は転がり逃げるように走り去っていった。
二度目の瞬間。私にはわかった。
ほんの少しだけ、私の首の左右で風が揺らいだ。
通常<風の針>や<風の矢>などを唱えると、風で出来た針や矢が空気を切り裂くように対象物に向かうため、その周りの空気が乱れる。風の精霊魔術を使う者であればその空気の流れは手に取るようにわかる。
だが、今自分の首の左右を通り抜けた<風の針>はチンピラに刺さったことから私のすぐ近くを通過したはずなのに、その空気の流れをほとんど感じさせなかった。つまり研ぎ済まされた圧倒的魔力により極細且つ強靭な風の針を形成し、その周りの空気の乱れがほとんどなかったという事だ。それを私に当てることなく私の前にいたチンピラ三人に被弾させる。
ただ大きな威力の魔法をぶつけるよりも圧倒的に難しい高度な魔法技術である。しかも呪文を唱える声が聞こえなかった。詠唱どころか魔法名すらも。つまり完全無詠唱でこの神業が行われたことになる。
振り向いた私が見たもの。それはくたびれたローブとマントに身を包んだ男性だった。ある程度年を重ねた顔つきをしているところから見ると、私よりもずいぶん年上のようだった。
「こんにちは美しいお嬢さん。道端でどうしました?」
「え?」
「このあたりはあまり治安が良くないこともありまして、目的地があるなら足早に向かった方がいいですよ」
そう言ってにっこり微笑むとそのまま通り過ぎようする。
「えっ・・・? 今あなたが助けてくれたのでは?」
私の疑問に男性は首を傾げた。
「なんのことでしょう?」
どうやら、私が<風の針>を放ったことに気づいていないと思っているようだ。私はこの人にすごく興味が湧いてしまった。これほどの凄腕の魔術師が、なぜ自分を助けたと言わず、黙って通り過ぎようとしているのか。
「下町にある古い長屋を探しておりまして・・・」
私は正直に目的地を告げた。
「え・・・その長屋は私の住んでいる長屋ですが・・・何か御用でも?」
「私、今日からその長屋で住み込みの管理人をすることになりましたフィレーヌと申します!こちらは娘のフィーナです。よろしくお願いしますね」
まさかこの大ピンチを救ってくれたヒーローさんが、これから私が管理人をする長屋の住人さんだとは!思わず運命的なものを感じてしまう。
「これはご丁寧に・・・って、あのボロ長屋に管理人!? あ、失礼おば」
助けてくれたヒーローさんは思わず口が滑ったと頭をかいている。
彼のお義父様からも一番古くてぼろい長屋と説明は受けてるけど。
「いいえ、古いとは聞いておりますので」
「聞いているって・・・どなたから?」
「長屋のオーナーです」
お義父様とは呼ばずに、長屋ではオーナーと呼ぶことにした。このことはすでにお義父様にも了解済みだ。
「そうなんですね・・・では、長屋までご案内しましょうか? こんなオッサンでよろしければ」
「オッサンだなんてとんでもない・・・こちらこそ道がわからなくてご案内頂くのは大変ありがたいのですが、お忙しいのによろしいのですか?」
「ええ、なにせその長屋に帰るところでして・・・」
はにかみながら向けてくる笑顔に、不覚にも可愛いと思ってしまったのだけれど、年上の方に失礼だったかしら・・・。でも本当に可愛いと思っちゃったんだから仕方ないわよね。
長屋までの道すがら、ヒーローさんとはたくさんのお話をした。
ヒーローさんの名前はサーレン・マグデリアさん。
王都に努めるお役人さん? ご自身で最下級の木っ端役人って言ってらしたけど。
サーレンさんは王都の下町についていろいろとお話してくれた。
お話は時にオーバーに、身振り手振りも交えてとても楽しいものだった。
私はすっかりサーレンさんの魅力に参ってしまっていた。
話の途中でそれとなくさっきのことを聞いても、私を助けたことは決して口にしなかった。
恩着せがましく迫られるのは困るが、しらんぷりを貫くのも不思議だった。
でも長屋で暮らしてみるとわかってきた。
サーレンさんは、人当たりはいいけど全然実力のない人、を演じているみたいで自分の力を隠していた。
きっと何か理由があるんでしょうけど・・・サーレンさん、私の眼はごまかされませんからね!
「おかーしゃん、その意気でしゅ!」
「あうっ・・・ガンバリマス・・・」
サーレンさんの笑顔を見ると照れてしまって何も言えなくなっちゃうんだけど、フィーナの後押しもあるし、もう少し積極的にがんばろっかな!
今後とも「おっさん魔術師」応援よろしくお願いします!
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