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Summer Day   作者: Chie
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7月の甘い香り

 奈津は目の前のダンスに魅せられた。力強く大きくリズムを刻み、時々宙を舞う体。それでいて繊細で流れるように動く肢体。

「加賀くん・・・?」

そんなはずはなかった。今、加賀くんはグランドでサッカーをしている。

「・・・誰・・・?」

奈津は逆光に負けないように目を懲らした。

ガタン・・・

奈津は無意識に戸を開けていた。戸の開く音でシルエットの動きが止まった。着崩れた制服。汗で無造作にバラバラになった髪。荒い息づかい。そして、顔だけがこちらを向いた。光で顔が陰になってる・・・。眼鏡をしてない・・・でも・・・

「コウキ・・・」

奈津はつぶやいた。コウキがこちらを鋭く見る。奈津が自分のダンスを見ていた・・・。そう気づいたはずだった。でも、コウキは何の反応も示さなかった。奈津から目をそらすと、ダンスを踊っていた事実などまるで無かったかのような態度で、横によけられていた机を直し始めた。いつものコウキらしくなく、乱暴に。

「あ、手伝う・・・。」

コウキの態度の前で、そんな言葉しかでなかった。奈津はコウキと反対側の机から直し始めた。「あのダンスは・・・?」コウキに訊きたかった。コウキと話したかった。でも、奈津の知らないコウキがそこに居る・・・。あのダンスを踊っていたのは本当にわたしの知ってるコウキなんだろうか・・・。今、この教室にいるコウキは、いつもの穏やかなコウキではなかった。どこか荒れた、どこか投げやりな・・・そんな感じだった。重苦しい空気はが奈津に言葉を出させない。奈津が机を運び始めても、コウキは何も言わなかった。奈津は窓際に行くと、クーラーがついているので締めきってある窓に手をかけた。

「ちょっと、窓開けるね。」

奈津はその重苦しい空気をなんとか壊したくて、精一杯明るい感じで言った。奈津が窓を開けると、夏の熱風とともに風で巻き上げられていた砂埃も舞い込んだ。

「あ痛っ」

奈津は思わず右目を押さえた。砂の粒が奈津の右目に入ったらしい。奈津の声を聞いて、振り返ったコウキは、目を押さえている奈津を見て、思わず駆け寄っていた。

「大丈夫?」

奈津に駆け寄ったコウキの声はいつもの優しい声だった。さっきまでのどっか近寄りがたく荒れた感じのコウキではなく、津和野の時のコウキだった。奈津は急にドギマギした・・・。奈津は目を両手で押さえながら笑った。

「あ、こんなの大丈夫!だい・・・」

言い終わらないうちに奈津の目に当てていた両手の手首がコウキの手に覆われた。

「見せて。」

コウキは奈津の手首を優しく掴んで奈津の手を顔から離した。砂の入っていない左目にコウキの顔が映る・・・。いつも眼鏡の向こう側にある目が、今は何も遮るものがなく、そのままの目で奈津の目をのぞき込んでいた・・・。コウキの目は涼しげで綺麗だった・・・。奈津の体は固まってしまった。もう、声さえもでなかった。


 その時、頭の中で声が聞こえた・・・。

「ヒロのダンス、すっごい好きなの。」

「え~!なんでそんな冷たくするの~?少しくらい付き合ってくれてもいいじゃない?」

甘ったるい香水の香りまでも鼻の奥によみがえってくる・・・。

「痛い!痛い!目が痛い!ヒロ、行かないで。すっごく痛いの。キャー!」

迫真の演技だった・・・。さすが女優だった・・・。あまりの痛がりように不覚にも顔を近づけて目をのぞき込んでしまった・・・。大きく見開かれたその目には何も入っていない・・・。彼女はペロッと舌を出した・・・。そして、ヒロの顔を両手で挟むとこう言った。

「ねえ。わたしと付き合わない?」


「ふざけるな・・・。」

低い声でコウキが言い放った。それとともに、ちぎれるかと思うくらいに奈津の両手首を握るコウキの手に力が入る。


 コウキの頭の中が混乱する・・・。奈津の笑顔。何かを訴えてくる必死な顔。そして泣き顔・・・。奈津が暗い顔をすると、それだけでもうほっておけなかった・・・。それに、時々、こっちを見ている奈津の視線・・その視線にいつもドキマギさせられる自分・・・。でも、香水の甘ったるい香りが鼻の奥でよみがえると、違う映像が頭の中で流れ始めた・・・。サッカーの勝利を喜ぶ奈津と悠介・・・。雨の中、悠介を抱きしめる奈津・・・。そして、「奈津はオレのもの!」と言わんばかりのコウキを威圧する悠介の目・・・。その悠介に向けられる奈津の笑顔・・・。いつの間にか、奈津と女優の顔が重なっていた・・・。


「手玉に取るの楽しい?・・・お前、最低。」

そんな言葉がコウキの口から出ていた・・・。握っていた奈津の手を乱暴に振り払い、明らかに軽蔑した視線を奈津に向けた。そして、そのまま、奈津に背を向けると、コウキは机に置いていた眼鏡を掴み、鞄を肩にかけ、荒々しく教室を出ていった。ひとり取り残され、誰もいなくなった教室・・・。固まっていた奈津の体から力が抜け、奈津は崩れるように座り込んだ。目に入った砂を洗い流すかのように涙がツーッと流れる。奈津はコウキの眼鏡を外した切れ長の目を思い出していた。その綺麗な目は、まるで汚いものでも見るかのようにわたしを見た・・・。


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