マウンドに雨が散る
今にも雨が降りそうだ。ゴロゴロと耳障りな重い音が、空から響いてくる。
土も幾分湿っている。この調子でいくと、午後の練習は中止になるだろう。
そんなことを考えながらバットを片付け、部室に戻ろうとしたときだった。
「おい」
監督の声に、周りの部員が振り返る。が、俺が呼ばれているのがわかると、足早に部室の奥へ引っ込んでいく。
話の内容は皆がわかっていた。
カーテンの隙間から、悲痛な視線が送られてくる。逃れるように、俺はグラウンドへ続くじゃり道に踏み出した。
「西澤はもう、決めたんでしょう?」
「……なんだ、知ってたか」
噂になってることくらい知ってるくせに。
「噂になってます」
「そうか」
監督の高い鼻筋の上に、汗が浮いている。ゴロゴロゴロ、雲が息巻く。
監督はずいぶん、疲れているように思えた。
「アイツ、いつから練習に戻るんスかね」
「今日の午後からちゅうことになっていたが。コリャ、無理だろうな」
「そうすねぇ」
二人して、空を見上げる。
「……おまえは、どうなんだ」
監督は目を合わそうとしなかった。
「いいのか、これで」
監督は、俺の右手をじっと見ていた。
ピッチャーマウンドから見えるアイツの姿が、さっと浮かんできた。
「……いや、それは、西澤が自分で決めたことだから」
「……そうか」
監督は少しだけうなだれた。
右手や、頭の芯がむずむずして気持ち悪かった。でも、どうしようもなかった。どうすることもできなかった。
「向こうに行くのは来月の第二日曜だから、それまでは、西澤に。あとは村田に引き継がせる」
監督の話を聞きながら、俺は風のにおいを嗅いだ。潮の香りがした。近くに海と、ランニングにも使うキレイな浜辺がある。
「わかりました」
返事をしたそのとき、北の空に稲妻が走った。グラウンドが僅かに照らされる。
まんなかに、ぽつんと、ピッチャーマウンドが浮きあがる。
……取り残される。
「か、監督」
雷鳴が轟く。
メットの中の、アイツの笑顔がよみがえる。
「あの、ホントは。すごく……」
西澤。もっと、わかっててほしかった。
マウンドに立ったときの、ミットの存在。お前のサイン。これが、どれだけでかいもんなのか。お前がどれだけ、俺の支えになっていたか。
俺は一人だ。お前が、いないと。
「……そうだよなぁ」
監督の声が遠くに聞こえた。 雨音がぱたぱた、俺の足元で響いて、消えていった。
読んでいただいて嬉しいです。
随分前に、ノートにしたためたものです。改変して投稿してみました。
「ぱたぱた」「消える」を使ったラスト一文は前にも書いたことがあります…もっと表現豊かにしたいものです。
もし感想などありましたら、よろしくお願いします。