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25.紫色のオーラ

 問題の屋敷は、緑を基調にした迷彩服を身につけ、緑のベレー帽を被った奴らどもに包囲されていた。物々しいとはこのことだ。警察はいない。特殊部隊が動員されている様子もない。遠くからの射撃を狙っている気配も感じられない。本当に俺が一人でカタを付けるべき案件らしい。後藤さんのその考えは強固なもので、だから手を尽くして部外者の立ち入りを禁じたのだろう。ご苦労なこった。


 黒くて平たい屋根の四角く大きな建物。そこへと続く門前にて持ち物検査をされた。懐の銃が没収された。これでめでたく丸腰だ。もう腹は括っている。なんでも来いってんだ。


 屋敷内へ。敵さんに促されるまま、赤い絨毯が敷かれた螺旋階段をのぼる。やがてたどり着いた先で、観音開きの扉を、二人の男がそれぞれ引いて開けてくれた。大仰なことだ。大広間に出た。左右にはずらっと、やっぱり緑のベレー帽の男らが自動小銃を携えて整然と立ち並んでいる。奴さんらがその気になったら一瞬でハチの巣だなと思うと笑いたくなった。


 広間の奥に男が一人、背を向けてしゃがみ込んでいる。そいつは立ち上がり、こちらを向いた。小男だ。だけど、なんとも言えない剣呑な雰囲気を醸し出している。禍々しい紫色のオーラをまとっているようにすら見えた。


 銀色の短髪であるその小男は慇懃に(こうべ)を垂れ、顔を上げた。


「本庄朔夜さんですね。お待ちしていました」

「おまえらが『オープン・ファイア』ってわけか」

「ええ。見えますか?」


 男が緑色のつなぎの左胸を右の親指で指し示した。確かに白地に赤抜きの刺繍で『OF』とある。布製のバッジだ。それが確認できた。


「理沙はどこだ? 俺が来たら返してくれるんじゃなかったのか?」

「そんなお約束をした覚えはありませんが」

「ああ、そうだな。まあ、そうだわな」

「しかし、僕を僕達を疑わないでいただきたい。彼女にはなに一つ、危害は加えていないのだから」


 ご覧くださいと言って、銀髪の小男は大きく両手を広げた。後方にある大きなモニターに、前のめりに倒れ込んでいる少女が映し出された。白いブラウス。制服姿。俺は思わず、「理沙っ!」と叫んだ。


「ふざけんなよ。危害は加えてないだあ? 理沙はぶっ倒れちまってんだろうが!!」

「誘拐するにあたっては、大人しくしていただかないと」

「どこだよ。理沙はいま、どこにいるんだ?」

「至極安全なところですよ」


 俺は忌ま忌ましさに顔をゆがめ、「あいつになんかしてみろ。おまえらまるっとひねりつぶしてゴミ箱に放り込んでやんぞ」と強く咎めた。どんな手段を使ってでも速やかに殺してやりたい限りだが、「そんな強気に出られる立場ですかね」と言われてしまうと空気を読まざるを得ない。


「テメー、名前は?」

「そうですね。名乗るほどの者ではありませんが、サムとでも申し上げておきましょうか」

「じゃあ、サムさんよ、とっとと話を進めようぜ。俺が狙いだってんなら、俺を殺せ。その代わり、理沙は解放しろ。それでなんか問題があっかよ、あんのかよ」


 サムとやらは顎を持ち上げ、得意げに笑った。


「今回の一件におけるこちらの意図、思惑。それらの点については見当がつきますか?」


 そんなのあたりまえだ。


「理沙をさらったのは、俺がアイツとたびたび会ってたことを把握してたからだろ? それなりに仲良くしているように見えたからだろ? べつに過激派然とした格好で与党幹事長の娘を的にかけたわけじゃねー。すなわち、おまえらは、俺、ひいては『治安会』と火遊びをしたがってるってことだ」


 違うなら言ってみろ。

 俺はそう凄んだ。


「端的な回答ですね。無駄な脂肪がない。だからこそ、あなたの頭のよさが窺える。ええ、あなたは察しがいいようだ。おっしゃる通りです。ぜひともあなた方に遊んでいただきたい。一応断っておくと、本件は僕の独断です。ボスの意思に基づく行動ではありません」

「ボスってのは、神崎って男か?」

「さあ」

「とぼけんなよ」

「あえて申し上げる義務はありませんから」


 そりゃそうだ。

 だけど、腹が立ってしょうがない。


「なあよ、サムさんよ」

「はい」

「ったくよ、まどろっこしいんだよ、おまえよ。なにかしたいことがあるならとっとと始めろよ。付き合ってやるからよ」

「では」


 サムがとことこ歩いてきて、俺の足元に小さな鉄砲を置いた。


「マカロフです。古臭い銃です。申し訳ありません」

「装弾数は八発だったか」

「よくご存じで。満タンですよ」


 そう答えるとサムはにっこりと笑い、背を向け、元いた場所へと戻った。改めてこちらを向く。


「撃ち合いましょう」

「あん?」

「八発を撃ち合うんです」

「ああん?」

「撃たれ、ダメージを受け、そのせいで一歩でも動いたほうが負けです。今、立っている位置を一歩でも動いたら敗北だということです」


 笑いが込み上げてきた。

 馬鹿馬鹿しさには実際、笑いもした。


「ふざけた真似をしやがるんだな。でもって、阿保みてーな条件だ」

「これからも『治安会』の方々とのゲームを続けます」

「やっぱ遊びだってか」

「そうです。だったら、存分に楽しまないと」

「狂ってるよ、おまえ」

「狂うという言葉が大好きなんです」

「言っとく。予言してやる。おまえ、ぜってー後悔することになるぜ?」

「後悔させてみてください」

「とことん、食えねー野郎だな」


 俺は、わざとらしく、ふっと笑って、サムに銃口を向けた。


「お先にどうぞ」

「撃ち合うんじゃねーのか?」

「貴方が八発を撃ち終えたところで反撃します」

「そんな余裕ぶっこいて、いいのかよ」

「いいんです」

「それじゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ」


 一発目を撃った、顔面目掛けて。サムは首を右に少しだけ傾けてかわした。驚いた。でも、マグレだろと思い、二発三発と連射した。やっぱり、さっさとかわされた。もう疑いようがない。奴さんには弾が見えている。忌々しさに顔がゆがむ。五発目六発目は上半身を狙った。軟体動物みたいな異常さで大きく大きく背を仰け反らせてよけて見せた。やむなく七発目と八発目は両の膝を狙った。当たりはしたが、キンキンという金属音が鳴った。鉄板でも入れているのだろう。


「おいおいおい、なんか仕込んどくのは反則じゃねーのか?」

「精密に狙われていたら、どうしようもありませんでしたよ」

「俺のミスだってか?」

「ええ。間違いですか?」

「いんや。なんにも間違っちゃいねーよ」

「では、次はこちらから。行きますね?」


 サムが銃を向けてきた。その口が眉間を捉えていることがわかった。だから、両腕で顔面を覆った。俺には奴みたいに弾をよけるなんて器用な真似はできない。でも、体は誰よりも頑丈だ。そして、倒れなかったら負けはねーってんだろ? だったら、致命傷を食らわなけりゃ、タイには持ち込める。あっ、でも、引き分けた場合、どうなるんだろ。そのへん訊いてねーけど、ま、いいか。


 一発目はこちらを試すための威嚇だったのだろう。顔のすぐそばををひゅんと通り過ぎた。二発目、三発目はそれぞれ腕に当たり、四発目と五発目は太ももに直撃した。「打たれ強いですね」というサムの声。「あと三発しかないぜぇ」と不敵さ込みで言ってやった。六発目と七発目を腹部に食らった。最後の八発目を胸にもらったところで少々吐血した。体がぐらりと揺れる。それでも足は動かさない。奥歯を噛み締めて、踏み止まる。そういえば、鉄砲で撃たれるなんて初めてのことだ。思ったより効くもんだなと、苦笑いが込み上げてきた。


 顔をかばっていた両腕を下げ、ふーっと吐息をついた。サムさんとやらはすぐ横を行き過ぎようとし、ちょうど隣に立ったところで足を止め、こちらを向き、口元を緩めてみせた。どこか満足げな顔にも見える。


「おまえ、動いてるぜ」

「ええ。今回は僕の負けです。やるものですね。『治安会』」

「看板を褒めてんじゃねーよ。俺を褒めろ」

「失礼しました。やりますね。本庄朔夜」


 サムはくすくすと笑った。

 この状況で笑いやがるあたりは鼻につくのだけれど。


「理沙は?」

「解放します。場所は追って警察に知らせます。勝者はあなたなのだから」

「これからも俺を狙ってくるんだな?」

「どうあれアクションは起こします。今回のようにね。やはり誰かをさらうかもしれないし、あるいは誰かを傷つけようとするかもしれない。そうすることで、あなたが出張らなければならないような状況を作り出すかもしれない。もはや逃げ道なんてないんですよ、本庄さん。その旨、忘れないでください」


 非常に明朗な回答だ。

 素晴らしい回答だ。


「オッケー。オッケーだ。裏を返せば、俺がこの先ずっと孤独なら、他人は迷惑を(こうむ)らねーで済むってこったな?」

「そういう解釈の仕方もありますね」

「そのへん、どうか約束してもらえねーかな、サムさんよ。いっちょ頼むわ」

「約束?」

「ああ。約束だ」

「いいでしょう。わかりました。宣言します。一度途絶えた関係にまで、影響を及ぼすことはしません」


 満額回答ではないか。

 サムさん、どうやら話はわかる奴らしい。

 一から十まで信用するにはいかないけれど、「無茶すら厭わない」と言われるよりはずっといい。


「それ、ほんとうなんだな?」

「ええ。僕が望む相手はあくまでもあなたであり、また『治安会』なのですから」

「交渉成立だな。気に入ったぜ、サムさんよ」

「恐れ入ります」

「いつか必ず殺してやる」

「その意気です」

「で、今日はこの後、どうするんだ?」

「とっとと、とんずらをこきますよ」

「揃ってジョギングでもしようってのか?」

「その点はご心配なく。ひとまず、この場はサヨナラです。また会いましょう」


 サムに続く格好で、兵隊どもが広間からどんどん出ていく。全員が退室したところで、俺は前のめりにどっと倒れ込んだ。気を失った。




 ――覚醒。

 左の手首の腕時計を見た。

 三十分ほど、眠っていたらしい。


 危なっかしいし、しょうもないしがらみに巻き込まれたりもするし、こんなふうに撃たれて痛い目に遭ったりもするし、なのになんで今ある立場にこだわってるんだろうなあって思う。


 仰向けになる。はっはっはと大笑いしてから、震える手で懐から煙草を取り出し、くわえ、火をつけた。愛おしい煙の匂い。メンソールのテイスト。最期に吸えてよかったな、って……。


 ……最期?

 最期?

 最期だあ?

 アホ抜かせ。

 弱気になってんじゃねーよ。

 らしくもねー。

 俺は言った。

 サムとやらとまた遊んでやるって言った。

 受けて立ってやる。

 それって心に決めたことだ。

 覆しようがない決定事項だ。

 そうでなくたって、俺にはまだやることがある。

 やらなくちゃならないことがまだまだある。

 刑事になったきっかけを忘れんな。

 弱い奴を守ってやるって決めたんだ。

 弱いニンゲンの力になってやるって誓ったんだ。


 くわえたばこのまま、ゆっくりと体を起こし、立ち上がった。


 そう。

 まだやれる。

 俺はまだやれる。

 俺はまだまだやれるんだ。


 身を翻し、広間の出入り口のほうを向く。

 すると、すぐそこで、伊織が両肘を抱えて立っていて……。


 肩を貸してくれた。

 デカい俺の体を支えても、伊織の体はびくともしない。

 さすが軍上がりと言ったところ。

 まったく、この女は頑丈だ。


 首をぐったりと前にもたげると、くわえていた煙草が床に落ちた。


 俺が「……わりぃ」と謝ると、伊織は「いいよ」とだけ答えてくれた。


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