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西梨々香の再起


 校門から出ていく2人を見送ることしかできず、その場に立ち尽くしていると、私の前に回り込んでくる人影があった。


「西、何してんだよ」

「あ、伊吹……」


 小6の時の同級生の伊吹蒼人だった。今は私が2組で伊吹が3組なので、隣のクラスだ。だから普段は特に交流はないんだけど、この男とはちょっとした縁がある。

 

 私は伊吹の左腕の肘の辺りをひっつかむと、そのまま歩き出した。


「お、おい、なんだよ」

「森山と仁藤が一緒に帰った」


 私がそう言うと伊吹は大人しくなり、私についてきた。


「どっち?」

「真っ直ぐ、坂の方」


 この学校の西門を出ると、正面やや左に下り坂がある。私と伊吹はその坂をゆっくり降りていく。すると、さっき見送った2人の背中が見えてきた。私たちは距離を開けて彼らを追う。


 しばらくそうしていると、伊吹が不意に言ってきた。


「なあ、俺そろそろ方向違うんだけど、まだ追いかけんの?」

「……あんたはいいの?」

「いいっていうか、今更追跡してどうすんだよ」


 そう言われて、私は立ち止まった。


「確かにあん時はけっこうショックだったけどさ、もうくっついちゃったあいつらについてっても意味なくね?」

「………………」


 ……そうかもしれない。


 私は森山たちを追うのを止め、近くにあったガードレールの柱の部分に座った。制服が汚れちゃうけど、そんなことはどうでもよかった。


「伊吹、付き合わせてごめん。もう帰っていいよ」

「いや帰っていいよって、冷てぇなまた」

「え、だって特に用もないでしょ」

「……ちょっと、俺の話、聞いてくれるか」

「……別にいいけど」


 伊吹は私と同じように腰を下ろして、話す。


「知っての通り、俺は小6の時、仁藤が好きだった。卒業式の日にコクろうと思ってたけど、その前に森山とデキちまった」

「……やめてよ」


 私は伊吹の話を遮る。あの時のことなんて、思い出したくない。


 しかし伊吹は構わず続ける。


「あいつらが両想いだってわかった時、俺は本当に辛かった」

「……私だってそうだよ」


 何ヵ月も想いを募らせ、いざ勇気を出して気持ちを告白しようとした瞬間、本人は私以外の誰かを好きだったことがわかった。しかも同時に、私以外の誰かのものになった。それを、よりにもよって目の前で突きつけられたのだ。あの時の私にできたのは、成立したばかりのカップルに見つからないように退散することだけだった。

 

 本当なら、すぐに家に帰って部屋に籠り、泣きだしたいところだった。


「でもさ、お前のお陰でなんとか立ち直れたんだ」


 あの時あの場所にいたのは、私だけじゃなかった。私のすぐ近くで、伊吹も森山と仁藤の様子を窺っていたのだ。


 森山たちから逃げるようにその場を立ち去った私たちは、校庭の隅、木が何本か植えられていて小さな森のようになっている場所で、恨み言を言い合った。お陰で私たちは、とりあえず涙をこぼさずにいられた。


 その後、中学にあがってからも、何度かお互いに愚痴を言ったり、慰めたりした。そうやって、なんとか心を保ってきた。


 伊吹は数秒間を空けて、虚空を見つめる。もうだいぶ、暗くなってきた。


 ジジ、と音をたてて古びた街灯が辺りを照らした時、伊吹は再び口を開いた。


「……さっき、腕つかまれた時」

「……え?」

「あの時さ、俺、正直ドキッとした」

「は?」

 

 急に何を言い出したのだろう、こいつは。


「この何週間か、お前と話してて楽しかった。傲慢かもしれないけど、俺がちょっとでもお前の支えになれたんならって、それが嬉しいことに思えた」


 伊吹は立ち上がって、私の正面に来る。


 ひとつ息を吸って、伊吹は告げる。


「俺、西のことが好きだ。俺と、付き合ってくれ」

「……………」


 ……呆れた。ついさっき別の女子への好意について語っていたくせに、私に付き合ってときた。何を考えているんだか。


 でも、もっと呆れてしまうのは、私だ。伊吹にこんなことを言われて、少し心臓がうるさくなっている。


 私は数瞬迷って、こう言った。


「……ちょっと、考えさせて」


 その数日後、私たちは恋人になった。

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