19.マルカツ三号店
今日も伊織と行動をともにしている。
朝食はマックのマフィンとコーヒーで軽く済ませ、昼はとんこつラーメンを食べた。なにもすることがない。ということであれば、業務が生じたときにだけ呼び出してもらいたいと思うのだけれど、なぜか伊織おねえさまは毎日「働くよ」と言って、朝、迎えにくる。サボりぐせをつけないようにするための先輩なりの思いやりだろうか。いや、単に本人も暇つぶしをしたいというだけだろう。普段からもう少し仕事に追われてもいいのになあと、過去の経験から俺なんかは思う。だけど、こっちに案件が降ってこないということは、イコール、この界隈は静かで穏やかだという証左だ。安寧に平和。いつの世においても、そういったファクターは望ましいものだとされていい。
晩飯はなんにするか。そんな話をしていると、渋滞につかまった。スイフトスポーツは不機嫌そうに三速で進んだり止まったりを繰り返す。プルルルルッという無機質な高い音が鳴った。伊織のスマホだ。短い通話だった。伊織は路肩に車体を捻じ込んだ。一気にスピードを上げる。俺はアシストグリップに手をやった。
「なんだよ、いきなり」
「マルカツ三号店っていうスーパーで爆破事件」
「ああん?」
すかさず俺は、ナビを操作して目的地を入力する。
「爆破ってのは?」
「爆弾が炸裂したってことでしょ」
「当たり前のことを抜かすなよ」
「それ以外に言いようがある?」
「ねーな」
「飛ばすよ」
「あいよ」
伊織が駆る黄色い車は、勢いよく前へと進む。
目的地の周囲には検問が設けられていた。伊織が運転席の窓を開け、「『治安会』だよ」と身分証を提示した。制服警官は困惑したような顔。ウチの存在を知らないらしい。そうである以上、真っ当なリアクションだと言える。だけど、伊織に「いいから通しな」と強く急かされると、道路コーンをよけた。まったく、とことん頼りになる先輩だ。
高いビル群を正面にとらえる位置に、問題のマルカツ三号店はあった。伊織が警察車両の後ろにとめたところで降車した。三階まである建物。出入り口は二か所あるのだけれど、双方とも、瓦礫で塞がれている。あからさまな火薬の匂いが、ぷんと鼻をついた。
回転している赤色灯があたりを照らす中、くだんのスーパーを眺めていると、まもなくして、グレーのスーツに赤ネクタイの男が近づいてきた。能面のように白い顔。女顔。紅色の唇がやけに目立つ。気色の悪い野郎だなと、俺は感じた。
「連絡を受けました。『治安会』の方ですね?」
男はそう言うと、握手をしようと伊織に右手を差し出した。伊織はそれに応じず、かわりに「あんたの所属と名前は?」と問いかけた。
「公安のクボクラと申します。以後、お見知りおきを」
「公安が動くような事案なの?」
「『オープン・ファイア』ですよ。略して『OF』。ご存知ですか?」
「知らないわけがない。反体制だけをうたってるノンポリ集団でしょ」
「その通りです。過激派という枕詞は必要ですが」
能面がゆがむ。
クボクラとやらは微笑んだつもりなのだろうが、気色悪く映った。
「そいつらの仕業なの?」
「すでに犯行声明が出されている。間違いないでしょう」
「状況はもう済んでいるように見えるけど?」
「一度目の爆発のあと、二度目が起きたんです」
「二度目?」
伊織が疑問符を投げつけるような言い方をした。
俺もそうしたい気分だったので、自然と眉間に皺がいった。
「ええ。その二度目のせいで、内部に入ろうとした消防隊員らが出入り口付近で被害に遭いました。爆破により崩れ落ちた天井に圧し潰されたということです。まったく、連中はいつどうやって爆弾を設置したんでしょうね。まあ、起きてしまたった以上、その点について考えを巡らせることは無意味ですが。消防は迂闊でした。我々の到着を待っていれば、少なくとも、二次被害は防げたはずですからね」
「消防が入ろうとした時に、タイミングよく爆破が起こったの?」
「現象としてはそのようです。時限式の可能性もあれば、遠隔操作式の線も捨てきれない。困ったものですよ」
「で、アンタの仕事って、なに?」
「現場と現状の把握です。その上で、部下にはいまのままを維持するよう指示を出した次第です」
「ってことは、もう用済みじゃない」
「それはあなた方にも言えることですよ。『治安会』の出る幕ではない」
「言ってくれるね」
「事実を申し上げたまでです」
そんな二人の会話に、俺は「待てよ」と割り込んだ。
明確な怒りの前に、二人のやり取りに違和感を覚えた。
「おまえら、なにのんびりくっちゃべってんだよ。中にはまだ生存者がいるんじゃねーのか? ケガしてるヤツだっていんだろ。だったら、とっとと助けてやんねーといけねーんじゃねーのか?」
クボクラは口元を緩めて見せた。邪に映る顔だ。癪に障る笑みだ。
「消防が二次被害に遭ったと言いました。そうである以上、三発目がないとも限らない」
「裏を返せば、三発目なんてないかもしんねーってことだろうが」
「ですから、ないとは言い切れないんですよ」
「何度も言わせんな。中で助けを待ってるヤツがいたらどうするってんだよ」
「爆弾を仕掛けたニンゲンは、スーパーの関係者である可能性が高いでしょうね」
「そんな話はしてねーよ。おまえらはどう動くつもりだって訊いてんだ」
「建物が全部破壊されてしまうとありがたいですね。すべてがゴミの山と化してしまえば、もう爆破は起きないものと予測されますから」
「そうなったら、あとは死体を片すだけだってか」
「ええ」
「くそったれの考え方だな。クボクラさんっつったな?」
「はい」
「テメーなんて死んじまえ」
俺はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めた。そして現場に向かって駆け出した。
「朔夜!」
伊織の呼び止める声がうしろからした。だけど、そんなもの聞くかってんだ。
俺は建物の口を塞いでいる瓦礫の間を割るようにして、中へと体をこじ入れた。スプリンクラーが作動しているばかりで、ヒトの声は、しなかった。