6.メアド
サクヤと出会って以来、手が空きさえすれば、彼のメールアドレスを探っている。
レイプされそうになったあの晩、サクヤは私を救ってくれた。その登場シーンがあまりに鮮烈なものだったからだろう。このまま縁がちょんぎれてしまうのは勿体無いと咄嗟に考えたのだろう。だから「連絡先を教えてくれーっ」と、せがんだのだろう。
ほんとうはよりリアルタイム性の高いLINEをしたかったところだけれど、それは「嫌だ」と、にべもなく断られ、それでも結果として、メールアドレスだけは諳んじてもらうことができたわけだから、まあよしとせねば。
草薙理沙様ともあろう美少女から「またやり取りがしたいですっ」と懇願されれば、鼻息荒く飛びついてきてもよさそうなものなのに。彼がそうしなかったのは、たぶん、スゴく大人だからだ。ストライクゾーンにも、恐らく女子高生などという記号的な人種は入っていない。
お母さん手作りのお弁当をぱくぱく食べたのち、私は席についたまま、アドレス――その文字列を少しずつ変えながらメールを出し続ける。大まかには合っていると思うのだ。あとは微調整をするだけであるはずなのだ。それでもなかなか捕まえるができない。<そんな宛て先は存在しません>的な文言ばかりが返ってくる。
ヒトが近づいてきた様子。私はメールを打つことに夢中なので、その気配を察知したに過ぎない。机を挟んだ正面には二人立った模様。「理沙、ここ、二、三日、どったの? スマホばっかじゃん?」と言ったのは真麻だ。ピアスやネックレスをつけていつも派手な身なりをしているものの、趣味は手芸と料理といったふうに家庭的な一面がある。「スマホが友達になっちゃったとか? キャハッ」とか意味不明かつつまらないことをのたまってくれたのは陽菜。キャッキャキャッキャとうるさい彼女ではあるものの、実はよくつるむ女のコの中では一番勉強ができたりする。
私はスマホを操作しながら二人に向け、「今、忙しいの。あっち行ってて」と素っ気なく言った。すると真麻は「うわ、ひっど」と発し、陽菜は「ホント、理沙ちゃんってばなにしてるの?」と問いかけてきた。「秘密」とだけ答えておいた。
「ねぇねぇ、理沙、今度、お隣さんと合コンすることになったんだけど」
「お隣さんって、あのキモオタしかいない男子校?」
「最近はそうでもないって。いい男もいるって。だいいち、連中、偏差値高いんだし、今後のことってゆーか、先を見据えた場合、仲良くなっといてもいいってもんじゃん?」
「真麻、あのね、私はアンタの男あさりの仕方ってどうかと思うわけ」
「理沙も連れてきてって言われてんの」
「でも、お断り」
「そう言わないでさ、巨乳、拝ませてやってよ。減るもんじゃないんだし」
「私の素敵なおっぱいは、そんな奴らのためにあるんじゃありません」
「グラビアやってんだから、オカズになることくらい慣れてんじゃん?」
「グラビアはお仕事です」
「理沙ちゃん、理沙ちゃん」
「なあに、陽菜」
「私の彼氏、実はセーラー服派なんだって。どうすればいいかな?」
「ラブホでコスプレでもしてやれば? ってか、いきなり話変わりすぎ」
そんなどうでもいい話題を振ってくる二人をしっしと向こうに遠ざけ、私はなおもメールを打ち続ける。試行錯誤を繰り返し、五分ほどが経過したところで、思わず「おっ」と声を上げた。届いた。<そんな宛て先ないよー>的な通知がなかった。私は「やった!」と小さくガッツポーズ。件名は<こんにちわ>。本文は<ホンジョウ・サクヤさんですか?>。返事を期待した。でも、すぐにはなかった。仕事で忙しいのだろうと考えて、我慢我慢、ひたすら我慢。だけど、五時間目明けの休み時間になってもなんの反応もないと、しびれを切らさざるを得なかった。
教えてもらったアドレスは、適当に設定したとしか思えない不規則な文字列だ。他人に届いたケースは考えられない。まず間違いなく彼に届いたはずだ。
私はメール攻撃を開始する。
<ホンジョウ・サクヤさんですよね?>
<とりあえず、返事をください>
<待ってまーす>
返答はなく、だからいよいよイラついてくる。
<ホンジョウ・サクヤさんで間違いありませんよね!>
<無視しないでください!!>
<怒りますよ!!!>
<貴方と連絡が取れないと非常に困ります!!!!>
やはり返信はなく、そこで最後の手段。
<わかりました。いいです。私、死んでやりますから>
そう伝えたところで、ようやく反応があった。
<誰だよ、おまえ>
よっしゃ、よっしゃだ、リプライにリプライ。
<だんまりなんて、ヒドいじゃん>
<知るか、そんなもん>
<言い方でわかります。あなたはホンジョウ・サクヤさんです>
<だったら、なんだってんだよ>
<最近、あなたにピンチを助けてもらった美少女女子高生だと言って、わかりませんか?>
<心当たりはねーよ>
<嘘でしょ、それー>
<うるせー、馬鹿>
<馬鹿ではありません>
めんどくさい女だと思われたのか、また返事が途絶えた。だけど、私は容赦なく追い打ちをかける。
<相手をしてくれないならいいです。やっぱり私、死んでやりますので>
リアクションあり、ざまあみろ。
<だから、なんでそうなるんだよ>
<電話番号を教えてください。声が聞きたいです。っていうか、声くらいならいいでしょ? タダなんだから>
<おまえ、ぐだぐだぐだぐだウゼーんだよ>
<その評価は甘んじて受け容れます>
<ホント、面倒な奴だな>
<相手をしてください>
<嫌だ>
<相手して>
<嫌だ>
<相手して!>
<わかったよ。まったく、こんの馬鹿野郎のクソJKが>
やった。電番ゲット。
<だけど、今はかけてくんなよな。仕事中だからよ>
<じゃあ、夜にかけるね?>
<訂正だ。未来永劫、一度たりともかけてくんな>
<嫌です>
<やっぱ死ね>
<死にません>
もうリプライはない。それでも、夜になるのを楽しみに待つことができる。っていうか、やり取りができたというだけで、下半身がむずむずして、思わず太ももをすり合わせてしまった。結構エッチなんだな、私って。