森山清磁の関西到着
「わ! 見て見て清磁くん! 鹿、鹿さんだよ!」
バスを降りてすぐ、新菜は歓声をあげた。
6月の頭、うちの中学校の修学旅行の行き先は、今年も例年通り西日本だ。2泊3日の旅行のうち、初日の今日はクラスで全体行動となっている。新幹線からバスに乗り換え、今は集合写真を撮るために奈良公園に到着したところだ。
「凄い、寄ってきた! 日和、行ってみよ!」
「あ、うん」
新菜は同じ班ということで一緒に行動していた佐藤日和の手を引いて、鹿を撫でに行く。佐藤とは、初詣の日に見かけた女の子だ。
それにしても、今日の新菜はハイテンションだな。はしゃいでいるところも可愛い。
そう思って彼女を眺めていると、同じことを考えたらしい男がおれの隣でボソッと言った。
「お前の彼女、すげぇ可愛いな……」
「智輝……新菜はやらんぞ」
「清磁、目が怖いぞ」
つい睨んでしまった。でもおれは悪くない。
「うん、確かに可愛い。羨ましいなぁ、清磁」
こっちは雨野理玖。陸上部に所属していて、おれが同じクラスになったのは今年が初めてだけど、そう思わせないくらい気さくでフレンドリーなヤツだ。
「だよね。自慢の恋人だよ」
「なあ清磁、俺と理玖とで反応が違くね?」
「森山、田中、雨野、こっち来い、写真撮るぞー。森山は仁藤と佐藤もつれてこーい」
撮影のため整列を始めていたクラスメイトから呼ばれる。智輝と理玖はそっちに行ったので、おれは鹿に夢中になっている女子2人を迎えに行く。
「新菜、佐藤、写真撮るよ」
「あ、うん。後で鹿せんべいあげていい?」
「もちろん」
「やった」
楽しそうだなあ、新菜。
「ほれほれお2人さん、センターとっといてやったぞ」
おれが新菜と佐藤を引き連れてクラスに合流すると、智輝がおれと新菜をカメラの真正面に押し込んできた。みんなもニヤニヤしながらおれたちを見ている。
「なんか、照れるな」
「そうだね」
「それじゃ撮りまーす──」
始まったばかりの修学旅行に、もういい思い出ができた。




