外村亮介の光
夏休みまであと1週間ほどになった今日、オレと仁藤さんと田中は、塾の玄関前に集まっていた。
今日は高校講座の終講日だ。オレたち3人はこの日で頭翼鳴学院を辞めることになっていた。
「もしかしたら、これが今生の別れになるかもな」
「そういう言い方すると、寂しいね」
「……2人は中学の同窓会とかで会うんじゃないか。オレは中学違うけど」
「それもそうだな。でも殆ど顔合わせなくなるだろ」
言ってることの割に、田中は寂しそうな素振りを見せない。名残惜しさの欠片も感じさせずに鞄を持ち直して、オレと仁藤さんが帰るのと反対側に歩き出した。
「それじゃ仁藤に外村、じゃあなー」
「うん、さようなら」
「……じゃあな」
田中が去り、その場にはオレと仁藤さんだけになる。
「私たちも行こっか」
「……ああ」
オレたちは帰り道を歩き始める。横断歩道を渡り、人通りの少ない夜の住宅街へ。少し直進して、オレと仁藤さんの分かれ道。
「じゃあ外村君、またいつか──」
「待ってくれ」
オレは言いかけた仁藤さんを遮る。
「……どうしたの?」
仁藤さんは不思議そうに首を傾げた。それに合わせて、ひとつに結んだ髪が揺れる。彼女は去年も、夏は髪を結んでいた。
「あ、あのさ……オレ、に、仁藤さんに言いたいことが、あって」
「なに?」
──今を逃せば、多分もう、オレが仁藤さんと会うことはない。
さっき田中に言った通り、オレは彼女と通っていた中学が違う。だから、今言うしかない。
「……実はオレ、塾の体験授業の日に、仁藤さんを見かけたんだ」
「うん……?」
「その時オレ、仁藤さんのこと、本当に……か、可愛いと思った」
「え……あ、ありがとう」
そこで、彼女の表情は疑問から戸惑いに変わった。オレは構わず話す。
「それからずっと、仁藤さんのこと、気になってた」
そして、一緒に帰ったことがあって、高校生になってからは会話する機会も増えて、オレは──
「オレは、仁藤さんのことが好きだ。よかったらオレと、つ、付き合ってください」
なんとか、言い切った。
無意識のうちに目を閉じる。果たして、返ってきた答えは──
「……ごめんなさい。私、恋人がいるので」
「……そうか」
……まあ、半分くらいは覚悟していた返事だ。こんなに可愛くて人当たりも良い子なんだから。
「わかった……ごめん、変なこと言って」
「えっと……」
「じゃあ、彼氏さんとお幸せに」
オレは彼女が何か言う前に踵を返して、駅に向かう。そうして初めて、さっきまで自分が街灯の下に照らされていたことを知った。
今オレは夜闇の中を歩いている。少し向こうにまた街灯がひとつあることに、なんだか安心した気持ちになった。




