7.小学校
俺が散々メールを打っているからだ。運転中の伊織が「相手はしつこいね。なんの連絡?」と訊ねてきた。それから、「あんたがまめにリプライ書くなんて、珍しいじゃない」と続けたわけだ。
「よくわかんねーヤツだよ」
「男?」
「女だ」
「成人女性?」
「いんや。ガキだ」
伊織は「へぇ」と興味深そうに唸った。なんだか気分が悪い。だから俺は気持ちに従って不機嫌な顔をした。すると伊織は得意げなふうに「ふふん」と鼻を鳴らして。
「ま、相手が誰であろうと、人間味を見せることについては否定的じゃないけれど」
「俺は迷惑極まりねーっつってんだよ」
「ほんとうに? いいじゃない、女子高生を抱いたって」
「誰もそんな話なんざしてねーぞ」
「最近、女に飢えてるんじゃないかなぁって」
「黙れ、メスブタ」
「うっさい、バカオス」
やり合うのが馬鹿らしくなって、俺は黙った。
伊織はくすくす笑ってる。
「ところで、いまはどこに向かってんだ?」
「小学校」
「学校だあ?」
思わぬ返答だったので、俺は思わずしかめ面をした。まったく、小学校になんの用だと言うのか。詳細を聞かしてもらわないうちは納得できそうもないので、話してもらうことにする。
「なんでも二年三組の担任教師と生徒が人質として囚われてるとのこと。ボスがどうやってそんな情報を仕入れたのか、それは相も変わらずわからないけどね。カーテンが閉め切られてるから、中の様子は確認できないみたい」
「そういう事件の場合、『SIT』のご登場ってことになるんじゃねーのか?」
「なんにでも首を突っ込んで、とにかく成果をあげてやろうっていうのがウチのスタンスじゃない」
「だからってな」
「私達ならどんな案件でも上手く処理する。そのへんを、ボスは対外的に宣伝したいんだよ。声高にね」
まあそうかとも思い、俺は肩をすくめた。宣伝うんぬんの前に、後藤さんのええかっこしいはいまに始まったことではない。いいところを見せたいのだ、みんなに。
「犯人? 誰だかわかってんのか?」
「『亡国の騎士団』」
「ああん?」
「まあ、そうだよね。アンタが驚くのも無理はない。ヤツらの得意分野はネット犯罪、すなわちサイバーテロだから」
「目的っつーか、奴さんらの要求は?」
「刑務所暮らしの仲間の解放。一時間以内に回答がない場合、三十分ごとに生徒を一人ずつ処刑するってさ。まあ、頭でっかちの手合いだろうから、そんな度胸はないと思うけど」
「その一時間のうちに、間に合うのか?」
「間に合わせようと、いま、車を飛ばしてる」
「どんなニンゲンでも、逆上しちまうってケースはある。そうならないことをを祈りてーもんだ」
「そうだね。さあ、そろそろ着くよ」
すでに小学校の半径五十メートル程の周囲には検問が設けられているようだった。伊織が制服警官の一人に「『治安会』だよ」と告げつつ、身分証の手帳を提示した。後藤さんが根回しをしてくれたというか、話をつけてくれたというか、まあそんな感じだから、すんなり通してもらえたのだろう。
小学校の校門付近は、警察車両で一杯だった。こちらが降車すると、刑事であろう茶色いスーツ姿のおっさんが、「たった二人しかいないあんたらは、そんなに腕が立つのか?」と上から目線で訊いてきた。「じゃなきゃ、来ないよ」と、やり返したのは伊織だ。伊織は「犯人の数は? やっぱり把握できてないわけ?」と訊ねた。「できちゃいないが、状況から考えて、恐らく少人数だろう」との返答があった。
「ま、何人だろうと危険は危険かもしれないね」
「だと思うがな、お嬢さん」
「お嬢さんなんて呼ばれる歳じゃないよ、オジサマ。犯人連中の注意を正面に引きつけておいて。あとはうまくやるから」
「うまくやるって、できるのかねぇ」
「できるできないの話じゃない。やるの。それだけ」
早速、刑事サンがトラメガを持って校庭に侵入した。「こちらには交渉の用意がある!」と呼びかけるあたり、こちらの言い分を理解してもらえたらしい。その隙に伊織とともに表玄関から校舎に侵入した。一階の廊下、その様子を窺う。人っ子一人いない。刑事サンが言っていた通り、犯人はそう大勢ではないようだ。
階段は三か所。表玄関である昇降口の正面と、あとは校舎の東西に一つずつ。俺は東側から、伊織は西側から上階へと進むことにした。
二階へ。
壁の陰から廊下を窺う。サブマシンガンを携え、目出し帽をかぶった男らが巡回している。二人だ。行ったり来たりしている。こちらも拳銃を携行している。殺るのは簡単だ。懐にサプレッサーも入っているから、静かに殺れる。それでも、できるだけ速やかに体術のみで仕留めるほうがスマートだと言えるだろう。
すぐそばまでやって来たところで、俺は犯人の一人を自分のほうへと引きずり込んだ。即座に後ろから首に右腕を絡みつけ、「仲間は? 何人だ?」と強く訊く。「お、俺を含めて四人だ」と、さっさと口を割るあたりに、覚悟のなさと素人さ加減が窺い知れた。力任せに首を絞めて落としてやったところで、廊下へと出た。伊織も見張りの一人を駆逐したらしい。こちらにゆっくりと向かってくる。
問題の二年三組は廊下の中央付近にある。事件の発生からはもう一時間以上経過している。
人質に犠牲者が出ていないことを祈りつつ、教室へと近づく。
戸の窓からこっそりと室内の様子を窺う伊織。やがて後方の出入り口に無警戒に近づいてきた目出し帽の一人を、伊織は引き戸を開けて廊下に引っ張り出した。それを合図に、俺は前方の出入り口から中へと勢いよく飛び込んだ。
びっくりしたであろうもう一人の犯人はすかさずマシンピストルを向けてくる。だけど、撃ってきたりはしない。思っていた通り、ヘタレだ。発砲することを一度ためらった時点で勝敗は決した。地べたで三角座りをさせられているガキどもを横に見る格好で教壇を蹴ってすぐに男の前に立ちはだかり、腹部に当て身。続けざまに顎先を掌底でかちあげた。気絶に追い込んでやった。膝からがくりと崩れ落ちる。ご機嫌な結果だ。任務完了。
ヒーローのご登場だとでもおもったのか、ガキどもが俺の周りを取り囲んだ。
「スゴい、スゴいっ! おにいちゃんって強いんだね!」
「スッゲーカッコよかったっ!」
「ナニモノなの? おまわりさん!?」
「俺も将来、警察官になろっかな!」
「助けてくれて、ありがとうっ!」
こちらとしてはただ業務をこなしただけなのだから礼を言われる筋合いもなければ尊敬や憧憬のまなざしを向けられるいわれもない。なにより俺は子供ってもんが大の苦手だ。だから、思わず眉間に皺を寄せた。まったく、ガキってのは無邪気すぎる。でも、この後の人生において、喜びがあるいっぽうで、苦しかったり悔しかったりすることも多くあるはずだ。そんな連中の行く末には幸せが待っていますようにと祈るあたり、本庄朔夜というニンゲンは、案外、いい奴なのかもしれない――って、そんなわけねーだろ。