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仁藤清磁の本気


「あ、おはよう、清磁くん!」


 3月上旬のある日、朝起きてリビングに行くと、エプロンをつけた新菜が元気に挨拶してきた。


「おはよう、新菜。ご機嫌だね」

「ふふん、それはそうだよ。なんたって今日は本気だからね」


 そう言って、新菜は鼻歌を歌いながら朝食の用意を続ける。


 新菜が言った「本気」とは、「本気のデート」という意味だ。まあ要するに、今日は一日中2人で過ごそうということである。


 お父さんとお母さんは、昨日から旅行に行っている。忙しくて新婚旅行も行けなかったので、たまには2人きりで遊びたいんだそうだ。そのお陰でおれたちも、2人きりだ。


 新菜の作ってくれた、ご飯に味噌汁という日本的な朝食を食べ終え、歯を磨いて1度それぞれの部屋に戻る。準備を整えたら、玄関へ。


「それじゃ行こっか、清磁くん」


 シューズボックスの上に置いてあった鍵を手に取るおれに、新菜が言う。おれは頷いて、ドアを開けた。


         *


「あのさ、新菜」

「なに?」


 家を出て早速腕を絡めてきた新菜におれは訊いた。


「今日もしかして、化粧してる?」

「え、嘘。わかるの?」


 あ、やっぱりしてたんだ。


「この前瑠奈に教えてもらって……でも、かなり薄化粧だよ?」

「まあ、新菜のことはいつも見てるし……綺麗になったことくらい、わかるって」

「綺麗になった? ホント?」

「本当だよ。服もよく似合ってる。正直、玄関でその姿見た瞬間、抱き締めたくなった」


 今日の新菜は、上はニットのセーターに白いロングカーディガン、下はフレアスカートとタイツ……ストッキング? でキメている。普段見るのは制服か、だらしなくはない程度の部屋着なので、めちゃくちゃ可愛い。


「えへ、ありがと」


 こんな会話も今まで何度もしているのにちゃんと喜んでくれる新菜。好きです。


「でもやっぱり、いつもは化粧してなかったんだね」

「してないよ。周りにはしてる友達もいっぱいいるけど」


 まあぶっちゃけ、うちのカノジョはすっぴんでも可愛いけど。


 おれたちの今日最初の目的地は、カラオケだ。そういえば2人で行ったことは1度もないので行こうという話になった。おれも新菜も芸術は音楽選択なので、歌にはそこそこ自信がある。


 カラオケに到着して、個室に入る。腰を落ち着ける前に、新菜は羽織っていたカーディガンを脱いでハンガーにかける……と、身体のラインが露になった。そろそろ高3になるけど、新菜の胸は未だにBカップの域を出られない。形的には超美乳なんだけどなあ。


「ちょっと、清磁くん?」

「あ、ハイ」


 顔を赤らめながらの新菜に睨まれる。やべ、見てたのバレた。


 中学の頃は女子の身体になんてそんなに興味がなかったおれも、最近はついそういうところに目線がいってしまう。実は新菜と一緒に暮らすようになってからは、自分で処理することも多々あった。


「もう……そういうのは、後でね。今はこれで我慢して」


 ちゅっ、と、頬にキスされた。……そんなことされたら余計にドキドキするんですが。


 気を紛らすためにおれも着ていたジャケットを敢えてゆっくり脱いでハンガーにかけた。座って深呼吸して……あ、隣に座った新菜の匂いがする。逆効果だった。これはもう、仕方ない。


「新菜、ごめん」

「ひゃっ」


 誘惑に負け、新菜を抱き締めること数秒…………。おれは新菜から離れて、選曲用の端末をテーブルに置いた。


「よし、歌おう!」

「うん、そうだね」


 クスッと笑って、新菜は曲を探し始めた。この笑み、多分おれの心の動きが手に取るようにわかったってことなんだろうな。


 新菜の歌は、上手かった。

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