仁藤新菜のデート(後編)
書店を出た私たちは、本の入った袋を持って近くの喫茶店で休憩することにした。少し休んだら、また電車に乗って帰る予定だ。
「そういえば新菜、最近お父さんが帰ってこないことってあった?」
ブラックコーヒーを啜った清磁くんが訊く。映画館ではいつもメロンソーダなのに、普段はコーヒーを飲むらしい。私は彼のそんなよくわからないところも好きだ。
「しょっちゅうだよ。時期にもよるみたいだけど」
「あ、そっか。そうだった」
私の父は仕事が忙しく、ばらつきはあるものの、平均すれば5日に1日くらいは帰ってこない日がある。
「何かあったの? 急にそんなこと訊いて」
「……この間さ、家に帰ったら置き手紙があって」
「何て書いてあったの?」
「まあ、『今夜は帰らないから、朝ちゃんと起きてね』みたいな」
「ああ……なるほどね」
この話題、もう年単位で触れられてるのに、なかなか進展を見せない。それがやっと、動き出したということだろうか。
「そういうことかどうかわかんないけど……もしそうだったら、楽しみだね」
「うん、本当に」
そんな偶然あるのかとは思うけど、お互いがお互いの親に「森山清磁(仁藤新菜)って知ってる?」と訊かれたという事態が既に起こっているのだから、あり得ないことではない。まあ、ささやかな夢といったところだ。
「でも、仕事ばっかりしてたおれのお母さんもちゃんと『一人の女』をやってたんなら、それは嬉しいな」
「……清磁くん、言い方やらしい」
「いやだってさ……ていうか、新菜だってしてるじゃん」
「…………まあ、そうだけど」
清磁くんはニヤケを隠さずに言う。彼氏じゃなかったらセクハラですよ、もう。
そう……私は確かに、「女」をやっている。
外村君に告白された翌日の放課後、私は清磁くんとベッドに入った。
あの後清磁くんは鞄を玄関に放置したまま、赤面して固まっていた私をお姫様だっこして、私の部屋に運んだ。それから制服を脱がされ、私たちはひとつになった。
彼は私を、時間をかけて解きほぐしていった。キスは激しかったけど愛撫は優しくて、私は繋がる前、恥ずかしいほど濡れていた。そのお陰で破瓜の痛みは弱く、最後には清磁くんとともに昇りつめた。
それからすぐに夏休みが始まったこともあり、私たちは既に何度も枕を共にしていた。社会研究部で部誌を作るという活動がなければ、そんな日々だけで夏休みを終えてしまっていたかもしれない。部活のために調べものをする必要があったのと、学校に集合して実際に部誌を作成することになっていたのをきっかけにして、私たちは自らに歯止めをきかせることができたのだった。
清磁くんは今、カップを持ちながら窓の外を眺めている。私は彼に、できるだけ遠回しに訊いた。
「ねえ、この後、うちに来る?」
清磁くんは私に顔を向けて、一瞬黙って……訊き返してくる。
「……新菜は、来てほしい?」
……これは、私の質問の意味を理解しているのか……いるんだろうなあ。
最近、やはり愛し合ったことの影響なのだろうけど、私たちカップルの息は前よりも合っている。私が込めた言外の意味も、きちんと汲み取っているのだろう。
私は目を逸らしながら答えた。
「来てほしい」
清磁くんは柔らかくにっこりと笑って言う。
「じゃあ、帰りに薬局寄っていかなきゃだね」
私たちは荷物をまとめ始めた。




