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仁藤新菜の花火大会


 今日は8月1日。私の住む地域で一番大きな花火大会が開かれる日だ。


 期末テスト期間は清磁くんと2人で帰っていたけれど、その後は部活がだんだん忙しくなってきて、特に夏休みに入ってからはあまり遊べていなかった。今日は祭があるということで顧問の先生が気を利かせてくれて、部活は午前中のみとなった。


 聞けば野球部も同様だということなので、私は駅前の小さな公園で、清磁くんと待ち合わせをしていた。


 何日も前から着付けを練習した浴衣を着て、彼を待つ。選んだのは、水色を基調に赤い花の描かれたものだ。


 ──褒めてくれたらいいな。


 薄暗くなった公園で、私と同じように待ち合わせをしているらしい人たちや、ここから花火を見るらしい家族連れのみなさんを眺めていると──


「……新菜」


 白と黒の半袖半ズボンという、夏の少年らしい格好をした清磁くんがやって来た。


「あ、清磁くん……」


 ……どうしたのだろう。彼は私の数歩先で固まっている。


 数拍の後、彼はゆっくりと口を開いた。


「……綺麗だ」


 ──やったっ。


 私は咄嗟に心の中でガッツポーズをきめる。やっぱり、好きな人にこうして褒められると嬉しい。


「ありがとう、清磁くん」

「いや本当……本当に、見惚れるくらい似合ってる。超可愛い」


 べた褒めだった。なんか、流石に恥ずかしいな……。


「う、うん、ありがと。ね、早く向こうの出店の方行こ。焼きそばなくなっちゃうよ」

「そうだね、あっち行ったら人もいっぱいいるだろうし。知り合いに会ったら新菜の浴衣姿を自慢してやろう」

「えーやめてよ、恥ずかしい……」


 そんなことを言いながら、私たちは自然に手を繋ぐ。素振りのせいか、ざらりとした彼の手の感触が心地良い。


「でも本当に綺麗だよ浴衣新菜。本当に。絶対羨ましがられるよ」

「もう、わかったから……でも私は、清磁くんに褒めてもらえたから、それでいいかな」


 今度は清磁くんが照れたように笑った。


         *


 焼きそばとリンゴ飴とフライドポテトとタピオカジュースを買って、私たちは半年前まで通っていた小学校に入った。そこには既に、シートを広げて場所を確保している人が大勢いる。私たちは、校舎と校庭を繋ぐ階段に腰かけ、ビニール袋から食べ物を取り出した。太ってしまいそうな組み合わせだけど、今日くらいはいいだろう。


 清磁くんから割り箸を受け取り、焼きそばのパックの輪ゴムをとった時、


 ばーん


 と、盛大な音がした。


「花火、始まったね」


 清磁くんは紅しょうがをまとめて食べてそう言った。


「そうだね……清磁くんと見に来られて、嬉しい」

「おれも、新菜と一緒だから、去年までよりもっと楽しい」


 私たちは花火を楽しみながら、食べ物を吸収していった。


 食べ終わっても花火は続いていたので、ゴミをひとつの袋にまとめ、2人で寄り添って夜空を見上げる。


「…………」


 私は花火とか自然の絶景といったものが昔から好きだ。頭を空っぽにして、けれど心は満たされているというこの感覚が、とても気に入っている。


「綺麗だなぁ……」


 私がそう呟くと、


「君の方が綺麗だよ」


 と、清磁くんが芝居がかった低い声で言った。


 これもいつかの「カップルのテンプレ」のつもりだったらしく、清磁くんは私に悪戯な笑顔を見せる──


「え、おい大丈夫か」


 ──つもりでこちらを向いたのだろうけど、私は顔を膝に埋めていた。


「うん、大丈夫……でも……」

「なに、どうしたの」

「……今の声、かっこよかった……」

「ああ、なんだ、そっか。いや、ありがとう」


 明らかに「作った」声だった。それでも、私は普段あまり聞かない彼の低音に、なんというかこう、グッときてしまった。


「ねえ今の、もう一回やって」

「ああ、いいよ……『綺麗だよ、新菜』」

「あ゛あ~……」


 やばい。今絶対、赤くなっている。


 花火の音は、いつの間にか聞こえなくなってた。

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