仁藤新菜のガールズトーク
高校の修学旅行が終わって少し経った12月の初め、私はとあるカフェにいた。
「はい、八ツ橋。堅い方だけどね」
「ありがとー!」
「唯音にも」
「うん、ありがとう」
今この場にいるのは私の他に、六花、唯音、そして瑠奈だ。文化祭以来、私たちはちょくちょく集まって遊ぶことがある。今日は修学旅行のお土産を渡すという名目での女子会だ。
因みに瑠奈が唯音・六花と知り合ったのも文化祭の時だ。うちの文化祭でも人気のある吹奏楽部の演奏の後、私たちに合流したのだ。
「よし、お土産ももらったし……新菜!」
「は、はいっ」
突然六花に指名されて、声が裏返った。それに続いて瑠奈がニヤニヤとした顔を私に向ける。……なんだろう。
「もりりんとのロマンスについて語ってください、どうぞ!」
「え、えー……なんで急に?」
「急じゃないでしょ、修学旅行の定番だよ!」
修学旅行はもう終わったんだけどな……でも、六花と瑠奈は目を輝かせているし、普段大人しい唯音も心なしかウキウキしているように見える。
「それなら、瑠奈だって彼氏いるじゃん」
「誤魔化そうとしてもそうはいかないよ新菜……私と違って、新菜は修学旅行でももりりんと一緒だったではないか!」
瑠奈のテンションがおかしい。
「それに……聞いたところによると新菜さん、旅行中の11月25日、バースデーだったらしいじゃないですか。おめでとう」
「おめでとう!」
「あ、おめでとう」
1拍遅れて唯音。瑠奈の時には盛大にパーティーしてあげたのに、薄情な……。
まあでも、話さないわけにはいかなそうだし……そんなに聞きたいなら、私のカレシの惚気話、聞かせてあげましょう。
*
「それでね、クラスが違うから班も違うんだけど、夕方に東福寺で遭えたの。私は知らなかったんだけど、清磁くんは意図的に日程をバッティングさせてたみたいで」
「……夕方ってことは、紅葉が綺麗そうだね」
「唯音、いいこと言った! 綺麗だった?」
「もちろん。後から聞いたら清磁くんもそれを狙ってたんだって」
「それが3日目だったんでしょ? つまり、その日は25日……」
「うん、周りに知り合いがいなくなったタイミングで、『誕生日おめでとう』って、これをかけてくれたの」
そう言って私は、胸元に輝く銀色のネックレスを掲げた。私の好みに合わせて、清磁くんはあまり派手過ぎないものを選んでくれた。華美ではないけど、これを身に付けるだけで少し大人になったような気になれる。
「……やっぱりそれ、森山君からのプレゼントだったんだ」
「意外とセンスいいね、よく似合ってる」
「いいな~、そんなシチュエーションで恋人から誕プレなんて」
唯音、瑠奈、六花が口々に感想を言っている。私と清磁くんがいっぺんに褒められているようで、私も気分がいい。
「はぁ~、新菜と森山君は本当ラブラブだね。私にも素敵な恋人ができる日はくるんでしょうか」
六花が机に肘をついて嘆息する。私は嫌味にならないように言った。
「六花ならできるよ。多分、身近に六花のこと好きな人もいるだろうし」
一応、根拠はある。私は文化祭の日、彼女に特別な視線を送る人がいるのを知ったのだ。
「……だったらいいね」
しかし六花は、アンニュイな表情でもうひとつ息を吐き……隣に座る唯音を見た。
「唯音も、そろそろ春が来そうだもんね?」
「えっ、そうなの?」
六花が唯音に言うと、瑠奈が驚きの声をあげ、次いで唯音が頬を染めた。これは……。
「唯音、誰か好きな人いるの?」
私が訊くと、唯音は一層肩を縮こまらせながら頷いた。
「へー、そうなんだ! どんな人?」
「ひ、秘密……っていうか、わたしたちより瑠奈ちゃんの話聞かせてよ彼氏いるんだから」
興味津々な瑠奈に、唯音は彼女にしては異常な饒舌さで話を逸らした。
「えー? しょうがないなー」
そして瑠奈は嬉々としてそれに乗った。
「どんな話聞きたい?」
瑠奈の問いに、六花がやや真剣な表情で手を挙げる。
「初っぱなからこれどうかと思うんだけど……今後のために。彼氏さんと付き合ってて、辛かったことってある?」
「あー、いきなりそれかー……」
瑠奈は出鼻をくじかれ、苦笑する。それでも、六花が恋に悩んでいそうなのはさっきわかっていたので、彼女は真面目に答えてあげた。
「辛かったっていうか、今もなんだけど……リョウ君、えっちがすごく巧いんだよね」
途端、唯音が顔を赤らめた。私も似たようなものだと思う。
そんな中、六花は恥じらいつつも、冷静に問いかける。
「で、でもそれって、むしろ良いことじゃないの?」
「……まあ、そうかもしれないけど。でも、巧いってことは、リョウ君がそれだけ経験豊富だってことなんだろうからさ」
「ああ、なるほど……元カノに嫉妬、みたいな?」
「そうそう。リョウ君は別に元カノの話とかしないし、私も聞かないけど……たまに、モヤモヤすることがある」
…………微妙に空気が重くなった。
数秒、無言の時が流れる。それを払拭しようとしたのか、瑠奈は急に私に話を振ってきた。
「そ、それより新菜は!? もりりんとどれくらいのペースでシてるの!?」
「ええっ」
「あ、私も気になる」
「……………………」
話題を変えるにしても、もっとマシなのはなかったのだろうか。これじゃ私が恥ずかしすぎる……しかもよく考えたら話題は変わっていない。
「えっと、その……」
言い淀む私にしかし、六花と瑠奈からは話せオーラをひしひしと感じる。唯音も、話を遮らないということは興味があるのだろう。……まあ、女子だけだとこういう時もあるよね。
私は観念した。
「……週に1回くらい」
……あれ、六花と瑠奈は黄色い声で叫ぶだろうと思ってたのに静かだ。
「え、それだけ? 一緒に住んでるんでしょ?」
「私も、1日3回くらいしてるのかと思ってた」
ああ、そういうことか。
「そんなことないよ。私も清磁くんも普段は別々に勉強してるから」
「うわ、真面目」
「やっぱり、偏差値高い人って、ちゃんと勉強してるんだね」
六花と唯音からの感想。
「そんなに大したことじゃないよ。自堕落にならないように気を付けてるってだけで」
「それが実行できるのが凄いよ。私はリョウ君と学校以外で会った日はいつも……あ」
言いかけた瑠奈を六花がニヤニヤしながら見ている。それに気付いた瑠奈は吹っ切れたのか、とんでもない方向に話を持っていった。
「──ところで新菜、もりりんのは飲みやすい? 因みにリョウ君のは飲みやすい」
「ぷっ」
唯音が吹き出した。こういうの、わかるんだ。
「ちょっと、なにいきなり……」
「私もそれ興味あるな~」
「……わ、わたしも」
ついに唯音も乗ってきた。ああ……。
「どうなの新菜?」
「どうなの新菜?」
「どうなの新菜?」
3人が順に繰り返す。……ああ、もうどうにでもなれ。
「飲みやすいかどうかはわからないけど、私は飲むのもかけられるのも大好きです!」
やけっぱちになって言い放った。今度こそ黄色い声が木霊した。




