第2話 日常の風景
いきなり初評価やブックマークをいただきびっくりしております。ありがとうございます。
数日は誰にも見つからないと勝手に思っていたのですが、一話しかないのにすでに何人もお読みいただいている方が・・・。
本当にありがとうございます。コツコツやっていきますのでお付き合いいただけましたら幸いです。
俺の自宅は王都下町にある古い長屋だ。
宿屋よりもずっと安く借りることができる。
王都に来た際は転々と宿を変えていた俺だが、この長屋に出会ってからは十年以上変えていない。ぼろいが安くて気兼ねない長屋なのだ。
下町の長屋まで歩いて約一時間程度。
魔力による身体強化でも行えば早いスピードで歩くこともできるだろうが、俺は健康のために毎日普通に歩いて王城へ通勤している。
魔力による身体強化は、結局のところベースとなる自分の肉体の強化でしかない。
ベースとなる肉体があまりにもひ弱であれば強化してもそれほど高い効果は得られず、逆に高い効果をかけてしまえばそれはそのまま自分の筋肉の負担につながってしまう。
そんなわけでベースとなる肉体のトレーニングも大事な事なのだ。
・・・決して下町までの乗合馬車の200リーンがもったいないからではない、うん。
てくてく歩いて下町に入る。大通りを曲がり通りからずれるとそこは下町の商店街よろしく、雑多な店が立ち並ぶ通りになる。
このゴミゴミとした雰囲気、俺は好きだね。
メンドクサイ連中にからまれることなく自分の生活を満喫するスローライフを信条とする俺だが、べつに人間嫌いと言うわけではない。
顔馴染みの店主との気安い会話もスローライフ生活のよいスパイスになる。
「今日もきっちり定時退社かい? サーレン」
俺に声をかけて来たのはパン屋の女将、マーサだった。
確か年は俺の二つ下だから今は四十三か。
俺が王都に初めて来たときからの知り合いだから、その付き合いは相当に長い。
「はぁ~~~、まかり間違ってアンタと所帯を持っていれば、今時このパン屋ももっと大きくなっていたかもしれないのにねぇ」
偶にマーサは「俺と結婚していれば」的な愚痴を話す。
昔初めて会ったころはマーサの母親と二人で切り盛りしていたパン屋もそれほど人気がなく、毎日つぶれるかどうかの瀬戸際のようだった。
そこで俺は「メロンパン」と「揚げパン」それから日替わりの「総菜パン」のネタを教えてやった。そうしたらそれらのパンは瞬く間に大人気となり、一躍パン屋は大人気店になった。そのお礼のつもりか、からかい気味に俺と結婚してパン屋を一緒にやろう、なんて何度も誘ってくれたっけな。
まあ、当時のマーサはなかなかかわいかったからな。それも悪くないと考えないこともなかったが、やはり俺の目指すスローライフにはパン屋の主人ってのはちょっと合わないかなって気がしたし、何よりマーサもこんな俺にそれほど本気だったわけじゃないだろう。
「はっはっは、実の旦那をこき使っといてそりゃないだろう?」
カウンターに肘をつくマーサの後ろにはマーサの旦那であるトニーが姿を現した。丸い棒を持っているところを見るとパン生地でも伸ばしていたようだ。
「だってしょうがないだろう? ホントにそう思っていたんだからさ」
悪びれないマーサに俺とトニーが苦笑する。
マーサとトニーが結婚したのは確か十年前くらいだったか。
マーサがずっと俺をからかっていたのだが、それに飽きたのか、トニーと知り合ってトニーが猛プッシュで口説き落としたようだ。まあ、お互い仲がよさそうで何よりだ。
「ははっ、まあまあ、仲がよさそうでなによりだ。とりあえずいつものもらおうかな」
俺のいつものはメロンパンと揚げパンと日替わり総菜パンの3つセットだ。
二十年以上ずっと変わっていない。
「あいよ、今日はメロンパンを一つサービスしとくよ」
俺がレシピを考えたからか、マーサは昔からずっと俺に一つパンをサービスしてくれる。
おかげで朝飯までまわせるから食費が浮いて大変ありがたい。
「いつもすまないね」
そう言って俺は千リーン(銀貨一枚)をマーサに渡す。
メロンパン二百リーン、揚げパン二百リーン、総菜パンは少し値段が上がって三百リーンの合計七百リーンがいつもの買い物額になる。
「何言ってんだい。このレシピでつぶれかかってたこのパン屋が持ち直してあたしの母親も今じゃ悠々自適に楽隠居させられるようになったんだ。アンタにゃ感謝してもしきれないよ」
「大げさだな。大したことはしていないよ」
「アンタはそうでも、あたしには大したことだったのさ」
笑いながらマーサはパンが入った袋を渡してきた。随分と大げさだなぁ。
俺はお釣りの三百リーン(銅貨三枚)を受け取るとパン屋を離れ家路に向かった。
「あ、おっしゃんおかえりー」
自分のねぐらである古い長屋に帰り着くと、したっ足らずの可愛い声が俺を出迎える。
この長屋の管理人さんの娘さんだ。フィーナちゃん五歳。ちょっと耳が長いエルフのような感じだが、これは母親であるフィレーヌさんがハーフエルフで、エルフの血がちょっと混じっているかららしい。
「やあフィーナちゃん、留守番えらいね。揚げパン食べるかい? もちろんママには内緒だよ?」
そう言って俺は買ったばかりの揚げパンをフィーナに手渡す。
揚げたてと言うわけではないので熱くはないから五歳児でも大丈夫だ。
「おっしゃん話がわかるでしゅね! 早速頂くとするでしゅ!」
偶にこの子は一体どこで言葉を覚えているんだろうと思うほど大人びた反応をするフィーナ。いろんな意味で将来が心配だ・・・ある意味大丈夫なのか?
「しょういえば・・・おっしゃんはずっと一人で奥しゃんいないでしゅよね?」
もきゅもきゅと揚げパンを口にほおばりながらフィーナちゃんが俺に問いかける。
「そうだね、奥さんいないね。もしかしてフィーナちゃんが奥さんになってくれるとか?」
「あ、おっしゃんはしょーらいせーが皆無でお金持ってなしゃそうなのでノーセンキューでしゅ」
「さいですか・・・」
ちょっと茶目っ気出して冗談かましたらすさまじい切れ味のエクスカリバーでぶった切られましたよ!?
「フィーナよりも、おかーしゃんと結婚したらどうでしゅか? おかーしゃんはきっとおっしゃんの事を気にしてると思うでしゅ」
思わずポカーンとする俺。
フィーナちゃんのお母さんであるフィレーヌさんは現在まさかの二十二歳シングルマザー。何があったのか知らないが、今年フィーナちゃんを連れてこの長屋のオーナーである爺さんのところにやって来たとのこと。オーナーの爺さんはなかなかここに顔を出さないし、説明もしないから詳しいことはわからんが、フィーナちゃんのお母さんであるフィレーヌさんはこの長屋の管理人として住み込みで働くことになったらしい。
ぶっちゃけそれほど治安がいいわけでもない下町で、しかもボロ長屋に住み込みなんて、あまりに危険ではと思ったのだが、長屋に住む古参のメンバーたちが『フィレーヌちゃんを見守り隊』なる謎の集団を結成。フィレーヌさんに近づく不埒者を排除しているらしい。
それに、夜這いに侵入した男をフィーナちゃんが箒でケツをフルスイングしてたたき出したという逸話もある。
そんなわけでフィレーヌさんと娘のフィーナちゃんは結構安心してこの長屋に住んでいるのである。
そんなフィレーヌさんに手を出したら、『フィレーヌちゃんを見守り隊』の古参メンバーに何をされるか分かったものではない。
「いやー、フィレーヌさんが俺の事気になってるって、それはないかなー」
誰も好き好んでこんなうだつの上がらないおっさん魔術師に興味を持ったりはしないだろう。
「おっしゃん、そーいう自虐せーしんがダメなんでしゅ!」
ぷりぷり怒りながら俺に説教するフィーナちゃん。マジ天使だな。
「コラッ! なにサーレンさんに大きな声出してるの?」
そこに現れたのは母親であるフィレーヌさんだ。マジ大きな天使。
「はううっ」
まるでめっかっちゃった!みたいな表情になり両手で頭を抑えるフィーナちゃん。かわいい。
「あ~、お口に砂糖ついてる。さてはサーレンさんに揚げパンもらったんでしょ!」
名探偵フィレーヌちゃんの鋭い指摘に「はわわっ」とタジタジのフィーナちゃん。
この親子の幸せを壊そうとする輩がいたら、俺は世界を敵に回しても排除すると誓おう。
「すみません、いつもいつも・・・」
そう言ってぺこりと頭を下げるフィレーヌちゃん。こちらもかわユス。
「あ、お気になさらず。行きつけのパン屋が少し安くしてくれるんですよ」
実際には一個オマケしてくれるんだけど、詳しい話はまあいいよね。
「ホントにいつもすみません。フィーナ、ちゃんとお礼を言った?」
「おっしゃんありがとー」
「どういたしまして」
「コラッ!おっさんなんて失礼でしょ!」
フィーナちゃんの可愛いお礼に言葉を返すが、フィレーヌさんがフィーナちゃんを咎める。
「いえいえ、どこからどう見てもおっさんですから、それこそお気になさらず」
「本当にすみません・・・。あ、そういえば少し煮物を作りすぎたんです。よろしかったらお夕食に召し上がってください。今お持ちしますね!」
そう言ってパタパタと長屋の廊下を自身の部屋の方へ走って行くフィレーヌさん。
走る後ろ姿も可憐である。
「おっしゃん、今日の夕飯ゲットでしゅ!」
ぐっとサムズアップを向けてくるフィーナちゃん。
うん、かわいいけどおっさんは君の将来が若干心配です。
今後とも「おっさん魔術師」応援よろしくお願いします!
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