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22.野郎の涙

 朔夜がスーパーから出てきた。私は少なからず、ホッとした。駆けてくる朔夜。胸に小さな子どもを抱いている。髪の長い女のコだ。


 待機している救急隊員のところに朔夜は向かう。私もそっちに歩み寄った。


 女のコには左の前腕がない。とりあえずの止血をしたのだろう。二の腕にネクタイが巻きつけられている。気を失っているようだ。大量に出血しているのだから、それも当然のことと言える。


 朔夜は女のコを救急隊員に任せようとする。嫌々ながらに見えた。大切なものを手渡すことにためらいを感じているように見受けられた。


 スプリンクラーのせいだろう。朔夜の全身はずぶ濡れだ。そして、ワイシャツの胸から腹部にかけて血液が付着している。女のコの左腕から流れ出した血液に違いない。俯き、唇を噛んでいる様子が窺える。グスッと鼻を鳴らしもした。髪も顔もびしょ濡れだから確実なことは言えないけれど、ひょっとしたら、涙すら流しているのかもしれない。


 私のことを押し退け、朔夜はクボクラの前に立った。その胸倉を掴み「ほら見ろ、ほら見ろ、馬鹿野郎。何人も救えたじゃねーか!」と凄むように言った。


「運がよかっただけですよ。言わば、偶然です。それくらい、おわかりでしょう?」

「ああ、わかってるよ。けど、おまえは判断を誤った」

「結果論でしかない」

「おまえのせいで、あのコは死んじまうかもしれなかったんだ」

「ええ。よかったですね。おっしゃる通り、恐らく助かるのでは? 亡くなってもやむなしだとは思いますが」

「この野郎!」


 朔夜が右の拳を振りかざした。私はその手を、手首を掴んだ。


「やめときな」

「うるせー。一発、ぶん殴ってやんねーと気が済まねー」

「こんなヤツにぶちかまして、なんになるの」

「はなせよっ」

「やだ、はなさない」

「……くそっ」


 クボクラのことを解放し、拳をおさめた朔夜は、また「くそっ!」と、吐き捨てた。


「この場の責任者は私であり、あなたは私に無礼を働いた。このことは上を通して抗議させていただきます」

「好きにしろよ、クソ野郎」

「では」


 身を翻し、クボクラはパトカーに乗り込んだ。なにがあっても、なにをされても取り乱さなかったあたりに、彼の意識の高さが窺えた。たいしたものだとすら思う。


「私達も引き揚げるよ。もうなにもできることはないんだから」

「一人で帰れよ。大切な車を濡らされるのは、御免だろ?」

「そうだったとして、じゃあ、アンタはどうするの?」

「電車で帰る」

「シャツに血を付けたまま?」

「いいから、行けよ」

「来な。先輩命令だよ」


 渋々ではあるだろう。けれど朔夜はついてきて、助手席に乗り込むと、下を向き、やっぱり「……くそっ」と悔しげに吐いた。


「声明が出されている以上、犯人、いや、犯人グループはわかってる。だけど、この先、『OF』って名前を聞いただけで、飛び出していくんじゃないよ」

「わかってるよ」

「わかってないでしょ?」

「わかってるっつってんだ!」


 私は苦笑し、それから微笑んだ。


「怒鳴るな、馬鹿」

「くそっ、くそっ、くそっ! あのコ、あんなにちいせーんだぞ。メチャクチャちいせーんだぞ。なのに、身内を、母親を失っちまうなんて……」

「泣いてる?」

「泣いてねーよ」

「意地張らないで、泣いたっていいんだよ?」

「うるせーっ!」

「だから、怒鳴るな」

「……パパは、パパは生きてんのかな」

「さあね。家族三人で楽しく買い物に来てた可能性だってあるでしょ」

「……だよな」

「うん」

「俺は無力だ……」

「そうだよ。ヒト一人にできることなんて限られてる」

「……くそっ」


 私は左手を伸ばして、朔夜の濡れた頭を、くしゃくしゃと撫でてやった。


「組織に属するニンゲンとして身勝手な行動はどうかと思うけれど、見直したよ。あんたはほんとうに、よくやった」

「おまえに褒められたって、ちっとも嬉しくねーよ」

「あんたが死んじゃったら、私はそれなりに悲しむと思う」

「前はどうでもいいみたいに言ってただろうが」

「それって考え違いだったみたい」

「ああ、そうかよ」

「そうだよ」


 車を出すと、朔夜はアシストグリップを握った。窓に移るその顔はどこか虚ろ。内心ではまだ、自分を責めていることだろう。そうに違いない。




 翌日、自宅を出る前に、所轄の警察署に連絡を入れた。朔夜も確認していることだろうけれど念のため。女のコの名前は立花くるみちゃんというらしい。消防にも問い合わせた。母親は爆発で首から上を吹き飛ばされて即死。父親はねじ釘で体をビスビスにされ、病院への搬送中に亡くなったとのことだった。


 いつも通り、いつもの場所で、朔夜を拾った。酒くさい。悲しみと悔しさ、それに怒りを薄めるためには、アルコールの力を借りるしかなかったのだろう。


「くるみちゃんって言ってわかる?」

「ああ」

「あのコ、助かったんだってね。命に別状はなし」

「ああ」

「でも、ママもパパも死んじゃった」

「ああ」

「大丈夫だよ。最近は義手の技術も発達してるし」

「ああ」

「アンタのことだから、くるみちゃんにかまってあげるんでしょ?」

「悪いかよ」

「悪くはないけど」

「けど、なんだ?」

「あんたはもう少し、立場を理解する必要がある。自分がどれだけ危険な状況に身を置いてるか、わかってる?」

「どういう意味だよ」

「私達は警察以上に犯罪と、犯罪者と敵対してる。そうである以上……ここまで言ってもわからない?」

「非公開かつ隠密の組織とはいえ、アホな連中に素性がバレちまったら、いよいよヤバいってことだろ?」

「まずはそこまでわかってるならいい」


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