第20話 王女様に呼ばれて
重い・・・とてつもなく足取りが重い。
サーレンは心底この先へ進みたくないと思っていた。
その気持ちが足取りを一層重くさせていた。
すでに足元は真っ赤な絨毯が敷かれている。王城の中でも上層階にある王族が住まうフロアにやって来ていた。
クレイリア第一王女殿下直々に呼ばれているのである。最下級の木っ端役人であるサーレンにお断りという選択肢などない。
「はあ・・・なんでこんなことになったのか」
サーレンは重い足を引きずるようにして歩きながら独り言ちる。
<眠り誘う世界>で前後の記憶をあいまいにできたはずだった。
だが、現実にはこうしてクレイリア王女殿下から呼び出しを受けていた。
「確かに魔法はかかったはずだが・・・」
サーレンは愚痴のような独り言が止まらなかった。
呼ばれた場所は王女の私室であった。
その近くまでサーレンが到着した時、奥の部屋から怒鳴り声が聞こえて来た。
「姫様!一体何を考えておられるのですか!未婚の身でありながら殿方を私室へ呼びつけるなど!」
「いや、とても大事な方なのでな・・・」
「聞けば四十を超えるおっさんではないですか!」
「それはサーレン殿に失礼だぞ!」
「そんなおっさんに失礼も何もありません!絶対に姫様の私室に招き入れるなどあってはなりません!」
大声で言い合う声が聞こえてくる中、廊下で立ち尽くすサーレン。
「いや・・・めっちゃ揉めてますけど」
大きくため息を吐く。
その時、扉が開いて若いメイドが一人出てきた。
「あ・・・もしかしてサーレン様ですか?」
「ええ、サーレンは私ですが、様付けで呼んでいただくような立場の人間ではありませんよ? 魔法省の木っ端役人ですから」
愛想笑いを浮かべて名を名乗るサーレン。
だが、メイドはクスッと笑う。
「姫様直々にお呼びした方を様付けで呼ばないなんてありえませんよ」
「さいですか・・・」
サーレンは途方もない居心地の悪さを感じた。
「あの・・・申し訳ありませんが、こちらの応接室に案内させていただきますね」
若いメイドは申し訳なさそうにサーレンに伝えるとサーレンの先に立ち歩き出した。
「そうしてもらえると助かります・・・」
サーレンも王女の私室など、とてもではないが落ち着いていられないと思っていたので、応接室への案内は渡りに船であった。
「サーレン殿、お待たせして申し訳ない・・・」
応接室に案内されてしばらく。
座って待つように言われていたが、高級なソファーに一人座っているのも居心地が悪く、仕方なしに所在なく部屋の奥の窓辺をうろついていたサーレンに声をかけたのは、応接室にやって来たクレイリア王女殿下その人であった。
いつもの姫騎士としての鎧ではなく、なんとドレスを着ていた。
薄ピンクのドレスは肩部分が大きく開き、胸元も開き気味でクレイリア王女殿下の豊かな胸を強調するには十分なデザインであった。
舞踏会ですらめったにドレス姿を見せないクレイリア王女殿下のドレス姿に思わずくらりとするサーレンだった。
ただ、奇妙なのは、ドレスを着ているクレイリア王女殿下が白いマントを手に持っていたことだった。
(あの白いマントは・・・)
サーレンは記憶の糸を辿る。そして、自分が彼女にかけたマントだと思い出した。
(やっべ・・・あのマント適当に<道具収納>から出したのを使ったけど、どんな奴だっけ? クレイリア王女殿下にある程度相応しいものとしか考えてなかったからな・・・)
クレイリア王女殿下はソファーに座ると、サーレンにも着座を促した。
大人しく対面に座るサーレン。
「お呼び出しとのことで、伺わせて頂きましたが・・・」
些か無礼とも捉えられかねないが、率直に呼んだ理由を問いただすサーレン。
「あ、あの・・・その・・・」
顔を赤らめてモジモジするクレイリア王女殿下。手に持った白いマントをいじいじする。
「ブフォウ!」
思わず吹き出し、鼻血が出そうになるサーレン。
クレイリア王女殿下のクネクネ恥じらう姿が凶悪的に可愛かった。
「わ、私の命と貞操を救って頂いたお礼をと・・・」
さらに顔を赤らめてモジモジするクレイリア王女殿下。
サーレンは頭の中に危険警報が鳴り響くのを感じた。
(ヤバイ!なんでバレてるの!?)
「いや・・・なんのことだか・・・」
全力でとぼけようとするサーレン。額には冷や汗が滲んでいる。
だが、サーレンの演技力はまさに大根であった。
「サーレン殿は私たちに記憶があやふやになる魔法をかけたようだが・・・」
「えっ!?」
何で魔法の事までバレたんだろう?サーレンは思いっきりその疑問が表情に浮かんだ。
「サーレン殿から頂いたこの白いマントを握りしめると、勇気が湧いてくるような気がして・・・まるでサーレン殿に包まれているような・・・。すると、私が魔法にかかって記憶に一部隠微状態があったこと、その魔法が打ち消されたことが分かったのだ」
そんな馬鹿なと、慌てて鑑定の能力を発動するサーレン。
クレイリア王女殿下の持つ白いマントを確認する。
『真実のマント』
ランクS『伝説級』
・防御力増(大)
・魔力増幅(大)
・魔防増加(極大)
・魔抵増加(極大)
・状態異常解除
・隠微解除
「うおおいっ!」
サーレンは適当に出してクレイリア王女殿下に渡してしまった自分をぶん殴りたくなった。せっかく自分で
かけた魔法を自分が渡したマントで打ち消されてしまったのだった。
「城の魔法省トップに鑑定させたが、国宝級のマントみたいでな・・・、こんなもの私に贈ってもらう資格があるのかどうか・・・」
真っ赤な顔を真っ白なマントに埋めながらもチラチラとサーレンの方へ視線を向けるクレイリア王女殿下。
「え~、あ~、お気になさらず・・・」
観念してサーレンがそう言うと、花咲くように輝く笑顔を見せるクレイリア王女殿下。よほどうれしかったようだ。
「だが、残念なことにこのマントを父上に握らせても、悪魔が襲ってきたことまでは覚えていたのだが、貴方が活躍したところは覚えていなかったのだ・・・」
落ち込むクレイリア王女殿下。
サーレンが大悪魔グレゴリーと戦ったとき、意識があったのはクレイリア王女殿下だけ(実際にはミランダもだが)だったため、クレイリア王女殿下の父親であるドネルスク国王に真実のマントを渡して大悪魔グレゴリーの記憶を思い起させることはできたのだが、どうして悪魔を退けられたのかまでは知る由もなかったのである。
「父からは、大悪魔グレゴリーの存在は秘匿情報として口外してはならぬ、と伝えてくれと言われている。聡い貴方であればそんなことは口外しないと思うが・・・」
再び頬を赤らめながらマントに顔を埋めたまま、上目遣いにこちらを見てくるクレイリア王女殿下。
(やばい、可愛いすぎる!)
なんだかおっさんでもやばい気持ちになりそうなサーレンであった。
(イカンイカン・・・凶悪なほどかわいいぞ。だが、第一王女殿下なんかと恋仲になったら俺の自堕落生活が破綻すること間違いなしだ。ここは自重せねばならん!)
大悪魔グレゴリーと対峙した時にもなかったような悲壮な決意をするサーレン。
(ま、だいたいこんなオッサンに恋心を抱き続けるわけもないか・・・。どうせ今は命を助けられた時のつり橋効果ってやつで舞い上がっているだけだろうしな)
持前の楽観的思考で片づけるサーレン。
「それで、王女様はなぜ私をお呼びに? お礼だけが目的ではないでしょう」
再び先の質問を繰り返すサーレン。
お礼だけが目的ならば、二人っきりでわざわざ会う必要もないだろうと考えたサーレン。
女心が全く分からないサーレンらしい判断と言えば判断だったのだが、クレイリア王女殿下にもお礼以外に相談したいことがあった。
「ああ、サーレン殿に会って頂きたい者たちがいるのだ・・・」
「え? いや、さすがに国王様や王妃様に会うのはちょっと・・・」
「にゃ!にゃにうぉ・・・!?」
ただでさえ赤いクレイリア王女殿下の顔が瞬間真っ赤なリンゴかトマトのようになる。
「あれ?何か間違いました?」
その反応に何か間違えたようだと気づくサーレン。
「あ、会って欲しいのは勇者、賢者、聖女の三名だ・・・」
「ああ、そっちね」
納得するサーレン。なにがそっちなのかはわからないが。
「しゃ、しゃしゅがに、今の状態で両親に会ってもりゃうわけには・・・もっと実績を積んでもりゃってから・・・」
しどろもどろで顔を真っ赤にして白いマントに顔を埋めてイヤイヤしながらくねるクレイリア王女殿下。
ガチで凶悪的に可愛かった。
「いやいや、私の早とちりです、失礼しました」
(あんなイカついオッサン(国王)に娘さんをくださいとか、どんな無理ゲーだよ!ミッションインポッシブルだよ!まだ魔王殺しに行く方がマシだ!)
サーレンは本気でそう思った。




