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4.ジンギスカン

 駅前のロータリーで待っていると、すっかり見慣れた黄色のスイフトスポーツが滑り込んできた。くわえ煙草のまま助手席に乗り込み、吸い殻を灰皿に押しつける。伊織が冷たい缶コーヒーを寄越してきた。珍しい。思いもよらぬ大サービスには鼻血が出そうだ。


 車が発進した。


「まったくもって、最近、ろくすっぽ仕事がねーよな」

「あら、ご不満かしら?」

「いや。無意味なデスクワークに追われてた刑事時代と比べると、ありがたいもんだ」


 俺はそんなふうに本音を口にした。当時はほんとうに机に向かってばかりいたなと思う。まあ、それで給料が得られていたのだから、悪い話ではなかったのかもしれない。


「今日は仕事」

「ほぅ。そうなんか。ドンパチやらかすのか?」

「そんなことにはならない。あんた、血の気が多すぎ」

「血の気が多いとか、おまえにだきゃ言われたくねーな」俺は後頭部を右手でがしがし掻いた。「んで、どんな仕事なんだ?」


 伊織は涼しい顔で「強盗犯の逮捕。正確に言うと、殺しもやったんだけど」と言い。


「一人か?」

「三人組」

「ヤサは?」

「それがわかってるから、いま、向かってる」

「ウチの『情報部』は優秀だな」

「警察よりはね」


 俺は両の手のひらを上に向け、「そう言うなよ。奴さん達から情報を提供してもらうこともあるんだからよ」と彼らをかばった。


「提供してもらってるんじゃない。いっさいがっさい吸い上げてるの」

「わかってるよ。つーか、そうすることが可能だってんだから、後藤さんはハンパねーよな」

「古参の某議員と非常に仲良し。利害関係者しか知らないことだけど、ボスは警察はおろか、軍にも顔が利く。前にも言ったでしょ?」

「そうだったっけかな」

「おとぼけ」

「自覚してるよ」


 俺は缶コーヒーの口を開け、一口飲んだ。


「あー、くそ。なんでこう、缶コーヒーってのはまずいかね」

「せっかく買ってあげたのに文句を言うわけ?」

「まずいもんはまずいんだから、しょうがねーだろうが」

「うるさい」

「ああ。悪かったよ」


 一拍、二拍の間。

 言ってみれば、ツーカーの間。 


「ところで、最近、なんで待ち合わせの場所がいつも駅前なわけ? マンションまで迎えにいってやるって言ってるのに」

「それはまあ、いろいろとあってだな」

「女でもできた?」

「で、できてねーよ」

「なぜ、どもる?」

「いいから黙って運転に集中しろよ」

「コーヒー」

「あん?」

「飲まないなら、ちょうだい」

「ほらよ」


 伊織はごくごくとコーヒーを飲み干した。ホルダーに空き缶を置く。


「たしかにおいしくはない」

「だろ?」

「私、実は紅茶派だし」

「んなもん、知ったこっちゃねーよ」

「飛ばすよ」

「あいよ」




 着いた先はマンションだった。ハザードをつけて路肩にとまったスイフトスポーツからおり、建物を見上げる。結構、高層。外壁は眩しいまでに白い。


「おいおい。こんなブルジョアチックなところにアジトがあんのかよ」

「主犯の男は警視総監の息子なんだよ。上がスキャンダルを恐れているから、本庁も所轄も動くに動けない。手を出そうにも手を出せない。厳重に報道管制も敷かれてる。マスコミは某宝石店で強盗殺人が起きたことを知ってるってだけ」

「そんな事件を後藤さんはどこで嗅ぎつけたんだ?」

「企業秘密だって言ってたよ」

「つくづくこえーな、あのジイサマは。ホント、敵にだきゃ回したくねー。ってか、まるっと丸め込む格好で情報を操作できるって聞かされると、世も末だと思わざるを得ないわな」

「同感だけど、それが今、私達が住んでる国の実状なんだよ」


 エレベーターに乗った。三十五階まである。目的地は十七階にあるらしい。途中、伊織がブラウスのボタンを一つ開けた。ただでさえ露わだった深い胸の谷間がさらに覗く。段取りの見当はついた。


 問題の部屋へ。伊織がインターホンを鳴らした。伊織は肘を抱え、デカ乳を寄せて上げて強調する。まもなくして「はい」と返答があった。エロい体をした女がエロい身なりでテレビドアホンのモニターに映っているわけだ。アホな男なら必ず反応する。まあ、そうでなくたって、ヤツらはがさいれに遭う可能性は限りなくゼロに近いと考えているに違いないわけだ。なんてったって、主犯の野郎は醜悪なまでに保身に走る警視総監の息子殿なのだから。


「保険会社の者です。プランのご提案に参りました。話をお聞きいただけませんでしょうか?」


 こんなに卑猥な保険の勧誘員がいるわけがないのだが、相手からは「わかりました」という返事アリ。ガチでアホな野郎だ。一回、いや、二、三回、死んだほうがいい。


 俺は壁に背を付けた。ドアが開き、男が姿を現した瞬間、問答無用で胸倉を鷲掴みにして強引に外へと引っ張り出した。すぐさま後ろから右手で口に蓋をしつつ、左腕を首に巻きつける。


 クローザーが機能し、ドアが閉じたところで、「なんだよ。思ってたよりずっとガキじゃねーか」と俺は言った。伊織が「残りの二人は? 中にいるの?」と問い掛ける。「このおねえさん、極度の短気でな。怒らせるとこえーぞぉ?」と追い打ちをかけてやった。すると、二十歳未満とおぼしき男はこくこくと小さく小刻みに頷いた。これで用済みだ。左腕に力を込め、絞め落としてやった。


 ふと、なんとも香ばしい匂いが嗅覚を刺激した。ドアが開いていたのはごく短い時間だったが、中から漏れ出てきたらしい。


「なんの匂いだ? グリルパーティでもやってんのか?」

「これ、ジンギスカンだね」

「わかんのか?」

「私の実家、北海道だから」

「へぇ。そいつは初耳だ」

「無駄話はオシマイ。さっさと済ませるよ」

「オーライ」


 伊織がドアをそっと引いて開け、俺は中へと踏み込んだ。肉が焼ける匂いが充満している廊下をさっさと抜ける。リビングの丸い座卓を挟んで向かい合っているのは、やっぱり二十歳くらいのガキ二人。箸を持ったまま、揃ってぽかんと口を開けている。非常に間抜けなツラだ。


 俺は膝を折ってしゃがんで、四角いホットプレートから延びる電源コードを引っこ抜いた。それから、「野菜も食えよな」と注意した。肉しかのせていないからだ。ガキのうちの一人が、「だだ、誰だよ、おまえ」と口を聞いた。次の瞬間、手の甲でソイツの頬を引っぱたいてやった。


「ガキごときが俺をおまえ呼ばわりしてんじゃねーよ。頭にくっからよ」


 俺の背後に立っている伊織が「大人しくしてな。たしかな情報を掴んでるから」と言った。すると、ガキらは慌てたように、こくこくと首を縦に振った。


「で、どうすんだ? 後部座席に押し込んで、とりあえず本部に連行か?」

「警察が到着するまで現状を維持。身柄は彼らに引き渡す」

「連中は上の意向で動けないんじゃなかったのかよ」

「真っ向から通報するわけ。それを見過ごせると思う? いくらなんでも仕事をするよ。この一件を契機にして、逆らうことにも頭を使うはず」


 ジャケットのサイドポケットからスマホを取り出し、早速、伊織は警察に電話を入れる。俺はガキの一人に「寄越せ」と言った。「な、なにをですか?」と問われたので、「箸だよ、箸」と答えた。手渡されたそれを使ってラム肉を一つ摘み上げ、それを口の中に放り込む。


「おっ。案外、イケるじゃねーか」

「で、ですよね?」

「テメーの意見なんざ求めちゃいねーよ」


 俺はまた、ガキの頬を張ったのだった。


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