森山清磁のデート(前編)
4月最後の日曜日。今日は午前中で部活が終わったので、午後は新菜とデートの約束をしてある。2人で遊んだことは春休みなんかに何度かあるけど、電車で出掛けたことはなかったので、デートらしいデートはこれが初めてだ。ちょっとだけ緊張する。
昼食をとってローカル線の小さな駅に着くと、丁度反対側から新菜がやって来るところだった。
彼女もこちらに気付いて、肩から斜めに掛けた小振りなバッグを揺らして駆け寄ってくる。
「こんにちは、清磁くん。待った?」
「いやどう見ても今来たとこでしょ」
「ああもう、余計なこと言わずに『今来た』だけ言えばいいのに」
「なんでよ」
「カップルのテンプレってやりたいじゃん」
新菜は少し拗ねたように言う。名前呼びの効果か、最近は前よりも距離が縮まった気がする。
「まあそう言わずに。これからいくらでもできるからさ」
「……そっか、それもそうだね」
気を取り直した新菜はSuicaをピッとやって、改札もどきを通る。おれもそれに続いて、ホームにつながる階段を上った。
今日の新菜は、上は白のレースブルゾン、下は紺のミニスカートを着ていた。いつも見ているのは制服姿なので、新鮮だ。
それに、
「今日、髪結んでるんだね」
「そうなの、どう? ポニーテール」
階段を上りきった新菜は、その場でくいっと頭を揺らした。それにつられて、テールが跳ねる。
「凄く可愛いと思うよ。服もよく似合ってる」
「そう? えへ、ありがと」
新菜はとても嬉しそうに破顔した。彼女の笑顔を見ると、自然におれも笑みがこぼれる。
「夏になったらポニテにしようかなって思ってるの。清磁くんには、一足先に見せてあげようと思って」
「光栄だよ」
構内アナウンスに続いて列車が到着した。おれたちは乗り込んで、座席に座る。
「空いてるね」
「まあ、微妙な時間帯だしな」
この後観る映画は15時20分上映開始となっていた。それに合わせて電車を選んだので、今は14時半。人はまばらだけど、一応端の方に座った。
「あれ、清磁くんって、何作目から観てるんだっけ」
「一昨年からだから、13個目からだね」
道中、おれたちは映画に関する話をしていた。ある漫画を原作にしたアニメの劇場版だ。毎年春に公開されているもので、以前新菜の家に遊びにいった時にコミックスが全巻揃っていたのを見つけたおれが話を振って、それが共通の趣味だと分かった。丁度4月に最新作の公開が予定されていたので、今日こうして観に行こうということになったのだ。
ターミナル駅で乗り換えて、一駅。改札を出て少し右に歩けば、すぐ映画館だ。
チケットを売っている窓口に2人で行くと、カップルシートというものを勧められた。二つ返事でそれを買って一枚新菜に渡すと、それだけで嬉しそうにニヤニヤしている。こういう時の彼女は、本当に可愛いなと思う。
飲み物とポップコーンを装備し、いざスクリーンへ。並んで座ったおれと新菜は、CMを聞き流しながらお喋りをする。
「新菜、今年のメインテーマってもう聴いた?」
「あっ、忘れてた……ごめん」
「いや謝んなくていいけど」
おれはこの作品のファンとして新菜よりも新米だけど、サウンドトラックに関してはおれの方が詳しい。この映画用に作られたメインテーマは既に動画サイトにアップされていたので、予習として聴いてきたのだ。
「でも、折角清磁くんが『音楽も魅力だ』って教えてくれたのに……」
「いいよ、どうせこれから流れる」
「……ん、そうだね」
新菜がそう言ったところで丁度照明が暗くなり、「盗撮しないでね」ムービーが流れ始める。
「じゃあ清磁くん、今からお口チャックね」
「わかってるよ」
しかし新菜は早速ポップコーンを食べた。いやまあ、確かにお口チャックって「食うな」って意味じゃないけど。
おれもポップコーンをつまみ、メロンソーダを一口飲んだところで、本編が始まった。