森山清磁の欲求
「あ、藤原先輩だ」
7月。おれが新菜と一緒に校門まで歩いている途中、王帝高校の制服姿の藤原先輩……と、その友人らしき人たちが向こうからやって来るのが見えた。
先輩もこちらに気付いたらしく、軽く手を挙げ、おれはそれに会釈で応える。その様子を彼の横で見ていた、なんかめちゃくちゃ美人な先輩が今度は新菜に気付き──
「おーい、新菜ちゃん!」
と大きく手を振った。そしてそのまま、新菜の方へ駆け寄ってくる。
「久し振り! 元気だった?」
「はい、中川先輩。先輩も変わらず元気そうですね」
久闊を叙す新菜は、いつか言っていた通りこの先輩を尊敬しているのか、やや大袈裟に抱きつかれても文句を言わずに受け入れている。
「この子、お前の彼女?」
「あ、藤原先輩。そうです」
他にも男女数名を引き連れた藤原先輩が新菜を見て言う。
「ふーん。可愛いじゃん。やるね、森山」
「まあ、恋人には恵まれたと思います。ところで藤原先輩、今日はどうしたんですか?」
藤原先輩も中川先輩も、中学校は去年卒業している。多分、周りの知らない人たちも同級生なんだろうけど。
「俺らが遊びに行こうぜって誘ったんだ。遼太郎はこういうの、付き合いいいからな」
おれの疑問に、藤原先輩と一緒にいた1人が答えてくれた。高校生になっても、中学に遊びに来ることなんてあるんだ。
「そういうこと。テスト期間で、こいつら皆暇だって言うからついてきてやった」
「小山先輩!」
グラウンドの方から突然、こっちに叫ぶ声があった。陸上部の方から1人、男子生徒が走ってくる──あ、同じクラスの金崎広樹だ。
広樹はさっき質問に答えてくれた先輩にタックルする勢いで挨拶した。
「久し振りっす! どうしたんですか!?」
「またそれか。あのな──」
新菜はまだ中川先輩……と、誰か知らない女の先輩と話しているし、広樹は小山というらしい先輩と話しているし、一気に場が賑やかになった。
「そういえばお前、野球部は?」
体操着を着てまだ現役の広樹から連想したのか、藤原先輩はおれに訊いてきた。
「6月に終わりました。2回戦負けでしたけど、優勝候補相手に善戦できたので、悔いはないです」
「じゃあ、彼女も引退してんの?」
「はい。でも、今までで一番シュート極ったから嬉しかったって言ってました」
「ふうん」
自分から訊いておいて興味なさげな先輩だった。ほんと、いつでもクールだ。
「ね、新菜ちゃんの彼氏くんは、名前なんていうの?」
新菜を伴って中川先輩がこっちに来た。
「森山です。森山清磁」
「森山くんね~。ね、新菜ちゃん可愛いでしょ」
「それはもう、この上なく」
「ちょっと、先輩……」
新菜は中川先輩に抗議するけど、表情は嫌がっていない。仲良かったんだろうな。
「え、まだ好きなの!?」
おれたちが4人で談笑していると、広樹と何やら真剣なムードで話していた小山先輩が、突如大声でそんなことを言った。それに対し、広樹は見るからに顔を青ざめさせた。
「小山先輩、マジでちょっと……」
「ああ、悪い……」
ふと、新菜が広樹の方を見つめているのに気付いた。その相貌は、悲しげだ。
「新菜、どうしたの?」
「あ……あの、金崎君、やっぱり好きな人いるんだなって」
「やっぱりって……知ってたの?」
「知ってたっていうか……日和が、叶わないって言ってたから……あっ」
新菜は、しまった、という顔をした。……ごめん、ばっちり聞いちゃった。
新菜は溜め息をひとつ吐いて、仕方ないといった風に語る。どうでもいいけど、新菜の溜め息ってどこかセクシーだな。
「ずっと片想いしてるんだって……昔何かあったらしくて、いつも、辛そうな顔して金崎君のこと見てる。告白でもできれば吹っ切れるのに、って日和は言ってた」
そこで、黙って日和の話を聞いていた藤原先輩が、考え事をするように顎に手を当てた。
「……森山。あの金崎ってヤツと仲良い男子、誰か知ってるか?」
「広樹と仲の良い男子……それなら、浅間志貴ってヤツが一番だと思います。広樹とも3年間同じクラスだし」
「わかった。ありがとう」
そう言って藤原先輩は校舎の方へ1人で行ってしまった。中川先輩と同じ制服を着た先輩が、それを追いかける。
「藤原先輩、何しに行ったんですか?」
「なんだろうね。遼太郎は友達想いだから」
中川先輩はそう言ったけど……意味がわかりません。つまり教えるつもりはないってことだろう。あるいは、中川先輩にもわからないのか。
「ありがとうございました、小山先輩」
「おう、またなー」
広樹がグラウンドに戻って行ったのを確認して、中川先輩も、
「それじゃ、私たちも行くから。ばいばーい」
と言って、手を振りながら藤原先輩の後を追った。
「藤原先輩と中川先輩の美男美女が並ぶと、オーラが凄いね」
先輩たちの背中を見送りながら、新菜が呟く。
「そうだね、確かに藤原先輩はイケメンだね」
「……あれ、清磁くん、妬いてる?」
「そんなことはないよ。藤原先輩がカッコイイのはよく知ってるし」
「やっぱり妬いてる……」
「違うって。ただ、ああいう人はモテるんだなあって思っただけ。きっとカラダだけの関係の人とかも──」
「……っ」
新菜が顔を赤くして押し黙った。
──あれ? おれ何でこんなこと言ったんだろう……。
今まで、あんまりそういうのに興味なかったのに。
「せ、清磁くんも、そういうことしたいって、思うの……?」
俯いて視線を合わせないまま、新菜は小声で尋ねる。
「おれは…………」
──どうなんだろう。




