森山清磁のデート(後編)
「スノボのシーンがかっこよかった!」
上映が終わるなり、新菜は興奮した様子で言ってきた。
「アクションシーンは年々進化してきてるよね」
「うん、去年のスケボーも凄かったし」
ポップコーンと飲み物の空き容器を捨てて映画館を出ると、空が橙色に染まっていた。綺麗な夕焼けだ。
「あとあのシーンは音楽もかっこよかったよね」
「あ、確かに。ゾクゾクしたなぁ。それは私もちゃんと聴いてたよ」
人混みを避けて開けたスペースに来ると、おれは新菜に訊いた。
「さて、どうしようか。流石に今から晩ご飯じゃ早いよね」
「そうだね……あ、待ってグッズ買ってない」
「ああ、そうだ。忘れてた」
というわけで、おれたちは映画館に戻り、物販コーナーをうろつく。目的の棚の前に来た新菜は、途端に難しい顔になった。
「ああ、どうしよう……多い……しかも高い……」
この作品のグッズは毎年たくさん出る。新菜が迷うのも当然だ。
「じゃあ何かひとつなら、おれが買ってあげるよ。おれはサントラだけで満足だから」
「えー、でも悪いよ」
「カップルのテンプレ、やらせてよ」
ここぞとばかりにおれは言った。それに対して新菜は笑って、
「ありがとう。じゃあこれ、お願い」
と、主人公が彫刻されたメダルを差し出してきた。
「分かった、先レジ行ってるね」
「うん」
もうしばらく何を買うか迷いそうな新菜を置いて、精算を済ませる。少し待つと彼女もレジへ行き、ご満悦な表情でおれの方へ来た。
「じゃあ、とりあえず帰ってからご飯にしよっか。新菜、何食べたい?」
「うーん……清磁くんは?」
「えーっと……よし、帰りながら考えよう。それ、持つよ」
「あ、うん、ありがと」
買えるだけ買ったグッズによって増えた新菜の手荷物を受け取って、おれたちは駅に向かった。
帰りの電車の中でも感想を言い合って盛り上がり、地元の駅に着いたおれたちは、結局駅から徒歩3分のラーメン屋に入った。彼女と初めて一緒に食べる夕食がラーメンというのは味気ないかなと思ったけど、新菜が食べたいと言ったのだから構わないだろう。
「悪いけど、ワリカンだよ」
「わかってるよ、メダルも買ってもらったし」
煮卵とチャーシューを追加でのっけたラーメン(中)を注文してから、一応確認した。するなら頼む前にしろよって感じだけど。
そういえば、新菜は細いし背もそんなに高くないけど、その割にけっこう食べる。やっぱり運動部だからだろうか。
夕飯時より少し早いからか、意外とすぐに運ばれてきたラーメン(中)を食べながら、おれは気になっていたことを尋ねた。
「新菜、今日はこんな時間まで連れ回しちゃったけど、親御さんに怒られたりしない?」
彼女は一度ごっくんと飲み下してから答えた。
「大丈夫だよ。どうせお父さん帰り遅いし」
「お母さんは?」
「あれ、言ってなかったっけ。うち父子家庭なの」
「あ、そうなんだ」
おれは水を飲んでから答えた。いや、この店初めて来たけど美味いな。彼女とのラーメンが味気ないとか言ってごめんなさい。
大事にとっておいた煮卵を掬いながら、話を続ける。
「うちは逆に父親がいなくて母子家庭なんだよね」
「へぇ、あんまりなさそうな偶然だね」
そう言って新菜も煮卵を口に入れた。
思わぬ所でお互いの境遇が似ていることを発見したおれたちは、その後も途切れず会話を楽しみながらラーメンを食べ終えた。
会計の後、外に出ると、もうすっかり夜になっていた。
「送ってくよ。新菜ん家どっち?」
「ありがとう。こっちだよ」
ラーメン屋が面していた大通りと反対側に新菜は歩き出した。その足取りは、普段よりもゆったりとしている。
「清磁くん、今日はありがとね。凄く楽しかった」
「こちらこそありがとう。おれも楽しかったよ」
しばし無言の時間。……これは、大丈夫かな。
「……新菜」
「なに?」
「手、繋いでいい?」
おれがそう問うと、彼女は穏やかに笑って右手を差し出した。
「もちろん、いいよ」
──多分、待ってたんだろうな。
おれは新菜の手をとって、恋人繋ぎにした。すると、さっきまでよりも自然と2人の距離は縮まる。
「あー、幸せ……」
おれの隣で、新菜がうっとりと呟く。
おれも幸せだよ、と心の中で言う。きっと、口に出さなくても、新菜には伝わっていた。