仁藤新菜のトラウマ
清磁くんたちと別れて一人で駅に向かった私は、改札を抜けた後で立ち止まってしまった。
「なんか、随分人が多いような……」
そう思って電工掲示板を見ると、線路で発生した異音の影響で遅延が出ている……というか電車が止まっているらしい。ここはけっこう大きな駅なのでいくつかの路線が交わるのだけれど、運悪く私が使う路線だけが遅れているようだった。仕方ない。
「清磁くん、どこかで――」
暇潰しをしよう、と言いかけて口をつぐむ。そうだ、私は今独りなのだった。
別に誰かに聞かれたわけじゃないけど、何となく気恥ずかしくなって辺りを見渡す。すると、丁度人の少ない一角を見つけた。そんな所にいると後から来るだろう六花たちに見つかってしまいそうだけど、周りの人の邪魔にならないようにそこに移動した。多分、今はホームに行っても人がごった返していて、居場所がないだろうから。
今日は本や参考書は持ってきていない。私はスマホでゲームなんかをするタイプではないので、手持ち無沙汰にボーッとして電車と人が動くのを待つ。
そういえば異音と唯音って同じ音だな、などとどうでもいいことを考え始めた頃――
「ねぇキミ、一人?」
「あの路線使うんでしょ? 暫く動きそうにないからさ、俺らとどっか行かない?」
「この辺で休憩できる場所ならいくつか知ってるからさ、行こうぜ」
「え、あの、ちょっと……」
突然話しかけてきた見るからにチャラい金髪・茶髪の男2人組が、唖然としている間に勝手に話を進め、あろうことか私の手を引っ張ってどこかへ誘導し始めた。
「あの、すみません私、あの――」
「いいからいいから、俺らに任せとけって」
男たちは左右から私を挟み込んで歩いていく。何かスポーツをやっていたのか、2人とも体格がいい。加えて、私の腕を掴むその力も強くて、逆らえない。
――怖い…………!
私はそのまま引っ張られていく。このままじゃマズイ、と思い、私は今更ながら必死に抵抗を始めた。
「や、やめてくださいっ、私は――」
「――うるせぇ、静かにしろ。お前は黙ってついてくればいいんだよ」
急に声のトーンを低くして凄まれた。その態度の豹変ぶりに、私は再び怯む。うまく誘導されたのか、いつの間にか周りには人がいなくなっていた。ここは、どこ……?
ドサ、と壁に押し付けられる。金髪の男はそこで、誰かに電話をかけた。
「……ああ、女一人だ……」
耳にピアスをつけている茶髪の方は、ニヤニヤしながら私を見張っていて、その手は私の肩に置かれている。丁度物陰になる所で誰かに見つけてもらうことはできなさそうだし、私が自力で逃げることもできない。
――清磁くんっ……!
無意識に心の中でその名を呼んでから気付いた。形式的にとはいえ、私たちは先程別れたのだ。
それを認識した途端、背筋に強烈な寒気が走った。
前にも、似たようなことはあった。1度目は、葉山君。2度目は、1年生の時の文化祭。男の人に迫られたりすること自体は、初めてではない。
あの時は、清磁くんが助けてくれた。
でも今は、彼がいない。
――怖い……怖い、怖い、怖い怖い怖い………………‼
もう何も考えられなくなりそうになった時、誰かが金髪男の肩を掴んだ。
「やめろ、彼女はおれの女だ」




