伊吹蒼人の就寝前
時は修学旅行2日目の夜、男女をそれぞれ半分ずつに分けた、その男子部屋のひとつでの会話。
「じゃあ理玖、中学の間だけで3回告白されたの?」
「うん、まあ」
「すげぇなそれ。でも全部断ってんだろ?」
「引退するまでは部活に集中したいから」
「でも清磁は部活と女、両立してるぞ」
「女って言わないでよ……まあ、新菜も部活やってるし。じゃあ理玖、部活終わったら誰かと付き合うの?」
「あ、ねえ清磁、仁藤さんとはどこまでいったの?」
「話逸らした……?」
「でもそれ俺も気になるな」
「えー、どこまでって?」
「誤魔化してんじゃねぇよ、もうやったのか?」
「どうなんだ清磁!」
「やったって何を?」
「うはー! 純情だ!」
「セックスに決まってんだろ! でもその反応は、まだってことか?」
「……そっか、普通はするもんなのかな」
「そりゃするだろ、もう2年以上だろ?」
「うーん、でも……特にしたいと思ったことないしなあ……」
「まあそういうのは人それぞれだと思うよ。2人のペースでやっていけばいいんだよ!」
「理玖……そうだよね。流石、智輝とは言うことが違う」
「どういう意味だこら」
「智輝、今日は地図係なのに迷ってたもんねー」
「うるせ、最終的にはなんとかなったんだからいいだろ」
「方角わかったの清磁のお陰だけどね」
「く……」
「あの時の仁藤さん、清磁をキラキラした目で見てたよ。あういうのって本当可愛いよね」
「キラキラした目で見てたんだ……いや、なんか嬉しいね」
「俺をダシにして恋バナすんなよ……」
部屋にいる者のうち半分は寝静まっていたが、起きている者たちは布団の近い者同士でこそこそと話している。殆ど全てが恋愛に関する話だ。
俺は寝たフリをして、それらを聞いていた。
やれ何回コクられただの、やれどんなデートをしただの……あれから、浮いた話や、その上友達というものにも殆ど無縁の俺には、聞きたくないことばかりだ。
今思えば、本当に愚かなことをした。西と交際していながら仁藤への想いを再燃させてしまったことや、仁藤を奪おうとした俺とそれでも友達でいてくれようとした森山を拒絶したこと。ちゃんと告白して振られたのはあの時が初めてだったから、想像以上にショックを受けていたのだ。
そうして、俺は友人関係と恋の展望を失った。だからこそ、どうしても皆の話が気になってしまう。仕方なく俺は会話に混ざることもなく、独り寂しく布団の中で耳を澄ます。
天井の木目が、そんな俺を嘲笑うように見ている気がした。




