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28.キス、キス、キス

 タクシーにて仕事帰りの私である。なんの仕事かって言わずもがな、モデル業である。今日は水着のグラビアだった。空色のビキニを着て、笑顔を振り撒いた。うまく撮ってもらえたと思う。だから大満足と言えた。


 帰宅したらお母さんが作ってくれていた美味しいミネストローネを食べて、それからお風呂に入って、髪をしっかり乾かして、歯を磨いてからベッドの上に転がった。最近、朔夜と連絡を取り合っていないなあと思う。毎日、コールしてやってもいいのだけれど、その必要もないくらい、今の私は彼と繋がっている気がしている。


 朔夜のことを考えると、やっぱりヤラシイ気持ちになる。テレフォンセックスになんて付き合ってくれるわけがないけれど、それでも声を聞くだけできっとイケる。いや、絶対にイケる。そして、いよいよ電話をしてみようかなあ、どうしようかなあと考えていると、不意にスマホが鳴いたのだった。


 びっくりした。朔夜からだったから。


「どどど、どうしたの? ななな、なんか用事?」


 私は目を激しくしばたきながら激しくどもった。


『明日の夕方、迎えにいくからよ。ちょっと付き合えよ』

「えっ、えっ、それって、ついに私を抱いてくれるってこと?」

『ちげーよ、馬鹿。ガキがナマ言ってんじゃねーぞ』

「だったら、迎えにきてくれるとかって、どうして?」

『デートしたくなってな』


 目の前がくらくらするような台詞だった。

 ちょっとあり得ない事象だ。


「嘘っ! それってホントッ!?」

『ガッコから帰ったら、家で待っててもらえっか? モデルだっけか? 仕事があるってんなら、日をあらためてもいいんだけど』

「仕事はあるけど、で、でも、そんなのキャンセルするからっ」

『いいのかよ。そんな真似して』

「会いたいもん、朔夜に」

『だったら、待機してろ。親には上手いこと言っとけよ』

「それはもちろん。だけどホント? ホントに迎えにきてくれるの?」

『しつけーな。嘘言ってどーすんだよ』

「わかった。待ってる」


 朔夜は笑って、『濡れてっか?』などと訊いてきた。私は「あはははは」と朗らかに笑った。「メッチャ濡れてるよ。ゆえにわたくし、これから自慰に走りますので!」と正直に答えた。


『馬鹿だよ、おまえは。ホントに馬鹿だ』

「馬鹿でいい。朔夜とつながっていられるなら、馬鹿でいい」


 朔夜は『そうかよ』と言って、ははっと笑ったのだった。




 おめかしした。露出は多め。胸の谷間も露わな白いタンクトップに黒いジャケットを合わせ、太ももをひけらかすようなデニムの短パンをはいた。


 朔夜は車でやってきた。私はきゃーっと叫びたくなるほどの喜びに駆られながら、真っ白なスポーツカーの助手席に乗り込んだ。メチャクチャ古い車だけど知ってる。RX-8だ。カッコいい。


「これって朔夜の車?」

「借り物だよ」

「どこに連れてってくれるの? さっそくホテル?」

「だから、んなわきゃねーだろ。だけど、ホテル以外なら、どこにでも付き合ってやんよ」

「うーん、じゃあ、そうだなあ……」

「どこがいい?」

「服、見に行こうよ。私ってば、朔夜好みの女になりたいし」

「どこでも言ってくれ」

「ってか、どうして今日はそんなに物分かりがいいの?」

「いろいろ、あってな」

「街に行こう。ホントに服、選んでよ?」

「おまえって、つくづく馬鹿だな」

「えーっ、どうしてぇ?」

「馬鹿だから、馬鹿だっつってんだよ」




 ティーン御用達の店舗ばかりが入っているファッションビルの中を歩き回る。店に入り、試着するたび、「朔夜ーっ」と名を呼んだ。カーテンのあいだから顔だけ覗かせる彼の様子が、なんだかおかしい。


「やっぱおまえ、肌見せんのが好きなのか?」

「うん。なにせ女子高生ですから」

「ホント、俺からしたら、わけがわからねーよ。JKって人種はよ」

「それで、ねぇ、こんな感じでどう?」

「俺的にはナシだ。ちっこいTシャツもミニスカートもNGだ。親父さんやおふくろさんだって心配すんぞ」

「あはははは。まともな意見すぎて笑える。でも、これが欲しいの。ダメ?」

「いや。まあ、似合ってねーってことはないしな」

「だったら、決めたっ」

「好きにしろ、馬鹿」


 代金については、朔夜がカードを切ってくれた。


「えっ、えっ、ちょっと待ってよ。いいの?」

「今日はなんでも買ってやるつもりだ」

「気持ち悪っ」

「なんでだよ」

「だって朔夜、優しすぎるんだもん」

「カレシができたら、そいつも支払ってくれんだろ」

「カレシとか、そんなアホみたいな話しないでよぅ」

「ああん?」

「私は永遠に朔夜の女でいたいです」

「アホか」

「アホでいいですっ」


 下着屋さんにも寄った。試着室に入って、ブラに包まれた胸を鏡の前でうんと張る。「朔夜ぁっ」と呼んだ。


「ふざけんな。さすがに見ねーぞ、俺は」

「えー、見てよぅ。見といて損はないはずだよぅ」

「テメーの胸がある程度デケーのは知ってる」

「いや。じゅうぶん、巨乳の部類なんですけど?」

「俺が知ってるとある女はおまえの倍はデケー」

「この場で他の女の話なんてしないでよぅ」

「ま、そりゃそうか」

「やっぱり、よりおっきいおっぱいのほうが好きなわけ?」

「んなこと、一言も言ってねーぞぉ」

「ピンクと黒と、どっちがいい?」

「どっちでもいいよ」

「じゃあ、どっちとも買うっ」

「そうしろ」


 朔夜はレジで、やっぱりクレジットカードを使う。


「えー、やだあ。ホント、今日はどうしたのぉ?」

「服や下着くらい、安いもんだよ」

「でも、朔夜が払ってくれる理由なんてないじゃん」

「いいから、もらえるもんはもらっとけ」




 夜の街を行く。そのなかにあって、「えーっ、理沙ちゃんじゃん」と女のコ達に声をかけられた。「ハーイ」と私は軽やかに手を振る。一緒に写メ撮影。男のコグループにも「うっわ、ガチで理沙じゃね?」と見つかった。やっぱり「ハーイ」と愛想を振り撒いた。


「おまえ、ホントに有名人なんだな」

「そうだよ。ちょっとは見直した?」

「つーか、野郎と一緒にいるところを見られっと、あとあと、なにかと都合が悪くなるんじゃねーのか?」

「かもね」

「だったら」

「それでもいいのぉ」


 私は朔夜の左腕にしなだれかかった。


「だって、朔夜は私にとって、スーパーマンなんだもん」

「錯覚だ、どあほう」

「このまま華やかな世界に身を置くって手も、正直アリだとは思うんだけど」

「そうしろよ」

「朔夜がやめとけって言うんなら、やめとくよ?」

「やめとけとか、んなこた言わねーよ」

「芸能界なんだから、いい男なんて、きっといくらでもいるよね」

「だろうな」

「でも、私は朔夜が好き」

「想いなんてのはな、そう長くは続かねーんだよ」

「私はずっと続くと思う」

「どうしてだ?」

「朔夜ほどカッコよくて、ヤバいニンゲンなんて、いるはずないもん」

「そうかよ」

「うんっ」




 デパートの最上階にあるシネコンに入った。やっぱり男のコにも女のコにも見つかってしまい、「隣の男は誰……?」みたいな顔をされたけれど、私は「恋人なの」と笑った。すると朔夜に頭をぽかっと叩かれた。それでも私は嬉しかった。彼と一緒にいられる時間が、愉快で愉快でしょうがなかった。


 一緒に見た映画は私が選んだラブストーリーだった。結構よくて、クライマックスでは、グスッと鼻を鳴らしてしまった。だけど、その時、すでに朔夜は船を漕いでいて、小さないびきすらかいていた。そういうところが、らしいなと思って、また笑ってしまいそうになった。


 帰りの車中。


「メチャクチャ、楽しかったぁ」


 私はマックのシェイクを飲む。「今日は付き合ってくれてありがとうね」とお礼をした。


「楽しませてやろうと思ってきたんだ。楽しんでもらえたみてーでよかったよ」

「へぇぇ。まだそんなこと言うんだあ」

「あん?」

「お礼させてよ。ホント、なんでもするから。なんだってあげるから」

「いいんだよ、そんなこと。つーか、なんでもあげるだなんて簡単に言ってんじゃねーよ。大事なもんは、ホントに大事な奴のためにとっとけ」

「何度も言わせないでよ。朔夜以上の男なんて、この世にいないって」

「でも、俺はおまえを抱いたりはしねー」

「じゃあ、あと三年くらい待ってよ。ちゃんと大人の女になって見せるから」

「そんなんは問題じゃねーんだよ」

「抱いて?」

「嫌だ」

「ねぇ、抱いて?」

「嫌だ」

「どうしてそこまでかたくなに拒むわけぇ? 一発くらい、いいじゃーん」

「うるせー、JKが」

「あー、またそんなこと言うー」


 車は広い通りを走り抜け、しばらく経って住宅街に入り、やがて私の家の前でとまった。門前にはSPが二人、立っている。私の父親はそういう立場のニンゲンで、もっと言うと、この国の政治の中枢を担っているニンゲンで。それは理解しているから、始終、家の前に黒服の男が立っていることにも慣れている。


 私は両手に紙袋を持って、家に入ろうとする。途中、振り返って、朔夜を見た。くわえ煙草の彼は、「バイバイ」と小さく手を振ってくれた。いい奴じゃんって思う。ホント、この上なく、いい奴じゃん。


 玄関に荷物を置いて、私は再び外に出た。朔夜はまだ、ガードレールに座って煙草を吸っていた。彼に駆け寄る。言いたいことがある。きちんと伝えておきたいことがある。


「朔夜……?」

「なんだ?」

「私、『オープン・ファイア』っていう連中にさらわれたんだけど、っていうか、拉致られたんだけど」

「知ってるよ。災難だったな」

「ねぇ」

「あん?」

「実は朔夜ががんばってくれたんじゃないの?」

「さて、どうだったかな」

「私を助けてくれたのは、やっぱり朔夜なんだね?」

「どんなふうに考えようが、そいつはおまえの自由だよ」


 私はうつむき、大きな嬉しさと小さな悲しみを噛み締める。

 嬉しさよりも悲しみのほうが、大きいかもしれない。


「朔夜から連絡をもらった瞬間、おかしいなって思ったの。誘ってくれるなんて、初めてのことだったから……」

「そうか」

「なんとなくだけど、わかってる。もう、これでオシマイなんだね……?」

「勘と察しがよくて助かるよ」

「もう二度と、会えないんだね……?」

「そういうこった」


 私は朔夜がくわえている煙草を右の指でつまんで、地面に捨てた。


「なんだよ」

「なんだよ、じゃないでしょ? 何度も言わせないで。感謝してるんだから」

「だから、んなもん、要らねーよ」

「ヤダ。お礼くらいさせて……?」


 チュッとキスをした。甘い感覚に駆られ、二度三度と繰り返して、四度目は彼の頭を両腕で抱えて舌を絡めた。ディープなファーストキス。煙草の苦い味。だけどそれも、悪くない。長いキスに応えてもらえたことが、とてもとても、嬉しかった。


 唇が離れる。

 舌と舌との間で唾液が糸を引いた。


「これからもずっと、元気に生きろよな、JK」

「だから」

「わかってるよ。愛してるぜ、理沙」


 そう言われて、私は深く俯いた。

 

「ありがとう。ありがとうね? 朔夜……」

「ああ。おまえの想い、俺はきっちり背負って生きてやるからよ」

「うん、うん……」

「じゃあな」


 朔夜はなにも思い残したことはないとでも言わんばかりにさっさと乗車し、そして、あっという間に姿を消した。


 ありがとう、ありがとう、朔夜。

 ほんとうにありがとう。

 別れは悲しいことだけれど、楽しかった。


 あなたは私に喜びをくれた、優しさもくれた。


 私は朔夜のこと、絶対に忘れない。

 忘れたり、しないからね……?


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