閑話2 長屋の管理人フィレーヌさんは黄昏れる(前編)
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「サーレンさん、遅いな・・・」
私は長屋の玄関を掃き掃除しながらぽつりとつぶやいた。
今日は仕事納めのため、確実に定時上がりだから、と嬉しそうに朝出勤して行ったサーレンさん。
・・・いつもほとんど定時上がりで帰って来ているけど。
今は年末、年の瀬。もう数日で新しい年を迎えようとしている。
サーレンさんの発案で、長屋のみんな総出で一年のお疲れ様会をすることになった。
明日は昼過ぎからその準備をみんなで手伝い、夕方からお疲れ様会がスタートする予定だ。
「みんなで少しずつお金を持ち寄ってお酒や食べ物を準備するのって、とっても賢い考え方よね・・・」
一人では少ないお金も長屋のみんなで集めればそれなりになる。
僅かしか買えない食料もまとめてたくさん買えば安く交渉できる。
サーレンさんの提案はいいことずくめのようだ。
「はあ~~~」
「おかーしゃん、溜息ばっかり吐くと幸せが逃げて行くでしゅよ?」
「わあっ!」
急に声を掛けられたのでびっくりして飛び上がる。
ちょっとボーッとしちゃったみたい。
振り返ればそこには腰に両手をあてたフィーナが。
「おっしゃん、まだ帰ってこないでしゅか?」
「え、ええ・・・そうね?」
サーレンさんを待っているのを見透かされたのかとドギマギしながら箒を動かす。
「おっしゃんのお土産の揚げパンはフィーナのものでしゅ!たとえおかーしゃんでも渡さないのでしゅ!」
ふんすっと両手で拳を握るフィーナ。
おかーさん、サーレンさんの揚げパンなんて狙ってないから。
「フィーナ、それサーレンさんの朝ごはんだから・・・」
「大丈夫でしゅ!たまにおかーしゃんがパンだけじゃえいよーが偏るからって焼き魚や煮物なんかおすそ分けしているでしゅ!」
なんでバレてるの!? フィーナがまだ寝ているタイミングで作って後でこっそりサーレンさんに渡してるのに!?
「そ、それはたまたま材料が余ったりしたときに・・・ね?」
「おかーしゃん、早く気持ちを伝えた方がいいでしゅよ?」
「!?」
何で!?何で急にそんな展開!?フィーナの中で何が起こってるの!?
「あのうだつのあがらなさそうなおっしゃん、どーもいろんなところで人気がありそうでしゅ」
「う、うだつの上がらないって、サーレンさんに失礼でしょ・・・」
実際、お勤め先では全然出世できなくてサーレンさんの評判が悪いみたいだけど・・・。
「たまーにものすごくいい匂いをさせて夜遅くに長屋に帰ってくることがあるでしゅ。きっとどこかにアイジンがいるでしゅ!」
「ちょっとちょっと・・・」
愛人・・・というかたまに夜、小綺麗な格好をして出かけていく時がある。
きっと花街にでかけているんだろうな・・・とは思う。
サーレンさんは特定の恋人がいないようだし、男の人だから仕方ない・・・とは思うのだけれど。
それに、わずかだけどたまに残り香を感じることがあって、その香りがとてもいいのがまた悔しいのよね・・・。あれはものすごく高級な香水よね・・・。サーレンさんのお給料はそんなに高くないはずだし、そうするとお相手の人のレベルも推して知るべし・・・のはずなんだけど。それならそんなお金なんて使わないで私が・・・って何を言っているの私!?
「おかーしゃんだって、あのおっしゃんがタダモノではないことくらい見抜いているでしゅよね?」
急に真面目な顔をして私の顔を、見つめるフィーナ。
・・・そうね、あの人は決してみんなに言われているうだつの上がらない底辺魔術師なんかではない・・・そのことだけはわかる。
私は初めてサーレンさんと会ったあの日までの事を振り返った。
私は物心ついた時から、エルフの村のいらない子だった。
村の長老から最低限の食事だけを与えられ、村の端にある粗末な小屋で生活していた。仕事は村の雑用全般。力仕事が多く使い事ばかりだった。
なぜ自分には父親も母親もいないのか。不思議だったし悲しかったけど、誰もその理由は教えてくれなかった。
ある日、エルフの森の近くで小規模な戦闘があった。どこかの国の戦争の一部らしかったけど、詳しいことはわからなかった。
それから数日して、エルフの村の近くの泉近くで一人の男の人が倒れていた。
兵士の格好をして大けがを負っていたその人は人間だった。
とりあえず私はなんとか自分の住む小山で運ぶと手当をした。
ろくな薬など無かったけど、何とか生きてきて身に着けた知識で薬草などを作り看病を続けた。兵士の男性はやがて傷も少しずつ癒え、元気になっていった。
意識を回復した男性を一生懸命看病したり世話したりするうちに二人の間に恋が芽生えることは決して不思議なことではなかっただろう。
それから半年余り。私は彼の子供を身ごもった。
だけど、幸せな時間は長くは続かなかった。
彼の体調が急変し、彼は寝たきりになってしまった。元々病弱だとは言っていたが、戦争での傷が元なのかはわからなかった。
どうにもならなくなった私は泣いて長老に縋りついた。
「この村にエルフ以外のものをかくまうとは!」
と怒鳴られたうえ、彼の子供を身ごもっていることを伝えると、
「お前まで不浄の血を受け継ぐとは親も親ならば子も子じゃわい!」
と吐き捨てるように罵られた。
でも自分はどれだけ虐げられても構わなかった。彼の命を救ってくれるのなら。
長老とは別のエルフがそっと薬や栄養のある食べ物を分けてくれた。
少しだけ彼の容体は落ち着き、穏やかな表情を浮かべる日が増えた。
けれど、彼は生まれてくる子供を見ることなくこの世を去った。
最後まで、私に迷惑をかけて済まない、そばにいてやることが出来なくて済まない、いい人を探して生まれてくる子と今度こそ幸せになってくれ・・・。そんなことばかりを繰り返して逝ってしまった。私はあなたにあえて幸せだった。わずかな時間しか一緒にいられなかったけれど、本当に幸せだった。貴方にたくさん伝えたかったけれど、私は泣いてばかりでうまく言葉にすることすらできなかった。そのことは今でも心残りだ。
私には泣いて悲しんでいる余裕もなかった。亡くなった彼は私が済んでいた粗末な小屋の横に埋葬してもらえた。木で組まれた墓に墓碑銘を刻むことは許されなかったけれど、エルフの何人かが彼の埋葬を手伝ってくれて本当に良かった。
でも私は彼のお墓にずっと寄り添うことは出来なかった。フィーナを生んだ後、私は村を追い出されることになったからだ。長老から追放だと言われたけれど、別のエルフがそっといくばくかの路銀と旅に必要なものを分けてくれた。おかげでとりあえずすぐ野垂れ死にする事だけは避けられた。
私には目標が二つあった。
一つは生まれてきてくれたフィーナを立派に育てること。
もう一つは彼の遺品を彼の家族に返すこと。
彼は 王都に実家があると言っていた。
私の住んでいたエルフの森からは相当に遠い。
それでも彼の家族にお会いして彼の最後を伝えてあげたい。そう思った。
あれから五年かけて私はやっと王都ガレンバシアが見える丘までたどり着いた。
フィーナも五歳になり、今や一人で元気に私の前を歩いている。
ゆっくりと丘を下り左手の森を迂回するように続く道を歩いていると、一台の馬車が私たちを追い越していった。
高級そうな馬車には護衛がついていなかった。王都周りは比較的市販がよいからだろう、近距離の移動に護衛をつけていなかったのかもしれなかった。
だが、その時は運が悪かったのだろうか。
左の森から、フォレストウルフが飛び出してきた。その数五頭。
私は馬車を引く馬に襲い掛かろうとしていたフォレストウルフに咄嗟に魔法を放った。
「<風の刃>!!」
「「ギャワンギャワン!」」
五頭のうち、二頭が深手を負い倒れる。残り三頭。
私は背中に背負った矢筒から素早く三本矢を引き抜く。
「<必中の矢>!!」
シュババッ! ドスドスドス!
「「「ギャワワワワッ!」」」
残りの三頭にも<必中の矢>で放った矢が突き刺さる。
この魔法は実際の矢を風の精霊魔術で飛ばし、敵に突き刺す魔法で、風の精霊の力で射線を確保するため、思い通りに曲げたりもできるし、何より敵を外さない。
一応念のため、腰に下げた剣を抜いてフォレストウルフに近づく。
・・・深手の二頭は森へ逃げていき、矢の刺さった三頭は息絶えているようだ。
「おお、助けてくれてありがとう!」
高級な馬車から降りてきたのは、とても人のよさそうなおじいさんだった。
「まさかこんな王都の近くで魔物に襲われるとは・・・やはり急いでおっても護衛の二~三人は必要じゃのう」
だいぶのんびりした性格の様だが、命拾いしたことにとてもほっとしている様だった。
御者の人も顔を青くしていたのだが、今は落ち着いたようだ。
「エッヘン!おかーしゃんはすごいのでしゅ!」
「おお、めんこい子じゃの!確かにお主のおかーさんはすごいの!」
「にへへー」
なぜかフィーナがドヤ顔で威張っており、ほほえましいとおじいさんが合わせてくれた。
本当にいい人みたいでよかった。
私は抜いていた剣を鞘に戻す。
「ん・・・その剣の鞘・・・うちの家紋じゃないか!どこでそれを!」
いきなりおじいさんが私の肩を掴んで揺らす。
家の家紋って、まさか、彼の!?
私はかいつまんで話した。彼が戦争で重傷を負っていたこと。看病しながらともに短い間暮らしたこと。彼の子供を授かったこと。この子を見ることなく亡くなった事。彼の遺品をお渡ししたくて王都まで旅をしてきたことなど・・・。
村を追放されたことだけは離さなかった。彼のせいだとは言いたくなかった。
「なんと・・・それではその娘さんが・・・」
「フィーナと言います。彼と私が幸せだったことの証です」
彼とは僅かしか過ごせなかったけれど、確かに幸せだった。どれだけ苦しくても悲しくても、そこには確かな幸せがあった。私は胸を張ってそう言える。
「よくここまで旅をしてきてくれた・・・。さあ馬車に乗ってくれ。ゆっくり旅の疲れを致して、また話を聞かせておくれ」
私は彼の両親とともに王都に向かった。そして目標の一つをかなえることが出来たのだった。
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