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森山清磁の家族


 翌日、葉山は物凄く申し訳なさそうに謝罪してきた。意外なことに葉山は萩原の他に恋人ができたことはなく、いっぱいいっぱいだったそうだ。それにしたってあの行動は酷いと思うけど、かなり反省していたし、萩原にはあっけなく振られたそうなので許してやった。まあ、昨日は実害が出る前におれが止めに入れたし、あの後新菜の家に直行してそのままセックスしたので、おれと新菜の関係にもダメージはない。直行というより直交だ。


 冗談はともかく、新菜とはちゃんと愛を確認し合ったし、葉山とはとりあえず和解した。だけど、葉山はどこか元気がなくなったように見える。


 そんなことがあってから1ヶ月経って、10月の下旬。生徒会選挙の結果、生徒会長は中川先輩、副会長は藤原先輩に決定した。


 王帝の生徒会では会長と副会長が選挙で選ばれ、他の役職はその2人に承認される形で決定される。また、今回の立候補者は会長も副会長も1名のみだったので、中川先輩と藤原先輩の信任投票のみで終わったのだった。


 2人の先輩にとって大事なイベント──藤原先輩なら「別に大したことじゃない」とか言いそうだけど──が無事に終わったその日の夜、おれと新菜にも重要な用事があった。そう、折に触れて話題になっていた、アレである。


          *


「……それではまずこちらから。仁藤惣司です。聞いているかもしれないが、出版社で編集をやっている」


 おれの斜向かいの席で、顎ひげと頬ひげを生やしたダンディなおじさんが自己紹介する。体格もゴツめで、少し嗄れた声をしている、なかなか男らしい人だ。


「仁藤新菜です。華の女子高生です」


 ほんの少しだけ緊張の色を浮かべる惣司さんと違い、リラックスした……というより、ちょっと楽しそうな新菜が名乗る。普段は自分で自分を「華の女子高生」なんて言いそうにないだけに、心のうちが手に取るようにわかる。


「じゃあ、次はこっちね。森山京子です。塾で講師をしています」

「森山清磁です。えーっと、高校生です」


 流石に「華の男子高校生」は寒くて言えなかった。そんなおれの内心を察したらしい新菜が、眉をピクッと動かした。笑いをこらえているな。


「えー、既に知らされていると思うが、俺と京子さん……君のお母さんは、しばらく前から交際していた」

「はい」


 確かに既に知っていたけど、一応殊勝に相槌を打っておく。


「そして今日こういう場を設けて、新菜と君さえ良ければ、俺たちは、結婚したいと思っている」

「はい、聞いてます」


 つまり、そういうことだ。


 夏休みが明けたちょっと後、おれよりも早く帰宅していた母から聞かされた話は、こんな内容だった。


 母には、以前から付き合っている男性がいる。仕事を通して知り合った人で、相手も子持ちの、今は独身。その子供というのが、いつかおれに知っているかどうか訊いてきた仁藤新菜だ。


「結婚したら、一緒に住むことになると思うけど……2人は同い年だし、今更生活環境がそういう風に変わるのが嫌だったりしたら、そう言ってくれていいのよ」


 母はそう言ったが、まさか嫌なわけがない。この日の話の切り出し方は「大学行きたいでしょ?」からの「結婚すれば経済的にも楽になって選択肢が広がる」みたいな感じだったのだけど、そんなセコい話術を使わなくても、おれが断るわけはなかった。


 で、同じ日に新菜の方も再婚の話をされていて、双方の家族の顔合わせの場がやっと整ったのが、今日というわけだ。


「新菜と清磁君は学校が同じだから、紹介の必要はないな」


 惣司さんが念のため、確認をとる。おれと新菜が頷くのを見た惣司さんは、最後のステップに入った。


「それで、どうだ清磁君。俺と会ってみて、家族になってもいいと思ってくれるか」

「新菜ちゃんも、どうかしら」


 まずはおれが即答した。


「おれは全く問題ないです」


 言葉の選び方や身のこなし、それに今いる和食のお店のセンスといい、完璧だ。というかそもそも、人柄はある程度新菜から聞いているし。


「私も良いと思います」


 おれに続いて新菜がそう言ったことで、2人の大人は安堵の溜め息を吐いた。


「それじゃあよろしくな、清磁君」

「よろしくね、新菜ちゃん」

『はい』


 話が一段落したので、おれの、そして今日から新菜のお母さんは立ち上がり、個室の襖を開けて料理を運んでくるよう頼もうとする──のがわかっていたおれは、その素振りを見せたお母さんに「ちょっと待って」と掌を向ける。


「どうしたの、清磁」

「この場を借りて、おれも話しておきたいことがあってさ」

「……?」


 お母さんは怪訝そうな顔をしながらも、座り直す。ああ、気をつけないとニヤニヤが表情に出てしまいそうだ。今日までバレなかったのが奇跡みたいだな。


「実はおれにも、長いこと付き合ってる女の子がいるんだよね」

「えっ……」


 お母さんの表情は一気に驚愕に変わる。まさかとは思うけど、「うちの息子に彼女なんているはずが……」という意味じゃないと信じたい。


「あ、そうよね、清磁だって高校生になったんだからそんな話だってあるわよね……」


 大人組は「でもどうして今そんな話を?」という顔になる。そのタイミングを見計らって、今度は新菜のターンだ。


「そして私にも、以前からお付き合いしている人がいます」


 それを聞いた途端、新菜の、そして今日からおれのお父さんが「まさか」という顔になる。いや、今夜はみんなの感情がよくわかるね。まだお母さんは気付いてないみたいだけど。


 おれと新菜は1度目を合わせ、そして同時に言った。


『その恋人の名前は──』


 料亭にお母さんの驚愕の絶叫が響き渡った。

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