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12.涙の帰路

 学校。休み時間はおろか、授業中でも私はぼーっとしている。スマホに彼からの連絡はない。まったくない。全然ない。ついには泣きそうになる。実際、目にはじわりと涙が浮かんだ。


 昼食の時間になって、窓際の最前列にある私の席のそばに、仲良しの真麻と陽菜が寄ってきた。二人は近所の机を使って自分達の席をこしらえる。陽菜は椅子にちょこんと座ったけれど、真麻は背もたれを前にして豪快に脚を開いた。


 真麻は「なんだか変な様子だから、そっとしといたほうがいいかなとも思ったんだけど」と前置きした上で、「理沙ってばどったの? 今にも泣き出しそうな顔しちゃってんじゃん」と不思議そうに言った。続いて陽菜が「実は男にでもフラれたとか? キャハッ」と場違いな明るい言い方をする。


「陽菜ちゃんよ、私をフッてくれる男なんていると思う?」

「いないと思うよ?」

「真麻クンは?」

「ま、フツウに考えると、いないんじゃね?」

「だけど、フラれちまったっぽいんだよぉぉ……」


 私は俯き、頭を両手で抱えつつ、そんなふうに情けないことを嘆くようにして告白した。真麻は「マジで?」と驚いたようだった。陽菜は「理沙ちゃんをフッちゃうなんてスゴいスゴいっ」と変に感心したようだった。


 真麻が「まさか、天下の草薙理沙様が敗れ去るとはなあ」とあっけらかんと言い、陽菜は「だよねぇ、キャハッ」とギャルっぽく馬鹿みたく笑ってくれた。


「っていうか」と真麻。「理沙、アンタはどんな男子に乙女心をときめかせたわけ?」

「男子ではないのです」私は答えるのである。「一回り近く年の差があるらしい男性なのです」


 真麻と陽菜が、揃って「えーっ!」と声を上げた。まさにびっくりしたのだろう。


「らしくないじゃん。オッサンになびいちゃうなんて」

「そうだよ。いくらなんでも、理沙ちゃんっぽくないよ」

「それでも、好きなものはどうしたって好きなんだよぉぉ……」


 真麻の冷静な「まあ、いいや。とりあえず、ランチにしよう」という呼び掛けに応じる格好で、私は「はい。そうします……」と、お弁当を机に広げた。今日も好物の卵焼きがおいしい。ありがとう。お母さん、もぐもぐ。


 私が「一回りも違うけど、ホント、いい男なの……」と呟くように発すると、真麻は「だから、なに?」と厳しい口調で問いかけてきて、陽菜はというと「どんな男? どんな男?」といった具合に興味津々といった様子なのである。


「とにかく、大きいの。胸板が分厚くて、二の腕もメッチャ太くて……」

「あんた、ムキムキマッチョが好きだったの?」

「実はそうのかな……。っていうか、ねぇ、真麻?」

「なに?」

「年がだいぶん離れてて、かつ多分、住む世界が違うヒトのことを好きになっちゃダメ?」

「ダメとは言わないよ。けど、色々とっていうか、メチャクチャリスキーな気がする」

「陽菜は? 同じような意見?」

「私は同年代じゃなきゃ嫌かなあ。ヴァージンもいまの彼にあげられてよかったって思ってるよ?」


 陽菜の感想はとても一般的なものであるように思える。でも私って、思えば同世代の男とやらにときめいたことがないのだ。いままでなんとなく「いいな」って思った相手も、年上ばかりだったように思う。


「そもそも、理沙はそいつとどうやって知り合ったわけ?」


 あるいは厳しいとも言える口調でそう言った真麻に対し、私は「それはまあ、紆余曲折ありまして……」と言葉を濁した。べつに言ってもいいのだけれど、説明するのはめんどくさい。


「私はやっぱり反対だね。おっさんの性欲に付き合ってやるなんて、考えられない」

「だ、だから真麻、そんなんじゃないんだってば。スケベ度MAXとか、そんな男じゃないんだってば。ホントに、すっごくかっこいいんだってば」

「だけど、とにかくやめといたほうがいいよ。これは友人としての忠告ってか警告。そもそもそういう場合って、男は淫行で捕まっちゃうんじゃね?」

「そこに愛があれば別でしょ?」

「わあ。愛だなんて、理沙ちゃんはスゴいことを言うんだね、キャハッ」


 キャハッである。

 やはり陽菜は「キャハッ」なのである。


 真麻は「諦めるつもりはないの?」と訊ねてきて、だから私は「諦めなくちゃいけないのかもしれないけれど、少しでも彼の心に隙間があるんだったら、そこに飛び込んでやりたいな、って……」と正直に答えた。


 すると真麻は「重症ですなあ」と言い、陽菜はらしくもなく、幾分、真面目な顔をして、「ホント、やめといたほうがいいと思う」と述べた。要するに、二人からは、肯定の文言もたまわれなかったし、背中を押してもらうこともできなかったというわけだ。




 六時間目を終え、帰りのホームルームが済んだ。三人並んで帰路をゆく。とぼとぼとした歩き方になった。いっそ、彼の自宅に押し掛けてやろうかと思う。でも、それをやってしまうと、いよいよ嫌われてしまうことにつながってしまうだろう。打つ手なしの状況に嘆息したくもなる。


「理沙ッちよ」

「なんでしょうか、真麻様」

「気分転換に合コンに出てみない?」

「段取りは組んであるの?」

「組んでないけど、私が言えばすぐに集まるよ。陽菜はどうする?」

「欠席。だって愛しの彼氏がいるんだもん、キャハッ」


 私は「どこでやるの?」と訊いた。真麻いわく「ま、カラオケボックスですわな」とのこと。「密室じゃん」と訴えると、「相手はオボッチャンズなんだから、おさわりされる心配なんてないってば」と返答があった。


「大丈夫、大丈夫。トラブりそうだったら、私が鉄拳制裁してやるから」

「それなら、行ってみよっかな……」

「ノってきたじゃん」


 でも、たとえ彼に見向きもされていないと言っても、その行為には罪悪感を覚えたのだった。心の中で「ごめんなさい」と謝ったりもしたのだった。




 赤い看板で有名なカラオケボックス。こっちの出席者は私と真麻の二人だけ。ブレザータイプの制服をまとった男は五人いる。さっきから顔を見られており、その次は胸に視線をくれる。スケベ野郎ばっかりだ。


 歌う順番が回ってきても、すぐにマイクを真麻に渡す。来なきゃよかったと思う。とてもじゃないけど気分転換になんてなりやしない。


 やっぱり彼のことばかりが頭に浮かぶ。とにかく愛おしいのだ。私には彼が必要だとすら思えるのだ。そんな感情を抱くこと自体が間違い? そのへん、ちょっとわからない。わからないけれど、大事なヒトであることには変わりない。だからこそ、彼にとっても大切なニンゲンでいたい。それって、わがままなことなのかもしれない。あるいは、大ピンチのところを助けてもらったことで、視野が極端に狭まってしまっているのだろうかと考えたりもする。だけど、いま、とてつもないつらさに苛まれていることは事実で……。


「真麻、もう出よう」

「えー。まだ一時間も経ってないじゃーん」

「とにかく出るの」

「仕方ないなあ」


 男どもをほったらかして、カラオケボックスを出たところで、真麻と別れた。

 私は右手の甲で涙を拭いながら、帰路についたのだった。


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